第4話・いざ王都へ
一.
3人の男女が倉庫に座る。高価な身なりをした初老の女性が2人に頭を下げる。
「助けてくれてありがとう。私はイザベラだ。あんた達の名前は?」
「ワシはリューじゃ」
「俺はライオネル。今回は大変だったな」
「ライオネルにリューちゃんね。そうね危うく『味見』されてしまうところだったわ」
「無事で良かった。にしてもアイツらは馬鹿だな。こんなことをしても季節外れだというのに」
「季節外れ?何の話よ」
「今は春。アンコウが旨い季節は過ぎてるというのに……」
「旬の話じゃねーよッ!!!!」
ツッコミをしたイザベラが2人に対して姿勢を正す。
「コホン、改めてお礼を言うわ。助けてくれてありがとう。お陰で貞節を汚さなくてすんだよ」
イザベラは改めて頭を下げる。荒い口調ではあるものの礼儀を弁えた行動にライオネルは訊ねる。
「盗賊団に襲われた様だが何か怨みでも買っていたのか?ただの貴婦人が襲われるとは考えにくいが……」
「さぁね。私は王都でデカい商売をしているんだ。どこで怨みを買ったか……商売敵が多くて分からないね。ところでマケト商会って知っているかい?」
「いや知らない」
「ワシもじゃ」
2人が否定するとイザベラはリューに飴玉を渡しながら目を少し広く開け驚くような表情をする。
「呆れた!自慢じゃないけど王都一の商会を知らないなんてどこの田舎から来たんだい!?」
「……西から」
「ふぅん……。正確な場所を言わないところを見るに訳有りのようだね」
ボソリとライオネルが呟くように言うとイザベラはそれ以上何も聞かなかった。ライオネルはこの時、自分達を離村者かなんかだとイザベラは勘違いした、と思った。
「にしてもねライオネル。あんた親でしょ?親なら世間の常識を教えれるようにしないと駄目じゃないか!」
イザベラの突然の発言にライオネルは目を丸くする。子供なんて連れてないのに急に親発言をするからだ。尤もリューとなら子供を作っても……と思うと有る一つの考えが脳裏に浮かんだ。
「もしかすると俺のことをリューの親だと思っているのか?」
「そうだけど……違うのかい?」
「ワシはライオネルの、奥さんじゃぞ」
飴玉を美味しそうに舐めながら答えるリューに『知らない』と言われた以上にイザベラは驚いた。
「なんだって!?田舎は早いとは聞いてたけど……子供との行為は犯罪よ!罰してやる!!」
「ワシは(人間換算で)30歳!!大人じゃ!!」
「それマジ!?」
驚くイザベラ。なおライオネルは無表情を貫いていたが内心では非常に驚いていた。人間換算ではあるが28歳の自分よりも年上だったからだ。
そんな雑談を3人はしていたが途中でライオネルとリューの腹の虫が鳴る。封印が溶けてから数時間、何も食べていない。続けてイザベラも腹を鳴らした。人質になってから食事をしていない。
「何か食べ物を探してくるよ」
ライオネルが扉を開けて広間に向かう。広間を見て思うところが有ったライオネルは倉庫に戻って2人に言った。
「なぁ」
「どうしたんじゃ」
「何かあったのかい?」
2人が尋ねると腕を組んだライオネルが目をつむり悩ましい表情をしてボソリと言う。
「メインディッシュの肉料理は勘弁してくれ。どれが食べれる肉なのか検討がつかん」
真面目な顔をして謝るライオネルに2人はずっこけた。
二.
