第1話・封印
魔王城。荘厳な雰囲気を醸し出し来た者を圧倒させるその建物は現在、勇者の襲来で元の原型を留めていなかった。
元々は豪華絢爛な造りで金細工で彩られた壁には穴が空き廊下を明るく照らしていたシャンデリアは天井から離れ重力に従い床に落ちていた。
勇者と魔王が相対す大広間も同じ荒れ模様だった。強いて違う所をあげるなら双方の足元には既に息絶えた仲間達が居たことであろう。
「この場で生きてるのは俺らだけか……」
勇者は血塗れになった、自身の短く整えられた金髪をかき上げながら問う。
「そうじゃな……ワシらだけじゃ」
魔王はかつては側頭部に生えていた、上側に湾曲していた角の断面を身やりながら答える。
魔王と長きに渡り戦ってきた勇者は、魔王の発言に嘘は無いと確信する。そこで勇者はかねてから思っていたことを尋ねる。
「なぁ魔王。その……こんな時になんだが訊きたいことがあるんだが……良いか?」
「フッ……ワシらの戦いは長くなりそうじゃし……とやかく言う部下もおらん。良いぞ。片方とはいえワシの角を叩き切ったお主に褒美をとらす。好きなだけ訊くがよい」
「じゃあ訊くんだが……お前の名前はなんだ?」
「………………は?」
魔王は思わず聞き返した。好きなだけと言ったが思わぬ質問に面食らった魔王に勇者はもう一度同じ質問をする。
「名前はなんだと聞いている。ちなみに俺の名前はライオネルだ」
「えぇと……なぁ勇者よ「ライオネル!」……ライオネルよ。それがお前の訊きたいことか?もうちょっとなんか「名前!名前教えて!」……リューだ」
「リューか。そうかそうか!」
根負けした魔王もといリューの解答に勇者もといライオネルは真剣な表情から一転、目尻を下げ顔を綻ばしている。そんな表情のライオネルにリューは困惑しライオネルに尋ねる。
「なぜ今さら名前を尋ねた……どうせどちらかは死ぬ運命だ。覚えた所で意味など無いだろう」
「いや有る!何故なら俺はリューのことが好きになったからだ!初めて会った時に顔見て一目惚れしたんだ!結婚してくれ!」
明らかに今する質問ではない質問を受けて魔王は初めて慌てた表情をする。
「けけ結婚!?おま!こんな時に何を言っておる!大体初めて会った時なんてワシは威厳を出す為にマスクをしておったのだから顔なんてわからんじゃろう!」
「いや、俺の生まれ故郷を滅ぼした時はマスクなんて着けて無かったぞ」
ライオネルの過去に魔王は更に困惑する。
「逆に訊くがなぜそのタイミングで惚れた!?普通は家族や友を殺されて恨む場面じゃろ!」
「いや俺は愛人の子供で家族から嫌われてたし離れの屋敷で閉じ込められて生活していたから友達なんてのはいなかった。だから皆死んでも特には……」
「なんか……ゴメン。って流されそうになったがだからと言って結婚はアレじゃろう。今まで殺し合いをしていた訳じゃし……」
断ろうとするリューにライオネルは慌てる。このままではなぁなぁで再び殺し合いが始まってしまうと感じたライオネルは質問をする。
「好きなタイプは!」
「は?」
「リューの好きなタイプ教えて!」
表情をコロコロ変えるライオネルにリューは子供の頃に飼っていた犬を思い出した。昔を思い出し半ば呆れた、半ば愉快な気分になったリューはため息をしつつ質問に答えた。
「とりあえず強くてカッコいい男じゃな」
「強くてカッコいい……か。じゃあやっぱり俺しかいないな!結婚しよう!」
「お前はそれしか言えんのか!」
顔を赤らめているリューにライオネルは手応えのようなものを感じる。押せばいけると感じた。
「なぁリュー。お前はどう思う。俺じゃ不足か?」
「いや...…別に不足しているとかじゃなくて……いきなり言われても……心の準備が……」
「好きか嫌いかで答えてくれ!嫌いだったら俺は棒立ちになって一切の抵抗をしないから殺せ!」
「殺せってお前……ハァ」
