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臆病な自分にさよならを  作者: 楊咲
第一章
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8 食卓を囲んで


 二階に上がり灯りの付いた部屋へと入ると、その部屋はお腹を空かせるいい匂いが漂っていた。


 食卓にはすでに眼鏡を掛けた彩乃が座ってスマホを操作しており、歩奈が顔を覗かせている。


 ふたりの目の前には晩御飯の用意がされていては歩奈はお箸を持ち、たまに目の前の食卓へと視線を向けているようだった。


「宮代さん、ここ座ってください」


 おたま片手に背を向けている綾人が視界に入ると、彩乃から声を掛けられる。


 言われるがままに席に座ると、彼女はスマホを手放し早速しゃもじを手にご飯をよそおうとしてくれていた。


「自分で──」


「大丈夫です、私がします」


 行動する前に手で制止させられる。

 それでもと動くことはない。どこかうれしそうな彼女の声音に甘えさせてもらった。


 座って待つとなれば、点いたテレビへと視線を向けるか、自然と用意するふたりを追いかける。

 スムーズに用意する彩乃と綾人からは、自分たちで用意するのが当たり前のように動き、たまに小突いたり意地悪したりと仲の良さが伺える。


 周りのクラスの人は悪態を吐く人が多い。

 嫌いも好きのうち、かもしれないが自分の家庭では見られない光景ではある。一人っ子だから。


「宮代さん、これくらいでいい?」


「大丈夫……」


「おはしです」


「ありがとう……」


 綾人と彩乃によって目の前に料理が並ぶと、歩奈も手伝いたかったのかお箸を手渡ししてくれる。


 食卓には綾人が言っていたように肉じゃがが出てきた。

 そちらを主菜に白米と豆腐と油揚げの味噌汁。副菜には金平牛蒡とプチトマトが小皿で用意される。


「おかあさんはいつ帰って来るの?」


「今帰ってる途中だから、先に食べるぞ」


「じゃあいただきまーす」


 向かい側に歩奈が座り、その隣には彩乃。自身の隣には綾人が座ってと彩乃がササっと食事に入る。


 それを見てそよいも手を合わせ小声でいただきますと言えば、味噌汁から手を付ける。


 他人の家で、そして他人が作った料理。味の合う合わないがあるかと思ったがすんなりと喉を通る。

 自分と同じで味は薄め、使っている味噌は違うと思うけどこちらも口に合う。


 肉じゃがなんてあまり作った覚えがない。じゃがいも、人参と口にするとしっかり味が染みているのを感じる。

 白米もいっしょに口にすればご飯が進み、金平牛蒡も塩梅の効いた甘辛さ。いつもより手が進んでいるようだった。


 目の前の料理に手を付けていると、ふと綾人と目が合った。


 なぜか見られている。恥ずかしいので料理だけを見ていると彼から投げかけられる。


「味、大丈夫そう?」


 その言葉に頷いておく。


 豆腐を口にしながら少し盗み見るように視線を向けると、再び目が合った。


 と思いきや彼は逸らし、何とも言えない顔を浮かべている。


「美味しいです……」


「……それはよかった」


 今度は戸惑ったような顔をされてしまった。


 難しい。伝え方が下手だと自覚しているも、あまり良くない印象を与えているかもしれない。


 だからこそ、彩乃の言葉にはドキリとしてしまい一瞬硬直してしまう。


「なんかキモい」


「なにがだよ。お前だって自分が作ったら気になるだろ」


「違う、デレデレしててキモイ」


「どこがデレデレだよ。そもそも可愛い女の子に言われて照れない人間がどこにいるんだよ」


「それもそうだ」


「納得するのかよ」


 ドキリとしたのは二度。ふたりがこちらを気にしてはいないからいいけども、お箸を持っている右腕が少しぎこちなく動く。


「? おにいちゃんはキモいでいいの?」


「よくできました。お姉ちゃんは歩奈に花丸をあげましょう。国語の読解力満点!」


「歩奈、お姉ちゃんの悪い言葉を使うな。お兄ちゃんはうれしくない。あ、行儀悪い──」


 歩奈はにっこりと笑い、彩乃は意地悪そうな笑顔を返す。

 その時、お箸で掴んでいた人参がころん、と机に落ちてしまうと歩奈はすぐに口の中に放り込む。

 綾人が目でダメでしょうがと訴えるも、満面の笑みで返されては呆れてしまっていた。


「宮代さん、ここに住んでくれるんだよね」


 生暖かい視線と言うべきか、今度は彩乃からじーっと視線を向けられる。


「お前の面倒を見るために住んでくれるんじゃないからな?」


「わかってるし。でも私的には宮代さんに住んでほしい。絶対に受かっててほしい」


「理由は?」


「お兄ちゃんよりお姉ちゃんが欲しかったから」


 住んでほしい。そんな言葉を聞けば、どういった理由で好意的に受け取られているのか。住まわせていただくからには耳にしたかったが……かなりあっさりとした回答であった。


 いきなりお姉ちゃんなんて言われても、何とも言えない感情ではある。

 そんな大層な人になれるとも思えないのが今の心の内だから。


 迷いもなく言った彩乃は、本当に兄よりも姉が欲しかったらしい。こちらに向ける笑顔は柔らかく、ジト目を送っている兄を無視していたから。


 兄はと言うと、もういいやと諦めたのか自然な笑顔で末っ子に言った。


「歩奈はお姉ちゃんふたりより、お兄ちゃんがいいよな?」


「どっちでもいい」


 味方を付けたかったのだろうが返り討ちにあっている。

 歩奈の率直な言葉に彩乃は吹き出し、綾人は真顔で歩奈にこう答えるんだと指摘している。


 失礼ながら、自分は小さく笑ってしまったような気がした。


「まぁ、シスコンお兄ちゃんは置いといて試験どうだったの? 合格できんの?」


「誰がシスコンだ。……どうだろうな。筆記良かったとしても内申点がな」


「ねぇ、内申点がねぇ。公立受からないとお金がパラパラ、しくしく。お母さんが泣いちゃう」


「不合格だったらマジで胸が痛くなるからやめろ。宮代さんはどうだった?」


「……あんまり自信はない」


 ここで自信があるとは流石に言えない。

 ただスムーズに解けていた気がしている。


 国語に関しては漢字はもちろん間違えるわけにはいかないし、文章問題は得意な方。数学も計算問題に証明、確率と。理科や社会の暗記は少し躓くところもあったけど、英語は一番詰めて勉強してきたので出来ていると信じたい。

 しいて言えば、スペルミスが悲惨なことになっていなければ恐らく大丈夫である。恐らく……。


「でも受かってるといいですね。てか受かっててください。お願いします!」


「受かっててください!」


「受かってたら、ふたりにケーキを買ってやろう」


「やったー!」


「受かんなかったら潰す」


 おかしいだろ、そう綾人が突っ込むと、皆が料理に手を付け会話は一度終わる。


 点いていたテレビから流れる音声に耳を傾けていると、歩奈が気にするかのようにこちらを見ていたのでどうしたのかと目を合わせた。


「えっと……そよいお姉ちゃんも受かってますように」

「……ありがとう」


 両手をしっかりと握った歩奈に真っ直ぐな目で見られては、自然と口にする。


 はにかんだ笑顔を見れば、あまりの可愛さに視線を逸らしてしまった。


 長男、長女に見られているのが少し恥ずかしかった。

 それでも、幸運が訪れそうな天使の言葉にはちょっぴりうれしかったのであった。


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