汚れていないテーブルからライ麦パンとキャベツの漬け物を見つけると大皿に移して倉庫に運んだ。大きく口を開けてガツガツとライ麦パンを食べるリューにライオネルは心に温かさを感じた。
一方イザベラはというとリューと違い大きな口を有効活用せず1口サイズに千切りながら食べていた。上品な食べ方にライオネルは訊ねる。
「なぁイザベラさん。アンタもしかすると結構良いとこの出だったりするのか?」
「いや平民出身だけど……どうした?」
「いやな、食べ方が上品でな。もしかしたら貴族かと思ったんだ」
ハハッと短く笑うライオネルにイザベラも連れて笑う。ライオネルと違いその笑みには嬉しさの成分がわずかに含まれていた。
「何を言ってんだい馬鹿だね!こんな言葉遣いの貴族令嬢がいるわけないだろ。さっき言ったマケト商会って有るだろ。アタシはそこの女だからさ。礼儀作法は一通り教わっているんだよ」
「そこの女というと……まさか女中ではないな。偉い立場だろ」
イザベラはウィンクする。
「正解♪私は前商会会長の娘で、今は婿に入った主人の補佐をしているのさ」
「No.2じゃの。スゴイ!」
「だろ。なんなら主人は出張中で不在だから私が実質No.1さ!」
「すごいのぉ!」
リューは子供のようにはしゃぐ。見た目も相まって本当の子供のような態度にイザベラも胸を張る。ライオネルはというと口を一文字にし真面目な顔をする。
「なぁイザベラさん。そんなに偉いんなら……その、身分証の発行とかってできるか?」
「まぁウチは発行権とか持ってるからね。前の身分証を渡してくれたら更新ということで発行してやるよ」
「その……実は前の身分証は紛失していてな。俺もリューも手元に無いんだ」
ライオネルは落ち込んだ表情の演技をする。王都に入るには門番を突破しないといけないがそれには身分証が必要。それだけでなく家を借りるのも職場を探すにも身分証が必要なのをライオネルは知っている。
一応、ライオネルの懐には身分証が有るが、それは50年前の物で当たり前の話だが現在は有効期限が切れて使えない。故にイザベラに助けてもらわないと夫婦は詰んでしまう。
頭を下げるライオネルにイザベラは訝しむ。
「なんで?」
「え?」
「なんで無いのさ。もし失くしたんなら役所に行って再発行してもらえば良い。村でも有るだろ役所くらい」
「それはそうなんだが……」
ライオネルはたじろぐ。本当のことを話したところで信じてもらえるとは思えない。仮に信じてもらえたとしても後々ややこしいことになるのは想像に難くない。
特にリューは魔族。事が露呈してしまえばライオネルは妻を守るために多量の血を敵に流させることになる。それは逃亡生活を意味し夫婦の求める安穏とした生活を手に入れるどころではない。
夫婦が王都で落ち着いた生活をするには新しい身分証が必要なのだ。しかし良い説得の方法が見つからない。ライオネルが言葉を詰まらせるとイザベラが口を開いた。
「まぁ良いさね。命を助けて貰った礼だ。融通してやるよ」
「それは本当か!?」
ライオネルとリューは両手を合わせ喜びを分かち合う。しかしイザベラは二の句を継いだ。
「ただし!ウチの商会で住み込みで働く事が条件だがね。どうだい?」
イザベラの条件に2人は目を丸くする。元より王都に着いたら職場と住所を探そうとしていたのだ。イザベラの提案は願ってもなかった。
「「宜しくお願いします」」
ライオネルは頭を下げた。そんなライオネルを見てリューも頭を下げる。勇者ライオネルの処世術に学ぶ元魔王であった。
「よし!」
そんな2人にイザベラは勢いよく返事をした。こういう思いきりの良い所が男社会であるにも関わらずトップになれた所以なのだろうとライオネルは思った。
その後、夜も遅かったので2人は倉庫に布を敷いて眠りに就こうとしライオネルは1人、扉から出ていこうとした。
「む、ライオネルよ。どうした何故外に出ようとするのじゃ。ワシの隣が空いてるぞ」
ライオネルはグッと堪えて首を横に振った。
「まさか女だから部屋を分けるとでも言うのかい。そんな心配しなくても1人は人妻、もう1人はアンタの妻なんだから気にしなくてもいいわよ」
「いや、そういう訳じゃない。一応盗賊団は皆殺しにしたが全員殺したかは分からない。もしかしたら外にパトロールに行ったやつが戻ってくるかもしれない。俺は外に出て見張りをしているよ」
そう言ってライオネルは倉庫から出て行った。出る直前リューがようやく一緒に寝れるのに……と言い出しライオネルの両足は戻りたくて震えたが根性で足を前に踏み出した。
