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生徒会長はどうしようもなくくたびれる。

「大丈夫ですか...?」


 生粋の隠キャ──猫又(まなぶ)と彼女の奇跡の出会いは、どこにでもあるような──そんな言葉から始まった。

 数ヶ月ほど前に高校デビューを果たした彼の目の前でうずくまっている彼女は、彼と同じ高校で生徒会長を務めている──白鷺尊しらさぎみこと


 大和撫子を体現したような光沢を持つロングの黒髪に、対照的にすき通るような真っ白な柔肌。美しさの中にも強さを感じさせるような整った顔立ちには、どんな時でも常に優しさと柔和をたたえている美少女である。


男女を問わずの圧倒的な人気を博す彼女の評判は、表現は違えどその全てが好意的なものであるし、学もそれに異論は一切ない。

 入学式の日には新入生一人一人と握手を交わしていたし、誠に生徒思いでフレンドリーな方である。



 しかしながら、そんなフレンドリーを極めた生徒会長様と学が関わったことは、学が高校に入学してからのこの数ヶ月間で一度だってない。


まずは入学式の日だが、握手をするなんて耐えられないのでトイレを装って脱出した。


 そして、その後の日常生活ではそもそも学年が違うのでまず会うことなど無い。

 


 もう一度言うが、生徒会長様は男女問わずの人気を集めていらっしゃる。


休み時間には彼女と言葉を交わしたい女子と、あわよくばお近づきにと言う下心丸出しの男子に囲まれているという話を聞いたことがある。



最初はただの噂程度にしか思っていなかったが、以前休み時間に廊下を歩いていた時、おびただしい数の生徒に囲まれながら彼女が笑顔を振りまいていた所を目撃した時は、その話も案外嘘ではないのだなと思いながら同情の視線を送り込んでいた。

 加えて意図せずとも耳に入ってくるクラスの男子の恋バナ。その中にだってやっぱり白鷺尊の名前は出てくる。





そんなであるから、学如き関わりたいと願ってもまず叶わない。と言うか、ここまで熱弁しておいて何ではあるが、隠キャを極めた学はそもそも尊と関わりたいとすら思っていない。

 熱心に追っかけをする男子生徒も多いが、学はせいぜいすれ違ったことがある程度。




 美人だろうがそうでなかろうが、勉強や運動ができようができなかろうが、学にとってはどうでも良いのだ。人と関わることがなければ、それで。


 だから、学と尊の間には本当に何の関わりもない。入学式の日、握手を交わしたという他人にとっては当たり前のそれすら。



 こんな具合であるから多分、というか絶対、ここで学が話しかけたところで、彼女はきっと混乱するだろう。



 しかし、まずこんな雨の日に道端にうずくまってる方がおかしいのだから、そこはおあいこである。


 学は基本的に、というか極力人と関わりを持たない隠キャではあるが、良心までは死んでいない。ここでスルーという選択肢はそもそも存在していなかった。

 学自身の隠キャという特性が地味に邪魔をしながらも、良心は必死に言葉を紡がせる。



「大丈夫ですか...?」


 チリのような隠キャのプライドと良心を糧に恐る恐る放たれたそんな言葉は、ぴくりと彼女の身体を震わせる。

 次の瞬間、尊は油が切れた機械の様なぎこちない動きでこちらを向いた。


 これまでちらっと見たことがあった程度であったが、こう見ると誠に噂に違わぬ美貌である。


ぱらぱらと降りしきる雨の中で、傘も差さずに茶色の目を細めて少し首をかしげながら学に視線を送る彼女の様子は、まるで一枚の絵かのように様になっていた。


「──すいません、どなたですか、貴方は...」


 ようやく口を開いた彼女の第一声は、まさに学が想像していた通りの言葉であった。


「猫又と申します。どこか具合が悪かったりとか─」


「そうですか──」



俺の返答を遮るように言葉を放ち、彼女は興味なさげにゆっくりと顔を背ける。

 まぁ、それもそうだろう。彼女からすれば、俺なんてどうでもいい存在に等しいのだ。これも予想はついていた。


「私は大丈夫ですから、お構いなく。」


「...そうですか。」


直後、よろよろとおぼつかない足取りで立ち上がる彼女。

 言葉とは真逆で、明らかに大丈夫そうでは無いけれど、何かを施す前に『お構いなく』と言われたのであれば、しつこく聞いても却って迷惑では無いだろうか。


どうするべきかと、足を震わせながらゆっくりと立ち上がる彼女を見ていたその次の瞬間──。





「──ぁ...」


誰に言わせても完璧の2文字がお似合いの彼女からは考えられないような情けない声が彼女の口からこぼれ出て、壊れたガラクタのおもちゃのようにガクリと膝から崩れ落ちてしまった。


「ちょ、ちょっと!?」


思わず間抜けな声を出しながら、学は咄嗟に腕を巻き付ける様に彼女の身体を支える。


「ひどい熱──」


 彼女の首筋に触れている学の手は、思わず口にしてしまうほど明らかに高すぎる彼女の体温をいやと言うほど感じている。

 目を閉じて酷く肩を揺らしながら何とか呼吸をしているこの瞬間の彼女は、この世のどんな生物よりも弱々しく見えた。


一瞬気が動転したが、すぐに携帯を取り出して救急車を呼ぶ。


「すっ、すぐ救急車が来ますから...!」


柄にもなく声を揺らして叫んだ言葉に、彼女が答えることは無かった。













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