シミ
結局僕は眠る事が出来ず、クローゼットの中で朝を迎えた。朝ご飯をご馳走になって、僕達の勉強会はお開きとなった。
「三人でのお泊まり楽しかったね! また今度三人で遊ぼうよ! 次は旅行とか!」
「お誘いをいただけるのなら、是非」
「フフ! それじゃあシンジ君、帰ろっか!」
「じゃあね真面目さん」
玄関で真面目さんに別れを告げ、僕とアメリアは帰路についた。
「ねぇ、シンジ君。この後は何か予定あるの?」
「特にないよ。鶴は仕事でいないし」
「ふーん……じゃあ、夕方まで一人なんだ。ならさ、私の家に遊びに来ない? ゲームで遊んだり、映画観たり」
「まぁ、帰っても暇だし。アメリアが良いなら、遊びに行こうかな」
「やった! じゃあお菓子とジュースを買いにコンビニに寄っていこっか!」
アメリアの様子はいつも通りに見える。あの悪夢のような体験は、睡魔がもたらした幻聴だったのだろうか。朝まで起きていたせいで、今は目が痛いくらいに眠気が吹き飛んでいる。
それから僕達はコンビニでお菓子とジュースと昼ご飯用の弁当を買って、アメリアの家にいった。同じマンションなので、部屋の構造に違いは無いが、部屋の広さを活用して色々な物が置かれている。それでいてきちんと整理整頓がされているおかげか、僕の家よりも魅力的に見える。
「ささ、座って座って! 初めてのお客様!」
背を押されてソファに座らされると、その隣にアメリアが腰を下ろした。
「まず何しよっか。ゲームで遊ぶ? 協力するゲームと、対戦するゲームがあるよ。それとも映画観る? 配信サイトを契約してるから、大抵の映画は観れるよ」
そう言いながら、アメリアはテーブルに置いてある筒状の装置の電源を点けた。静かに起動音が鳴ると、その装置から甘い匂いが漂ってきた。
「これ、私の好きな匂いなの。スイッチを入れたら一分もしない内に部屋全体にこの匂いが広がるんだ」
「へぇー、そう、なんですか……あれ……」
急に眠くなってきた。この甘い匂いのせいか?
「あれ? シンジ君、もしかして眠くなっちゃった?」
「……すみません」
「清水ちゃんの家であんまり眠れなかったのね。他人の家って、なんだか落ち着かなくて眠りにくいもんね」
瞼が重い。体を動かす気が起きない。この眠気に身を預けたら、夕方どころか、夜まで寝てしまいそうだ。
「シンジ君」
アメリアは僕の肩を抱くと、ゆっくりと僕の体を横にさせて膝枕をしてくれた。
「眠いなら寝ていいんだよ。安心して私の膝で寝なさい」
優しく語り掛けてくる声。指先で撫でられる頭。一定のリズムで肩を軽く叩かれる。
過剰なまでの安心感と押し寄せる睡魔に根負けし、僕は瞼を閉じた。
…………。
「……ン……アァ……シン、ジ―――」
…………。
目を覚ますと、僕はソファで横になっていた。クローゼットの中以外で寝たのは久しぶりだ。桃姉さんからクローゼット以外で寝ては駄目だと釘を刺されていたが、特に何かあるわけじゃない。むしろ、今までより快眠出来た感覚がある。
体を起こし、ふと顔を当てていたソファの部分を見ると、シミが出来ていた。寝ている時に涎が垂れてしまったのだろうか。布のソファだからちょっとの水でも、放っておけばシミになってしまう、
それにしても、随分と涎を垂らしたな。というか、本当に涎で出来たシミか?
「あら、起きたんだ」
ちょうど入浴を済ませたアメリアが戻ってきた。時計を見ると、もう夜の七時を過ぎていた。
「もうこんな時間……! ごめん、ずっと寝てて!」
「いいのよ。凄く気持ちよさそうに寝てるから、起こそうにも起こせなかったし」
「……あと、もう一つ謝らないといけないんだけど」
「ん? どうしたの?」
「その……寝てる時、涎を垂らしたみたいでさ。ソファに大きいシミが―――」
「えぇ!?」
慌てた様子でアメリアがソファに駆け寄ってくると、ソファに出来たシミを見て固まった。
「あの……本当に、ごめん……」
「い、いいんだよ!! あの、その、気にしないで!! 本当に!!」
「でも―――」
「本当に気にしなくていいから! それより、ほら! もうこんな時間! 遊ぶのはまた今度にしよっか!」
アメリアは俺を立たせると、玄関まで背中を押していった。怒ってるようには見えないけど、慌て過ぎてて怪しい。何か僕に隠してる気がする。
帰り際、アメリアの方へ振り返ると、笑顔を浮かべながら頬を指で掻いていた。完全に僕に何かを隠してる。ソファのシミが涎で出来たわけじゃないのは明らかだ。追及する必要も無いから、これ以上探るのはやめておこう。
「それじゃあ、今日は本当にごめん。また後日、改めて遊ぼうよ」
「うん! その時は、清水ちゃんも呼ぼっか!」
「そうだね。じゃあ、おやすみ。アメリア」
「おやすみなさい! シンジ君!」
次に遊ぶ約束をしてから玄関を出て、隣の自分の家に戻った。
「ただいま。鶴、帰ってきてる?」
リビングへ行くと、食卓のテーブルに空の食器が並べられ、座っている鶴は不機嫌そうにしていた。
「おかえりなさい、貴方様。さて、今何時でしょうか?」
「……遅くなってごめんなさい。向こうで中々寝れなくて、今日になってようやく寝てました」
「……はぁ。晩ご飯は食べられますか?」
「うん。鶴が作ったご飯が食べたい」
「もう! 仕方ありませんね! 今回だけですからね!」
不機嫌から一転し、上機嫌で空の食器をキッチンに運んでいくと、料理が盛りつけられて戻ってきた。
「いただきます……うん、美味しい! やっぱり鶴が作った料理が一番美味しいな」
「エヘヘ! あ、そうでした。ワタクシ、休みを三日貰えたので、明日か明後日にでも出掛けませんか? 場所は決めてあります」
「何処に行くの?」
「ワタクシの知り合いが山で旅館を営んでいるです。そこへ行こうかと」
「へぇー、知り合いの旅館か」
鶴の知り合い。果たしてそれは、人間なのか、人間に化けた化け物か。




