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臆病な自分にさよならを  作者: 楊咲
第一章
3/17

3 羞恥を胸に


「死にたい……」


 凍えるような寒さの中、彼──三原(みはら)綾人(あやと)は、肩を落としながらネガティブな言葉を吐露していた。


 ようやくといった思いで終わった高校受験。そんな日に限ってと言うべきか、最悪な出来事を起こしてしまい、人に見られてしまった。


 涙を流しているところに、バスの手すりに勢いよく顔をぶつけるところ。

 失礼しますと声を掛けながらも、数歩で盛大に転んでしまったところ。


 涙を流した件は乗客がいないものだと思い込んでいたため、反射的に振り向いてしまい見られてしまった。というよりは、見せてしまったが正しいかもしれない。


 バスの手すりは足早に降車口へと向かった彼女を見ては、慌てて拾おうとしたため足がもつれてしまった。降りる場所は同じはずなのに慌てる必要はなかったはず。


 最後となる雪の上を転んでしまったのは、意識が彼女に向いてしまったための注意不足、と自身では振り返る。


 ただ綾人にもこのような理由があるのだが、自身の頭の中で、こうしていたら、ああしていたら、とたらればを言っていようが羞恥なる出来事に変わりはない。

 男として、これまでかと言うほどダサい姿を人に見せてしまったのは事実である。


 その見せた相手も相手だった。


 お年寄りや自身の親の年齢に近しい人なら、まだ恥ずかしさの度合いで言えば低いほうではあった。

 友達や知り合いに見られたのなら笑ってやり過ごすか、数日経てば忘れることだろう。


 しかし残念ながら、今回はそのどちらでもなかった。


 全くの他人ではある。だけど、帰る時間帯から同じ受験生であり中学生だろうと、歳が近いどころの話ではない。


 極めつけは異性であり、とても綺麗な人であった。


 今思い返してみても、作り物めいたようなあの美貌を実際にお目にかかることは中々ないだろう。

 反射的に振り向き、涙を流していようが思わず見入ってしまうほどの人物であった。


 そのような人だけに綾人の中では黒歴史扱いは確定。今振り返っても悶絶してしまう。

 特に最後は、気を使って見てないですよと、彼女が遅れながら視線を逸らしていたのははっきりと見てしまった。


 やめてくれ。そう涙ぐんだのはここだけの話である。


(お尻痛い……)


 大事には至っていないかと顔を顰めるも、大きく息を吐いては忘れようとする。


 本当に最悪な日だ。どうして彼女の前では転び、今歩いている下り坂は転ばないんだと悔やみながらも、やってしまったものは仕方ないと切り替えるようにした。


 家はバス停からだとすぐ近く。緩やかなカーブとなっている下り坂を歩きつつ、ふたつ目の十字路を右に曲がる。

 今度は斜面が鋭い下り坂が目に映り、ここも難なく下りて行くことができると家に到着した。


 二階建ての一軒家のお家。


 黒い屋根に白の塗装が施された外壁。ガレージは柱の上に屋根が付いているカーポート。家の前に洗車する際や、もう一台車を駐車する際に利用できるスペースも存在する。


 普通の家。ご近所や周辺の家を見比べるとそのような感想を抱くかもしれないが、一軒家の二階建て、ガレージに加え車が一台余裕を持って入るほどのスペース込みの坪。ともなると、おおよその金額は想像つくことだろう。


 そのような家に現在住んでいる綾人は、玄関の前に立ち鍵を差し込むとあまりの寒さに身震いする。


 上は三枚。ヒートテックに白のカッターシャツ。そして学ラン。


 手袋やマフラーもしていなければ、上にダッフルコートや中学のジャージを着用せずと明らかに冬の格好ではなかった。


 バスに乗ってた時は暖かかったのに。そんな当たり前なことを振り返っていると、綾人の元に今日一番の冷気が襲い掛かってきては急いで家へと駆けこんだ。


「ただいまー」


 玄関にある靴箱の中へと鍵をしまいながら、一階から聞こえてくる家族に声を掛ける。


 綾人の耳に入って来ているのは人の声ではない。玄関に靴もなければ、まだ帰ってきていないよう。聞こえているのは犬がキャンキャン吠えている声だけ。

 それも無人の家ともなればいくつかの閉まったドアをも通り越し、玄関まで響いていた。


 靴を脱いでは揃え、まずは洗面所にて手を洗う。

 それから一階の部屋に顔を出してと隅に置かれたケージに駆け寄った。


「ただいま」


 ケージの中で待っていた犬が待ちわびたかのようにはしゃいでいると、綾人は自然と頬が緩みケージから出してあげる。


 綾人が優しい声音を掛けているのはトイプードルのモモ。

 トイプードル共通のくるくるした巻き毛が特徴で、愛くるしい体につぶらな瞳は包みたくなってしまうほど魅力的。

 毛色はアプリコットといった杏色で、季節が冬という寒いことも相まってか温かい格好をさせてと、可愛さがさらに際立ち防寒対策もしているよう。


 ……どこかの誰かさんとは違うようであった。


「寒くなかったかー」


 走り回っては胸に飛び込んでくるモモを少しだけ撫でまわしてあげる。


 至福の時。今いる部屋は暖房が効いているようだが、それだけではない幸せが心を温める。

 だいたいはモモを取られてしまうことが多いため、綾人はほんの少しの時間を楽しむことに。


 そんななか、まだ着替えていないことも考慮し撫でる手を止めると、暖房は言われている通りに消しては換気し、そのあとにモモを抱える。


 特に問題はないか部屋を見渡し二階に向かうため玄関を通ると、突然家のインターホンが鳴り響いた。


 宅急便か何かだろうか。足を止めていた綾人はとりあえずとモモを降ろし、玄関に出してあるサンダルを履けばドアスコープから外を覗いてみる。


 そして誰か見ることができればドアスコープのカバーを元に戻す。

 確認することができると……予想できなかった光景に、しばらく立ち尽くしてしまった。


「……」


 呆然としていれば、再びインターホンが鳴り響き、モモが吠える。


 そんななかでも、綾人は焦ってドアを開けることはなかった。


 頭の中が混乱している。そのため、そっと開けてから外に出た。


「こんにちは……どうされました……?」


 相手の様子を伺うかのよう慎重に言った。


 それはなぜか。先ほど出会った女の子がその場に佇んでいたから。


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