スケベなライオネルは初めては静かな場所で2人きりの時にと決めていたからだ。尤も、リューの考えでは添い寝程度しか考えていなかったので結局お預けであることには変わりはないが。
ライオネルはもう一度広間に戻り生存者がいないか確認する。勇者としての経験で人に擬態した魔族がいることを知っているライオネルは念の為に遺体に刀を一突きして確認する。
全てが遺体であることを確認すると広間から椅子を一つ持ってきて拠点入り口の扉前に置いてそこに座る。こうすれば敵が扉を開けた時に先手を決める事が出来るからだ。
───恐ろしい程に運が良いな
柄に右手を置き警戒しながらライオネルは密かに微笑む。
思えば封印が解かれた時も2人揃えば何とかなると根拠の無い万能感だけで王都に歩きだした訳だが途中で疲れたリューをおぶって辛抱堪らなくなり森に走り出したのがキッカケで捕まったイザベラを見つけた。
もちろん勇者という称号を捨てた訳なのでイザベラを助けない選択肢もあった。助ける必要は無いと頭で理解していても染み着いた勇者としての習性に身体が反応してしまいライオネルの息子が鎮まってしまい交わるどころではなくなってしまった。
だがここまで来て『押し倒したくせにリューを抱かない』となるとリューの身体に魅力無しと不名誉を与えてしまう恐れがある。そこで演技をして自然な形でイザベラを助けるという方向に思惑をもっていった訳だが。
ニヤリ
寝ている妻に考慮し声を立てずライオネルは笑う。愛する妻も身分証も住所も職場も全て手に入ってしまった。こんな幸運に恵まれたのは生まれて初めてだ。幸せすぎて後で絶望がやって来るんじゃないかとも思ったが首を横に振る。
───いや、今までの不幸の帳尻合わせだろう
そう納得させたライオネルは改めて意識を前に向けた。こうして一晩、寝ずの番をしたが盗賊は来なかった。これならリューと寝れば良かったとため息吐きながら2人を起こすため椅子から立ち上がった。
三.
3人は昨日の残りのライ麦パンとキャベツの漬け物を食べると倉庫の外に出た。リューは暢気に欠伸をしつつ、イザベラは惨状となった広間を出来るだけ見ずに。
外に出ると入り口近くに馬車が停めてあった。昨日イザベラが乗せられていた馬車だ。ライオネルは2人を荷台に乗せると自らは御者席に座る。
「アンタ大丈夫なのかい?」
「何がだ?」
心配そうな声を投げるイザベラにライオネルは怪訝そうな声をする。もしかするとイザベラは自分は馬を操れないとでも思われているのだろうか。
「いやさ、アンタ昨日寝てないだろ。大丈夫かい?なんなら私が運転するけど」
「あぁ。そっちか」
久しぶりの感覚だった。他者に自身の健康を気遣われたのはこの数年、仲間でさえされなかったからだ。勇者とはそういうもの……他者にそう思われていたし自分もそうであるべきと思っていた。
「大丈夫だ。問題ないよ」
「……分かったよ。まぁ眠くなったら言いな。直ぐに変わるから」
そんなとりとめのない話をした後、馬車は走り出した。ちなみに、この時リューが心配の声を投げなかったのはライオネルが頑強な身体を持っていて、一回の徹夜程度では何ともないことを『痛いほど』身に染みて分かっていたからだ。
その事を道中でイザベラに話すとそれでも心配の声をあげた方が良いと教えられた。何故かと問うと『男は心配されると嬉しがる生き物』と教わった。
言わなくても分かることに手間をかけるのは面倒だと思ったが結婚して男の扱いが上手いと思われるイザベラ先生の言う事だ。意味があると思って納得したリューだった。
馬車を走らせて3日。途中イザベラと何回か交代しながらライオネルはふと違和感に襲われた。道中で一度も魔物の襲撃に遭っていないからだ。
気になったライオネルは御者交代の際に何気なくイザベラに聞いてみる。すると王都近辺では王国騎士団が狩り尽くして数年は見てないよと笑われた。
危なかったとライオネルは感じた。彼は価値観や見聞が50年前で止まっている。王都に着いた際に町の人に聞けば不信感をもたれ余計な諍いを生むことになるだろう。
聞いたのがただの世間知らずの人間と笑ってくれるイザベラで良かったとライオネルは痛感した。そう思っていると遥か先に城壁の先端が見えた。
「おぉ……」
ライオネルはリューやイザベラに伝えるより前に簡単の声を漏らした。些かボロくなってはいるが50年前と同じ光景が目の前に広がったからだ。特に王都に思い出は無いとしても昔と変わらないものを見て郷愁のあまり少し頬が緩むライオネルだった。
備忘録・身長・髪色
ライオネル・190cm・蜂蜜色の癖のある金髪
リュー・140cm・白みがかったセミロング金髪
イザベラ・200cm・茶髪のアップヘア




