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第1章 邂逅~ENCOUNTER  第4話 |運命の車輪《ホイール・オブ・フォーチュン》2

第1章 邂逅~ENCOUNTER




第4話 運命の車輪ホイール・オブ・フォーチュン



1 魔術学院/某部屋


「逃げられただと!?」


イストは苦虫を数十匹ほど噛んだ顔をしていた。


「は。あの娘は謎の魔法で鍵を開けて脱出した模様です」


 これはもちろん嘘だ。

 沙那のちゃちな脅しに負けて開けてしまったのは牢屋番なのだ。

 いや。もしかしたら魔法に無知な彼は本当に沙那の魔法とやらを信じていたのかもしれない。


 どちらにしても、これは言い訳でしかない。

 自分に原因はないという小市民的な責任回避だった。


「使えない振りをしながら、やはり魔法は使えたのか……」


 悔しい。

 イストにとっては何重にも後悔するものだった。

 先ずは鍵開けの魔法を使った可能性が高いということ。

 牢番は知らなかったろうが、鍵開けの魔法は極めて高度なものなのだ。


 魔術学院でも極一部の上級導師しか使えないのだ。

 帝国の魔法学会の中でも特急禁忌である。

 なぜならば、それは犯罪に直結するからだ。

 実力はもとより、高度な思想審査を幾重にもクリアした聖人君子のような魔導師でなければ、それに触れる機会さえ与えっれない。

 魔術学院の導師でも数人しか与えられていないはずだった。


 つまり。

 あのエルフの娘はそれに匹敵する実力を持ち得ていた証明でもあった。

 もちろん誤解だが。

 帝国の魔術学院の基準ではそうだっただけだ。

 ここで異世界のエルフだから常識が違うかもしれない、という考えはすっぽりと抜けていた。



 そして、もう一つ。

 

 精神支配の魔法をかけておかなかった自分の迂闊さに対してだった。

 異世界から召喚したエルフは強力であればあるほど反乱や敵対は恐ろしい。

 そのために絶対服従の呪詛(ギアス)を対象にかけることが多い。


 異世界に呼び寄せられたばかりで魔法への抵抗が低い状態を狙うのが一般的で、これによってエルフを従順な部下にすることも可能だ。

 欠点はあまりに高度な魔法なので……やはり犯罪に転用可能なため……であることと、禁忌の一つであるのでイスト自身が使うことができないことだった。

 なんとか大金で買収した上級導師を傍に待機させてはいたのだが……。


 これも大変な作業なのだった。

 禁忌であるから使用可能な上級導師がなかなか同意してくれないこともだが、非常に高価な魔法でもあった。

 この世界の魔法は精神力でどうにかなる超常能力ではないからだ。

 

 あくまで科学……に似た魔術体系のあることもだった。

 つまり、魔法には常に何らかの代償となる物質構成要素マテリアル・コンポーネントと呼ばれる、触媒あるいは材料と引き換えに発動するものなのだ。

 そして、呪詛(ギアス)の代償はとても高価だった。

 

 先ずは白金(プラチナ)、1ポンド……約453グラム。

 これだけで一財産だ。

 現代社会でも充分高価だが、帝国世界では最も高価な貴金属の一つである。

 しかも今でいうpl1000……純度がほぼ100%のものでだ。

 

 次にダイヤモンド、10オンス。

 300グラムくらいであるが、これがより分かりやすい単位なら約60カラット。

 現代世界で60カラットのダイヤモンドは数十億円はする。

 魔術の素材としては合計でそのくらいあれば良いのでそこまでではないが、充分に莫大な金額になる。


 おして、最後にこの帝国では最も入手が困難な物、こちらが問題だった。

 紫焔晶ヴァイオレット・エクスプローシブが1ポンド。

 この激しい爆発的な炎を上げる宝石は帝国世界ではほぼ入手不可能な物だった。

 闇商人(ブラック・マーケット)経由で手に入れるしかない、謎の宝石なのだ。

 産地も不明な上に黄金よりも高価な代物だった。


 魔術学院の特殊なルートでも念年間で僅かな量しか入荷しない。

 それを1ポンドも必要というだけで気が遠くなるようなものだ。

 

