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第七 沙漠  ー非ー

 ナミブ砂漠という砂漠がアフリカ大陸の南にある。

 ナミブとは何もないという意味だそうだ。

 厳しい氷河期のせいで多くの人類が滅んだ、らしい。その頃は今のようにホモ・サピエンス・サピエンスのみではなかった。

 ホモ・サピエンス・サピエンスも南アフリカ沿岸部に五千から一万人程度しか残らなかったと言う。

 今でこそ八十億にならんとする人口も八十万分の一以下だったわけだ。

 現代の現生人類は皆そこから出発した。そのせいで、他の生物に比べると、一つの属の中での変化が少ない、バリエーションが少ないらしい。白や黒や黄色やいろいろゐるように見えるが、これでも他に比べれば変化があまりないらしい。


 人類の起源、根源だ。


 この非情な沙漠で、自在に躍る神がゐる。

 火の鳥かと見紛う燃え裂けるような朱雀に騎って、この過酷な炎天下を嬉々として駈け廻ってゐた。トランス状態になって狂乱する巫女のように振り亂す真っ赤な髪の少女、深紅の鎧兜を纏い、黄金の繊細な細工で装飾され、鞘から抜いた剣は紅蓮に熾え上がり、双眸は燠火のよう、鞍は緋色。

 赫奕として美しく麗しい女神であった。


 非の神〝あ〟。一切を否定する。全否定の神。否定自体をも否定する。逝く處なし。想うことも考えることもできぬ。未遂不收のみならず、全肯定ですらある。


 不動明王の真言を唱える。

「曩麼 三曼哆 跋惹羅 戰荼摩訶嚧沙拏 沙叵吒野 吽 怛囉吒 訶吽 摩吽(ナウマク サマンダ バザラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン)」

 

 ちなみに、不動明王とは仏法を守る明王の一柱で、一面二臂のその手に倶利伽羅(龍)の巻きついた三鈷剣(それゆえ、倶利伽羅剣とも呼ばれる)と、羂索(けんさく。端に環、もう一方の端に独鈷杵がついた投げ縄)を持つ。

 炎と後背とする不動なる守護者である。


(わらわ)には、久し振りの現世だわ。

 何千億年振りだろう。

 いつでもゐたことがなかった。

 それでも、来た。狂気だな。

 それもよい。

 さて、狂裂の神、黄枢天齊のイゐユが自由奔放さであらわれた。

 龍肯の神、青龍のイリューシュは全肯定によって、いつもどおり、あらわれた。全ては肯定され、輝かしく存在する。

 未遂不收の神、白紙(タブラ・ラサ)(記入以前の(タブレット))なる白虎に騎った〝ゐを〟は、ただ、ただ、現実であった。〝現実〟という概念ではない。無定義不定な〝現実〟であった。

 彼らは先に来てゐる。既にゐる。妾は知る。さあ、さあ、どこへ逝けばよいのか、どこへ逝くが善逝か」


 悠々と地平線を眺める。素敵だ。ドライだ。


 すると、どうだ。

 地から次々と巨神が鬱勃と湧き上がる。

 知られた古代の神々もゐるが、それは数千くらい。

 多くは、もはや忘れ去られた古代の神々であった。大いなる古き者たち。

 人間が見たこともないような、異形の神々もゐた。

 一万年以上前のホモ・サイエンス・サイエンスの神もいれば、同じサピエンス族であるホモ・サピエンス・イダルトゥの神やネアンデルタール人の神もいるし、爬虫類たちの神や両生類たちの神、樹木らの神や微生物らの神、Tレックスの神やカンブリア紀の魑魅魍魎のような神々、真菌やアメーバの神、蒼穹が信仰する神、核酸の神や塩基の神、水素の神や炭素の神、光子の神、クォークの神、無空の神、存在ということそのものが信仰する神々であるとともに、存在ということの本質の眞神髓である神々などなど。

 それら存在の眞髓に神が在る。


 古き神々は四十六億年前にも遡る。それ以前の神々もゐた。

 

 たちまち大地を覆い尽くし、空を覆い尽くした。

「いまさら何の用じゃ、非之神あ、お前が来たせいで地球は大いに動揺している。我らは看過できぬ。大連合を築き上げた」


「お見事だな。ご苦労なこと」

 雷や大洪水、疾風怒濤が非之神あ を襲った。

 龍神の剣と雷霆と火炎とが押し寄せる。


「そんなもので妾を斃せるものか。癡か」


「え!」


 非之神 あ は噴き飛んで掻き消された。ナミブ砂漠しかない。空漠。


 神々の方が驚愕する。

「そんなバカな、勝ったのか? 口ほどにもない」

「そんな。……あり得ない」


「いや、待てよ。あいつは、非だ」

「否まれてこそ非だ」

「わかってるよ、それがどうした?」

「わからないか」

「わからないよ」

「そう、そう、それだ。そういうことだ」

「何なんだ」

「非なんだぞ、掻き消されてこそ非だ。負けが勝ちで、破壊が生成で、破滅が成功なんだ」

「ゐないことが存在だ」

「〝あらぬ(ト・メー・エオン)(τὸ μὴ ὂν)〟は、そんなもんはない。想うことも、意識することも、考えることもできない」

「ぢゃ、俺たちは何をしてんだ?」


 No answers.


「で?」

 原稿を置きながら、白舟義文くんが言った。眞神高等学校時代の文學倶楽部の先輩だ。

「何だ、これ」

 僕は楽しくなってきた。

「小説です」

 先輩は唇を歪めた。

「わかってる。面白くも何ともない」

 僕は大きく頷いた。

「そうです」

 相変わらずだなと呆れ顔の先輩。

「あのなあ。

 まあ、いいわ。しっかし、これを読んで、いったい、何になるんだよ?」

 僕は笑った。

「何にもなるわけがありません。意味ないんです」

「言うと思った。ったく、いったい、何で」

「意味不です」

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