ため息をついたリューは頬を赤くしながらもライオネルの目を見て応えた。
「好きじゃよ。初めて見た時からな……村を襲った時じゃないぞ!」
「フゥー‼やったぜ!」
「まったく……」
両手を上に伸ばして全身で喜びを表現するライオネルにリューはやれやれと首を振る。しかし表情には笑みが込められていた。先程まで殺し合いをしていたとは思えないほど朗らかな雰囲気だった。
しかしリューははっとした表情をしてライオネルを見据える。
「だが夫婦生活はキツイんじゃないか?ワシらは互いに争っていた訳じゃし外に出て良からぬことが起こっても不思議じゃないぞ」
ライオネルは笑顔を崩さない。
「その点は心配ない!封印魔法を使えば良い!」
「封印魔法……なるほどその手が有ったか!」
ライオネルの説明はこうだ。封印魔法をしようすることにより一時的にこの世界から姿を消す。そうしてほとぼりが冷めた辺りで封印を解いて知ってる人がいない世界で暮らせば良い。
「とりあえず封印期間は100年位に設定しておこう。そのくらいにしておけば知り合いなんていないだろう……あっ!魔族は人間の5倍は生きるんだったな……500年に設定しておくか?」
「いや100年で問題無いじゃろ。知り合いの魔族は勇者達に殺されたからな」
「それはスマン」
ジト目で睨むリューにライオネルは気まずい表情を浮かべる。落ち込むライオネルにリューはしてやったりと笑う。
「そんな落ち込まんくてもよい。さっきのライオネルの故郷話の意趣返しじゃ。知り合いの魔族はどちらかというと先代魔王からの譜代家臣。ワシの命令はあまり聞かなかったし思い入れは無いわ」
「そうか……大変だったんだな」
「それじゃ封印するから近う寄れ」
ライオネルはリューの近くに立つと腕を彼女の背中に伸ばし自らの方に引き寄せた。小さな、可愛らしい悲鳴を上げたリューはライオネルの胸元に顔を押し付ける形となった。
「な、何をする!」
「いや、近うにって言うから……」
「お前には段階というものが無いのか!順序を踏め順序を!」
「これでもキスしたい欲を抑えてるからマシだと思うんだがな」
「キ、キスって……」
飄々としたライオネル。それとは対照的に頬まで赤かったリューの顔が全体的に真っ赤になる。さっきからずっとペースを握られているリューは若干の憤りを感じるが秘策を思いつき実行する。
「とにかく今から封印するから目をつぶれ。目を開けたままだと上手く同期せずに失明するぞ」
「し、失明!?分かった」
意味が分からないが魔法の使えぬライオネルはリューの言葉を信じて目を閉じた。言葉に従ったライオネルにリューはほくそ笑む。そして浮遊魔法で自身をライオネルの顔の位置まで浮かばせる。
「む?手から離れたぞ。どうし……」
ライオネルは言葉が出なかった。物理的に自身の唇を何かに封じられたからだ。いや、大体の検討はついた。間近で見た時から思っていた柔らかそうなリューの唇。これで封じられたのだ!……と思う。
確認を取ろうにも唇に伝わる柔らかな感触に剥がすのが躊躇われる。というよりずっとこうしていたい。ライオネルはリュー限定のキス依存症となってしまった。
茫然としたライオネルにリューは興奮と高揚感を感じる。告白された時からライオネルにペースを握られていたリューはようやくライオネルを出し抜くことができたのだ。
───まさか今ファーストキスを捧げるとは思っていなかったが追々捧げる予定だったのでまぁ良いじゃろう。ケースバイケースじゃ。
こうして勝利者感を少し味わったリューは封印魔法を唱え二人は結晶に包まれ世界から消えた。尚、消える直前に意識を取り戻したライオネルがディープキスを敢行。呪文を唱えた事で口を開けたことが災いし口内は僅かに蹂躙され新たな恥辱を味わうことになるが些末な出来事ゆえに詳細は書かない。
'25.9/30
勇者・金髪設定の追加
魔王・側頭部に角が生えている設定の追加