 これら一瞬で消費してしまう素材を集めるだけで、ちょっとした貴族や富豪の財産など軽く吹き飛んでしまう。

 かなりの資産家で大貴族の列に並ぶイストの実家であるエムレイン伯爵家でもおいそれと用意できるほどではない。


 イストがすぐに支配の魔法である呪詛(ギアス)を執り行わなかった理由はそこにある。


 もし、せっかく召喚したエルフがハズレだった場合、全てが一瞬で無駄になってしまうのだ。

 資産家でも得体の知れないエルフにぽんぽん使うにはあまりにも巨額な負担だ。

 イストが決断できなかったのは仕方がないのかもしれない。

 なにしろ。

 彼自身は伯爵家当主ではなく、長男でもない。

 勝手に使い込むのは躊躇して当たり前だった。

 隠蔽しようにも巨額過ぎるのだ。

  


 しかし。

 鍵開け魔法を使う上級導師並みの魔術を持つ者だったなら、使うべきだった。

 そう後悔するのも当然だ。

 手の内を見せないだけで、もっとより強力ん魔法を隠し持っているかもしれなかった。


 そしてなにより、物質構成要素マテリアル・コンポーネントを持ち合わせているはずのないエルフ娘が、どういう手段で魔法を発動したのか。

 もし、代償なしに魔法を使えるとしたら、それだけでも恐ろしい。

 とにかく規格外の大魔法を振るうエルフに違いなかった。



「逃がすわけにはいかない……」


 イストは傍に控える男に視線を向ける。


「テイル。追え。必ず捕まえよ」




「……はい」


 テイルと呼ばれた男が小さく頷いた。

 彼はラウジッツ伯爵エムレイン家に仕える人間で、イストの傍にいる男だ。


 テイルは本来魔術学院に入れるような身分ではない。

 伯爵家に仕える側用人だ。

 イスト専任?の従僕として付いており、様々な雑事を行う。


 が、忠誠心が高いわけではない。

 身分の低さから解雇されればまともな生活はできない。

 本来なら学業につくことができないはずなのだが、イストにとって文字すら理解できないようでは不便で使いづらいために必要な教育をさせるために魔術学院に通わせているのだ。

 今では帝国の平均的な市民では得ることのできない読み書きが可能になっており、魔法の能力はゼロに近いが必要な知識を持つに至ってはいた。


 それ故に今らな仕事を失っても潰しが利きそうなのだが、それだけで飽き足りる男でもなった。

 イストへの感謝よりも機会があれば出世や下克上が狙えると思ってイストに付き従っているのだ。

 彼は野心家だった。

 屈辱的な仕事だが逆にイストの弱みを握ることができるかもしれないのだ。

 

 もし、ここで上手くエルフを横取りして自分のものにできれば一発逆転すらあり得る。

 ここは上手に立ち回ることが必要かもしれない。


「必ずや捕えてみせましょう」

 

 テイルの細い釣り目が光った。







2 魔術学院外/クローリーの部屋

 


「よ。来たっスな」


 クローリーが扉を開けた。


 ドアの向こうには背中をかがめた筋肉質の男がいた。

 デカいのだ。

 クローリーが180センチくらいと考えれば、男は190センチを超えているだろう。

 そのままだとドアの上枠に額をぶつけそうなので、背を曲げているのだ。

 そして、エネルギッシュな鋭い瞳が室内を覗き込んでいた。


「シュラさん。入って良いっスよ」


「おう。……中は広いけど、入り口が狭ぇんだよな」

 

