読書感想文
真面目さんが作ってくれた昼食を食べ終え、午後の部を開始した。午前中に一番量がある問題集が終わり、午後は読書感想文を書く為の読書。本を読んで、その感想を作文に書くだけの作業。一見楽そうに見えるが、実際は問題集より厄介だ。
読書感想文は最低でも一枚の用紙を埋め尽くさないといけない。その文字数は三百文字以上。小説家になる為の練習と言っても過言ではない。
「読みたい本は決まりましたか?」
本棚に並ぶ本を前に佇む僕とアメリアの背に、真面目さんの催促が突き刺さった。
「決まるも何も……うわ、読みづら」
「どれも文字しかない。絵は? 能力に目覚めた主人公が仲間達と共に強敵を倒していくストーリーは?」
「アメリアはもう中学三年なんだから、これくらい読めるでしょ?」
「私は日本語喋れるけど、簡単な日本語しか読めないの! これなんて、まるで呪いの署よ!」
「はい。実際それは呪いにまつわる本です」
「清水ちゃん! なんでこんな本を道徳の本の隣に置いてるの!?」
「どちらも他人に押し付ける点が共通しているので」
「怖い! 私、清水ちゃんが怖いよ!」
道徳と呪い。なるほど確かに共通しているとも言える。ただ、道徳は世間的には善とされるもので、呪いは逆に悪とされている。そうなると共通というより陰陽のような―――じゃあ隣同士の方が良いか。
「お二人共。どうしても決めれないのなら、私からお二人に本を選んでさしあげましょうか?」
「ヒィッ! 呪いの書!?」
「完全にトラウマになってるじゃん。それで、どんな本なの? 自慢じゃないけど、あまり難しい本はページも捲れずに終わるよ」
「その言葉を使って本当に自慢風じゃないのは珍しいですね。ご安心を。あまり難しくなく、絵もついています」
そう言って真面目さんが差し出したのは、日本の童話。僕が鶴の恩返しで、アメリアにはかぐや姫。
「僕達を馬鹿にしてるよね。真面目さん」
「清水です。馬鹿にしてなどいませんよ。お二人に合った難易度の本を選んだだけです」
「馬鹿にしてるね」
「いえ、決して」
「わぁ! これなら私でも読めそう! ねぇ、清水ちゃん! これってどんなお話なの?」
「読んでください」
こうして、僕達は読書に励んだ。真面目さんは片手で本を読み、片手で感想文を書くといった器用な手法で進めている。本を読むスピードと相反して、感想文の用紙を埋め尽くしていく。数分も経たぬ内に四枚目を書き切り、尚も筆を止める事無く五枚目に突入している。
一方、アメリアはかぐや姫を通しで読んだ後、書きたい部分のページを固定して、感想文を書いていた。内容を見るに、かぐや姫の心情を綴っている。
僕は一行目すらマトモに書けずにいた。読んだところで見知った内容なので新鮮味が無く、心情を書こうにも、老夫婦が何故約束を破ってまで覗き見したのかが理解出来ない。覗きが趣味の変人老夫婦とでも書けばいいのだろうか。
結局、僕だけが全然進められずに、時刻は午後の十五時になった。
「ん~! ちょっと休憩しよっかな! あ、ジュースもう無いや。清水ちゃん。もう一杯貰ってもいい?」
「いいですよ。冷蔵庫にあるので、好きなのを取ってきてください」
「ありがと! せっかくだし、二人の分も持ってくるよ。何が飲みたい?」
「私は紅茶を。パックはテーブルに置いてあります」
「……コーヒー」
「オッケー! じゃあ、ちょっと待っててね!」
アメリアが部屋から出ていった後、僕は二人の進行具合を確かめた。真面目さんは小説でも書いてるのかと思う枚数を書き、アメリアは筆がノッたのか、三枚目の途中まで書いていた。
「苦戦してますね。木田君が書きやすい本を選んだつもりだったんですが」
「口で喋るならまだしも、文章にするってなると、どうも苦手で。どう書けばいいのかも分からないし」
「では、自分に置き換えてみては? 本に書かれた登場人物の行動に対して、自分ならこうする、と。鶴の恩返しは、木田君にとって最も親近感のある話ですし」
真面目さんのアドバイスを受け、僕は改めて鶴の恩返しを読んだ。
最初こそ何の感情も湧かなかったけど、やはり老夫婦が鶴の仕事を覗き見しようかと密談する場面に引っかかった。どうして覗こうとしたのかは興味が無い。ただただその思考と行動に苛立つ。自分達の為に身を犠牲にして生活費を稼いでくれたのに、その恩を仇で返すのが許せない。貧しさから解放され、本来の性格の悪さが浮き出たのだろうか。そんな奴は苦しみもがいた先で飢え死んでも同情出来ない。むしろ物足りなさを感じる。秘密を盗み見されたのだから、老夫婦も過去の秘密を大勢の人に知られ、恥辱の果てに飢え死んでほしい。いや、死ぬなんて許さない。恥辱と蔑みの目と罵声の中、不死となって永遠に飢えて苦しんでくれ。
「木田君」
真面目さんの声で我に返った。見ると、いつの間にか僕は五枚分の感想文を書きあげていた。
書かれた内容には、隅々まで強い恨みが込められていた。
「少々刺激的ですが、これも立派な感想文です。お疲れ様でした」
真面目さんは僕の頭を撫でた後、尚も握り締めている鉛筆を僕から取り上げた。
「二人共お待たせ! あれ? シンジ君、いつの間に書き終わったんだ。さっきまで全然進んでなかったのに」
「う、うん……ちょっと、筆がノッて」
知らなかった。いつの間にか鶴の恩返しに出てくる老夫婦に対する思いが、侮辱から憎しみに変わっていた。
『貴方様!』
思い出すのは、いつも僕に微笑む鶴の姿。
僕は気付かない内に、鶴が大切な人の一人になっていたようだ。




