第10話
「……なるほど、何かしらの根拠があるご様子だ」
フィルターからお湯がなくなると、もう1杯用に再度お湯を注いでいく。
今度は時計回りに、同じ量を入れていくと、再びフィルター内はお風呂場と化した。
「この世界は、作られたものです。この世界が現実であるとは到底思えないのです」
フィルターの中のお湯がゆっくりとコーヒー豆の中の成分を引き出していく。
「しかし、それはどうして」
「夢を現実にする方法、というのをご存じでしょうか。自分が思う未来を想像して、想像して、もはや暗示のレベルにまで想像をし続けることによってこの世界を自分の理想に作り替えていく、というおまじないです」
「確か引き寄せ……でしたかね、そんな言い方でしたか。聞いたことはありますよ」
むろん、聞いたことがあるという程度で、実際にしてみたことなんて全くない。
だが、目の前にいるこの女性は違うらしい。
「私はしました。それに今もしています。これって現実を自分の意志で操作している、ということになるでしょう」
「そうですね」
何をしているのか、ということについては深く聞かないことにする。
「まるで明晰夢のように、夢で自分がいろんなものを作り出しているのと同じ感覚なのです。そしてふとした時思ったんです。この世界が夢、つまりシミュレーションされている世界であれば、この方法についてもはっきりと理解できる、と」
「この世界も明晰夢の一つで、だからこそ自らの操作が有効になっているということでしょうか」
「簡単に言えばそうです。理解が早くてとても助かります」
フィルターの中はすっかりと水気がなくなってしまった。
フィルター部を取り外し、すぐ下で受けていたコーヒーポットの横についている取っ手を掴む。
熱くはない、されども冷たくもない。
ただずっしりとした重量が俺の手を通して脳が理解している。
「では五感はどうでしょうか。もしも夢であればこのあたりの感覚というのは不鮮明であったり認識できなくなることが往々にしておきますが」
「シミュレーションであれば十分にそれを再現するためのメカニズムも確立されているでしょう。それに語幹というのも脳が作成している感覚にすぎません。脳が電気信号のまとまりによって作り出されているのであれば、その再現もまた電気信号のまとまりを作り出すことによってできるでしょう」
「つまりはこういうことですか」
コーヒーコップに2人分、俺と彼女の分を注いでいく。
「世界はシミュレートされており、我々の体は幻影である。すべての物事は電気信号上の出来事に過ぎない、と?」
「はい」
コーヒーを待つ彼女ははっきりとした目で、俺に対してそれが正しいという説得力を持つ目つきで見ていた。




