少女のお話
なんてことはない、一人の女の子がぶいちゅーばーになるまでのお話。
つじの家には、「影」の影響を受けた子供が稀に生まれる。その時はこのお話をするのよ。
むかしむかし、あるところの四辻に「影」が倒れておりました。
たまたま近くを通りかかった男は、その獣のような耳が付いた「影」に手を差し出します。唯一助けの手を伸ばしてくれた彼に大層感謝したその「影」は、きゅうと音を出したのち、彼に憑いて行きました。
それから、男には幸運がよく舞い込んでくるようになりました。
新しい商売を始めれば商品は飛ぶように売れ、病気に罹ることもなく、事件に巻き込まれることもなく、それまで苦しかった生活が嘘のように楽になったそうです。
そういうことがあったので、男はその「影」を祀るようになりました。
始めて見て以来姿は見えないけれど、きっとその「影」が自分を守ってくれているのだろう、そう思ったから。
それからもう少し時は流れ、自身の姓を決めなければならなくなった時。男は迷わず「つじ」を名乗り始めたそうです。その「影」と出会ったのは四辻だったから、その縁を忘れぬようにと。
「つじ」という名前と、このお話を語りついでいくのです。
◆
「だからそのお耳、悪いものではないからね。大事にしてね、みやびちゃん」
なんでもない小学生の夏休みの1日だった。いつも通りおばあちゃんの家に良き、冷凍庫からアイスを1本もらって、おばあちゃんと2人で縁側で食べていた時のこと。学校は楽しい?何かあった?と、いつもの質問をおばあちゃんがするので、答えた。
『なんかねーさいきんねーかがみみるとねー、みやびちゃんのおみみじゃなくて、あたまににわんちゃんみたいなおみみがあるのー』
最近、パパやママにも言ったけど信じてくれないし、おばあちゃんもきっとそうだろう。もしかしたら、すごい力が秘められているかもしれない。いっちょまえに目覚めていた厨二心に押されるように、口に出していた。するとおばあちゃんは驚いたように目を見開いて、昔ばなしをしてくれた。おばあちゃんのお話は難しい言葉もあって、正直全部はわからなかったけど、「ご先祖様はきっと優しい人でいいことをしたんだろう」という事だけは分かった。
大事にしてね、と言われてもいまいちわからないけど。大好きな兎のぬいぐるみくらい、大事にすればいいだろうか。
「…………うん、わかった!」
「わかってないね、それは。」
私のあやふやな答えに、おばあちゃんは仕方がないな、という顔で頭をゆっくり撫でてくれる。
「でもいいのよ。みやびちゃんが、健やかに大きくなるのが大事なんだから。」
「うん!」
やっぱりよくわからないけど、おばあちゃんに撫でてもらうのは大好き。
◆
成長していくにつれてわかったことが2つある。
まずこの耳は、鏡や影の中にしか存在しない。めっちゃありがたい。そのおかげで楽しく学生生活も送ることができた。
そして、なんだか運がいい気がしている。自分の努力もあるけど、何やかやで第一志望校に受かったり、やってみたかったことができたり。ソシャゲのガチャ運がたまにめっちゃよかったり。
ありがたや~と鏡越しに自分の耳を拝むのが、日課になりつつあった。そうしてあがめているうちに、もう立派な大人になった私。ここにきてやっと疑問が浮かぶようになった。
(昔おばあちゃんから、「影」って聞いたけど。それって何なの?)
気味が悪いとかではない。幸運を運んでくれるし、ご先祖様から受けついだものなので、むしろ誇らしくもある。ただ純粋に気になる。
(とはいえ、社会人になっちゃったしなぁ)
自由に動ける学生の期間は、すでに終わりを告げていて。毎日仕事に明け暮れる日々。SEという仕事は結構自分の肌に合っているので、手放すのはもったいない。さてどうしたものか。
(う~ん……これいいじゃん?せっかくだしいろんなところ転々としたりして。好きな物語の話しながら、少しづつヒントを探してみるとか。)
何せまだ時間はあるのだ。ゆっくり探そう。
◆
あるときは作品から自分の起源のヒントを探し、またあるときはSEとして仕事をこなす。そしてあるときは、一人のぶいちゅーばーとして。自分が紡ぐ物語がこれから先も長く続き、いつか自身の謎が解ける日を夢見て、つじ みやびは元気に配信開始のボタンを押す。
大事な自分の耳をそっと鏡越しに触る。どうか、今日も楽しく過ごせますように。そうして息を整え、いつもの挨拶を。元気に!
「みゃ~の皆様こんみゃ~び!自分探しの旅の途中、物語大好きぶいちゅーばー!つじみやびです!」
そうして今日も、どこかで楽しい配信の時間が始まる。
つじ みやびのプロローグでした。
これからもどうぞよろしくお願いいたします!




