第十四 インダラーニ
「な、何だよ、てめーわ」
眼を手で翳す。眩しくて何も見えないからだ。
「皆が闘っているさなかに酒か。金だけもらって契約の義務も果たさぬクズ人間。いや、お前たちは人間ではない。だから、人権もない、憐憫もいらない、生ゴミと同じ扱いでいい。私利私欲のクズ。生きる資格なし」
「ちくしゃうー、言いたい放題嫌がって、眩しいじゃねーか」
「そうか、悪人ほど正義が眩しいものよ。では、レベルを少しお前ら寄りに落としてやろうさ」
光が小さくなった。
「え?」
「何だよ、てめー」
眼前に立つのは褐色の少女。黒い髪、巻毛、長い睫毛、大きなマロン色の瞳、くっきりした唇。
「てめー? お前らにそう言われる筋合いはないわね」
「舐めやがって」
荒くれの巨漢傭兵が立ち上がる。
「へー、何しよってゆーの?」
「ぐふふふひひ、いろいろしてやらあー」
「生きる資格なし」
その巨漢は真っ二つになった。ものすごい量の血がスプラッシュ。
「ひえええーー」
相方がビビって失禁。
「お前も死ね」
「ひー、どうか、どうか、お赦しを」
「ふーーん、ぢゃ、城壁で応戦してねー」
「へ、へい、た、確かに、ま、真に」
「今すぐ!」
「す、すぐに」
「走れっ!」
「へーいー」
韋駄天のごとく突っ走った。だが、男は城壁に向かう路地裏でぜいぜいと息を切らせて立ち止まった。
「じょ、冗談じゃねー、やってられっか」
周囲を見廻し、誰もいないのを確かめて、
「さ、飲み直すか、ドナルドにゃー、わりーがしかたねーさ」
戦場で果てしなく死を見て来た男には大したショックではない。仲間の死であっても。
突然、声が。
「そーじゃないかと想ったわ。やっぱ、クズはどこまでもクズ。神がそう創ったんだから、シナリオどおり惨めに死ね」
「え?」
周囲を見廻すも、誰もいない。
「気のせいか? 幻聴か?」
「ばーか」
「え、え?」
見上げた。頭上にインダラーニが。
「ひ、ひえええええ、お、お赦しを」
インダラーニが快活に笑う、
「あははは、まじバカね。赦すわけないじゃん」
「お慈悲を、どうか、あゝ、どうか、貴方様」
「貴方様? 我が名は狂裂の神イゐユの叡智、インダラー二なり」
その瞬間、裂けた。血飛沫とともに。
闇に包まれ、音も光もない洞穴に堕ち、その男にとって、世界の全てが終わった。虚しい、愚かな人生。私利私欲しかない。
若く逞しきギルガメッシュ王は城壁の上に立って大地から湧くかのように次々とあらわれては迫り来る怖るべき亜人種どもを睨んでいた。
「キリがない。このままでは食糧も尽き、いずれは滅ぶ。……ん?」
隣にいつの間にか立っている者がいることに気がつく。「お前は誰だ」
褐色の少女は白い歯でニッと笑い、言う、
「我が名は狂裂神イゐユの睿智、インダラーニなり」
半神半人のギルガメッシュはそれが常人ではないことにすぐに気がついた。
「すると、汝は知(νους 知性。世界を秩序によって運営する神の知)の流出を受けし者か」
「まあ、そんなもんね。
素戔王の許へ連絡に行ってあげてもいいよ」
王は驚いた。見掛は、まだ十二、三の少女である。
「汝がか。
不可能であろう、空でも飛ばぬ限りは」
「あははは、それもできるけど、そんな必要もないわ」
そう言って、城壁から飛び降りる。高さは三十メートル以上。
「あ、そんな」
王は慌てて敵の矢も忘れ、城壁の下を覘き込む。
インダラーニはひらりと地上に降り、発火し、大軍を割って突き進む。紅海を割るモーゼ(Μωυσής)のように。猛烈なスピードで熾え裂ける彗星のように。