5 お試しで
「こちらこそ初めまして、三原彩乃と申します。聞いてるとは思うんですけど、こっちの三原綾人の妹で、こっちは妹の歩奈です」
「三原歩奈、小学一年生です。もうすぐ二年生になります。よろしくお願いします」
帰ってきて早々、三原彩乃、三原歩奈が彼女に向かって礼儀正しく自己紹介してはお辞儀をする。
自己紹介するとおり綾人の妹である彩乃は現在中学一年生。彩乃より下の歩奈は小学一年生と三原家は三兄妹となる。
彩乃の特徴としては髪の長さはロングヘア。目つきはどちらかといえば柔らかな目つきで、背丈は女子中学生の平均身長よりは低めと言ったところ。
歩奈に関しては短めのジョートボブ。目つきはお姉ちゃんと似たように柔らかく、ぱっちりと開いた目からは大きな瞳をのぞかせている。
一度にふたりも帰ってくるとなると、先ほどまでの静けさが立ち去り賑やかになっていく。
場が静かになっていたよりはマシではあるが、妹たちの彼女への対応には綾人は眉を顰めた。
「おい、来るの知ってたのか?」
「そりゃあ知ってるよ。お母さんが『今日だからね? かわいいお姉ちゃんが家に来るの』って朝メイクしながら楽しそうに言ってきたし。まず誰も知らなかったら事件じゃん」
「現に一番最初に帰ってきた人が知らなかったんだけどな」
「それは受験生には言えないからって口止めされてたもん。こっちだって言ってどんな反応するか気になってたし、歩奈も我慢してたんだから。てか、帰ってからスマホ見た?」
「それどころじゃなかった」
見に行って、そう彩乃に視線で促されると、綾人は自身の部屋からスマホを取って戻ってきては立ったままメッセージや通話が可能なアプリを開く。
やり取りする相手のアカウントは自身の母親。
閲覧する前にメッセージが何件か来ていると知ると、まず母親とのトークを開いては少し長めのメッセージから頭の中で読みあげる。
『今日の晩御飯、綾人合せて五人分用意してあげてね~。五人分、用意してあげてだから間違いないように。お祖父ちゃんお祖母ちゃんはいつも通りだからね。驚くの楽しみにしてるから』
『作る量はいつも通りでお願いします』
といったメッセージに加え、よろしくといったスタンプがお昼ごろに来ていると知ると、やはり彼女が来ることを知ってて言ってないのかとため息をついた。
「腹立つな」
「いつものことでしょ」
そう言いながら、覗き込んでいた彩乃が前のメッセージはと上へ少しスクロールし見やすいようにする。
『試験頑張れ』
ふざけていない文章が朝一に送られている。
受験だった。母親は朝早かったからかメッセージでもわざわざ送っていた。
律儀だな。そう思いながら帰ってきたことを報告しておき、トーク画面を閉じておく。
あと一件来ていると知ると、それは祖父からであった。
送られていたメッセージを閲覧すると丁寧な文章で説明されている。
それは彼女に関して。
綾人と同い年で、祖父のお姉さんの家系に当たる人物であること。
受験した高校は同じで、公立が受かれば三年間住むこと。
今日はお試しで泊りに来たとのこと。
部屋の用意、送られている荷物の場所、お茶請け等を準備している、などなど読みやすいように送られていた。
「ちゃんと書いてくれてるじゃん。泊まることと住むかもしれないこと」
「同じ高校って……マジ?」
「……私に訊かないでよ。本人に訊けば……いいじゃん?」
二人揃って当の本人へとゆっくり顔を向ける。
戸惑いを見せるのは彼女も同じである。
「そう……聞いてる。公立はだけど」
「そっか……。ごめん、こんなこと訊くのもあれだけどさ、俺居るんだけど大丈夫なの?」
泊まる、住む、そういった言葉を耳にし反射的に訊いてしまう。
泊まることに関してはもう仕方がないので良しとする。それでも、今後いっしょに住むことになれば問題が大ありであった。
皆まで言う必要もない。見知ったばかりの異性と住むことに女性側が嫌悪感を抱かないはずもないだろうと。
しかし、そよいの返答には戸惑うようなことばかりであり、会釈するかのように頭を下げられてしまっては呆気にもとられてしまう。
「一応、大丈夫。その……明日土日だから、お試しでとも言われて……迷惑にならないようにします」
「い、いえ、こっちが迷惑かけちゃうんで大丈夫です。お兄ちゃんが襲うような真似を見せたらわからせますし、友達にも言いふらしていきますんで!」
「お前が答えるな。家から追い出されるのは確定だろ」