 シュラと呼ばれた男がドア枠を潜るように入ってきた。

 巨大な剣を背負っている。

 あまりに長すぎて通常の鞘ではなく、革製の帯とバンドが代わりに覆っていた。

 すぐに見慣れない人物がいることに気付いて目をぎょろりと動かす。


「シュラハトだ。偽名なんで、どうとでも呼んでくれていい」


 中に入って背筋を伸ばすと本当に背が高い。

 筋肉だるまというよりも細マッチョが巨大化した感じだ。

 沙那からすればTVで見る格闘家の巨大バージョンか。


「失礼するわねぇ」


 シュラハトに続いて長身の女性も入ってきた。

 長身と言ってもクローリーなどよりは小さい。

 それでも沙那よりはかなり大きいから、170センチはありそうだ。


「あたしはマリネッラ。……あ~っ!クロが女の子を連れ込んでるぅ~」


 長い黒髪のなかなかの美女だ。

 年齢は沙那よりも上のようだ。

 クローリーよりも上かもしれない。

 20代半ばといった感じだろうか。

 沙那に負けず劣らずの巨乳だったが、身長が高いために不自然ない体形に見える。


「ちげーっス。良く見るっスよ」


「ふぅん」

 マリエッラは悪戯っぽく微笑みながら沙那を観察する。

「エルフの子なのねぇ。めずらしぃ。可愛いけど……ずいぶんと胸が大きいわねぇ」


 興味津々だ。

 自分も巨乳の範疇なのだが、



 また胸か!

 どこまでそこに拘るんだ!

 と、沙那は眉を顰めた。

 珍しいからなのだろうが、否定的に見られることが気にいらない。



「車輪屋の仲間たちなのかい?」


 ミュアがクローリーを促す。

 社会のエリート層である魔術師の彼は冒険者を間近で見ることは滅多にない。

 想像していたならず者の雰囲気があまりないことに戸惑っていた。


「そうっス」


 クローリーが頷く。


「そっちのデカいのが戦士。自称、元正騎士っス。なのにデッカい両手剣を使うんだから御察し。……で、あっちのお色気姐さんが薬師っス。薬草とかの専門家っスなー」


「へえ」


 ミュアは目をぱちくりした。

 話には聞いていたが女性の冒険者と言うのは珍しい。

 冒険者は荒事が多いというよりも無法者(ギャングスタ)のイメージが強かったからだ。

 マリエッラは高貴な女性には見えないがチンピラにも見えない。



「で、紹介も終わったところで、行くっスかね」


「行くって、どこにー?」

 沙那が首を傾げる。


「オレんちっス」


「ここじゃないのー?」


「ここは下宿っス。行くのは実家っスな」


「へ~」



「そいつは……随分と遠出するんだな」

 シュラハトが眉を顰める。

「天気次第じゃあ……かなりの日数掛かるぜ」


「そーなの?」

 沙那が不思議そうな顔をした。

 土地勘がないのだから当たり前だ。


「何百リーグあることやら……」

 シュラハトが溜息を吐く。


「リーグ?」

 沙那にはピンとこない。

 でも、どこか聞いたことある気がした。

 確か距離の単位だったような。

 そうだ。何かの小説にあった!気がした。

「1リーグってどのくらい?」


「1時間で歩ける距離が1リーグっスな」

 クローリーがこともなげに言う。

 ただし、この世界では時間の感覚はあやふやだ。

 『だいたい』1時間くらい?と思えばいい。

 


「……とゆーことはー……1日6時間歩いても……人間の歩く速度は時速4km位っていうから、しろくにじゅうよんで……その何十倍っ!?」

 指折り数えて1月以上?

 いや。休息日を作るとなると……。

「何日くらいかかるのー?」


「急いでも1ヶ月じゃ無理っスなー」


「遠っっ!」


「だから、こいつで行くんスよ」


 クローリーが指先でくるくるとネックレスを回して見せた。

 沙那がさっき見た車輪のような飾りのものだ。


「うちは車輪屋っスからね。馬車を乗り継いで行くっス」


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