彩乃の頭にやんわりとチョップを入れながら話す綾人。
口ではそう答えるも、彼女の返答には心配もしてしまう。
いや、綾人自身が彼女を心配するのはおかしなことではある。心配要素に該当するのが自分自身であるから。
さらには会ったばかりの異性を信用とはいかないが、警戒心があまり見受けられないのもおかしいと思ってしまうのは多くの目があろうとも同様だろう。
ただ住むともなると、当然自分にも心配する要素が浮き出てくる。
それは変な気を起こさないことにあっては、それを可能にしなくてはいけなくなり、悶々とする日々を送ることになるやもしれない。
高校生に上がる年齢。理由なんてこの言葉だけでも十分ではあるかもしれない。
「一応……わかった。こっちも全然迷惑かけると思うし気にしないでいいから。妹たちなんて──なんだよ」
「お兄ちゃんよりは迷惑かけないと思います」
兄の言葉を予測してか彩乃が人差し指で綾人の頬を強めに押し込んで話す。
それでも綾人はその指を払い、煽られるような言葉にはあくまで呆れているかのような態度で接する。
「ほんと可愛くないやつだな。迷惑かけない人間なんていないんです。迷惑かける量とかどうでもいいだろ」
「自分は多くの迷惑をかけたくせに? 何様なんですか?」
「お前はかまってちゃんか」
「きもい、きしょい、自意識過剰」
「そうですか……つーか痛い! 殴るな!」
適当にあしらっていると、彩乃からげしげしと物理的な反撃がやって来る。
ただ反撃する本人は怒っているかというよりは少し口角が上がっていた。
それは兄にバレないよう、彼女へと一瞥していたからであった。
「うれしそうだからいいじゃん、ほっぺ赤くしてるし」
「うれしいわけないだろ! お客さんの前でやめろって話だ! お前は恥ずかしくないのか?!」
「別に、私が恥ずかしくなる理由がないんだけど。お兄ちゃん今日寝坊しかけてたんだし印象は今更でしょ」
「アホ! それは話すな!」
知られたくない出来事を話された綾人は、彩乃の頬を摘まもうとするも簡単に逃げられてしまった。
いつもの会話だろうとも他人にその様子を見られる気恥ずかしさには耐えられない。
それは彼女への印象が悪めの方向に進んでいるだろうと思ってしまうくらいであった。
あまり目すらも向けられない、そんな状況の中綾人は袖を掴まれては振り帰る。
袖を掴んでいたのは末っ子である歩奈。こちらの状況を気にしていなさそうに話し掛けてくるその姿には、自然と冷静になってくる。
「お兄ちゃん、モモにご飯あげたい」
「……モモのご飯はお祖父ちゃんたちが帰ってきてからな。それより宿題は終わったか?」
「うん、終わった。漢字と算数のプリントと日記も書いた」
ランドセルから取り出せば、しっかり書いたよと歩奈は日記を見せる。
「そっか、じゃあ好きに遊んでな。お姉ちゃんがお風呂沸かしたら一緒に入るんだぞ」
「うん、わかった」
「あ、お兄ちゃんが今日買い物行くよね? お菓子買ってきて、ポテチでいいから」
「わたしも! わたしもポテチ食べたい!」
「はいはい、買ってくるから。とりあえずふたり揃って着替えてこい」
綾人の言葉に妹ふたりして返事をし、自分たちの部屋へ行くため廊下へと出向いた。
その時モモは綾人が抱っこしてしまっては、放置している状態であった彼女へと体だけ向ける。
「……ごめん、うるさくして」
「ううん、大丈夫」
気まずさを覚えながら苦笑する綾人だが、彼女の静かな返答にどこか助かったかのような安堵を覚える。
時刻は十六時半ごろ。時計へと視線を向けて確認できると、綾人は先ほども話に上がっていた会話へと移る。
「買い物行ってくるんだけど……夕飯、何か食べたいものあったりする?」
「…………好き嫌いはないから、なんでも……」
「なんでも……」
「──ごめん、ある材料で……あ」
どうしたものか。そう思ってしまった綾人だったが、彼女の反応を見ては笑みがこぼれてしまう。
わざわざ気を使ってくれてるようだった。
「肉じゃが作る予定だけどそれでもいい? 冷蔵庫の材料がそんな感じだから」
予定通りの献立にするよう言うと、彼女は頷いてみせる。
「明日の夕飯は鍋になるから。受験終わりだからってそう決まってて」
「うん。日曜日はお昼に帰るから。……お願いします」
「はい。あ、最後に宮代さんの部屋、案内するから付いてきて。下の階になるらしいから」
綾人はそう言い、そよいが使用する部屋へと案内してから買い物へと出かけた。