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臆病な自分にさよならを  作者: 楊咲
第一章
2/17

2 恥ずかしい出会い


 そよいが向かっている親戚の家は、通うことになるかもしれない学校からはバスを利用して三十分程の距離となるらしい。


 本当はすぐに、家に帰るよう中学校の担任に言われているのだが、反抗期とも取れる彼女の行動から従うことはなく、すでに向かっている家へと連絡が済んでいては荷物も送っているため引き返すことはない。


 少し遅れて学校を出れたのは功を奏したかもしれない。

 人目に付きたくなければ、ほとんどの受験生は、彼女の向かう先とは真逆にある駅へと向かっているのだから。


 少し歩いていたそよいは俯き気味な顔を上げると、最初の目的地であるバス停を発見した。


 交通状況は受験終わりの際に教室にて聞いている。

 オープンスクールの際に道の確認もした。


 それでもあそこで合っているのか、そよいは少し不安そうに周りへと視線を向けていたのだが、その心配は必要ないようだった。


(あれかな……)


 バス停に到着し少しの間待っていると、赤信号に捕まっているバスを発見した。


 そのまま目の前に到着するとバスの電光掲示板を見て間違いないと知り、頭や制服に乗った雪を払ってから乗車。カードを通せば、一番奥の窓際の席に座ってとバスはゆっくりと出発した。


 ホッと息を吐き、静寂のバス内を見渡してみる。


 乗客の数はまばらであり、ご年配の方や小さなお子さん連れの主婦さん。十五時台といったことも相まってか、バスを利用する人は偏りを見せていた。


 その中でも、そよいはひとりの人物に目が留まる。


 後ろ姿からわかるのは、黒縁の眼鏡を掛け学ランを着用していては、男性というより男の子といった体格の人物。


 同じ中学生であり受験生なのかといった疑問も含め彼に目が留まったのだが、防寒とも取れる服装は端から見ればしておらず、手に息を吹きかけるような仕草を見せていた。


 そよいは問題ない。マフラーに手袋、上はダッフルコートを着用し、スカートの下にジャージを履いていないもののインナーは上も下もとヒートテックを着ていては、雪も降り気温が低い寒さの中でも防寒対策はバッチリである。


 足りない点は耳元ぐらいだろうか。


 それでもマフラーに蹲り耳元に手袋を当てると多少は温かければ、今はバス内の暖房が効いていてと寒さを凌げていた。


(寒そう……)


 なんて思っていると、そよいはほかにも乗客がいることから彼から視線を外し、外の風景を見つめながら到着を待つことにした。





 しばらくすると乗客も減っていき、外の風景も変わっていく。


 もうそろそろだなと小さなため息を零したそよいは、ふと静かなバス内が気になっては視線を移しかえる。


 今乗車しているのは、自身と……あの男の子だけ。


 まばらにいた乗客は彼を除いて全員が降りてしまい、それに伴わず乗車してくる人がひとりも居なくなってと外は聞いていたとおりの静かな街中が目に映っていた。


 ふと気になって見た人物が今も同じく乗車している。

 それはなんとも言えない気持ちになってしまっては、気にしてしまうのも無理はなかった。


 ついさっきまでの自身と同じ、彼も外の風景を見つめていてはぐったりとするかのように背もたれに背を預けてと、体勢までもがいっしょ。


 最初から乗っていた。となると、あの高校の最寄り駅にあるバスターミナルから乗ってきたのかもしれない。

 あまり知らない土地故に迷うことも考えたけれど、人混みとその視線が苦手な自分は近くにあるバス停を選んだ。

 だけど向かう先が同じ、もしくは近くとなると、今後このバス内で会うことも。


 ……変に意識していると、そよいは視線を落とし肩も落とした。


 まだ合格したとは限らない。


 これまでの努力があっても消えないその不安は誰しも受験を終えると抱く気持ちであっては、そよいも同じく解放された余韻に浸ることはまだできないでいた。


 同じような気持ちなのか、そう彼へ一瞥すると気づかないうちにバスは停車していたようで、目的地である名称がアナウンスで流れ始めていた。


 耳にしたそよいは次で降りるため、内心焦りながら左手側にある降車ボタンへと手をかけ、その勢いのままにボタンを押す。


 すると、バス内にお馴染みであるアナウンスが流れてはそよいは安堵し、前方へと視線を向けると……彼と目が合った。


 それだけなら、どうということもないだろう。目を逸らせば終わる話、それ以上のことはないのだから。


 しかし、そよいは目を離せないでいる。


 他人ということもあって確実に逸らしていただろうその視線。

 それは、むしろ釘付けとなってしまう。


(……泣いている)


 どうしてかわかるはずもない。乗客がふたりだけになってからというもの、鼻を啜る音を時折耳にはしていた。

 それでも、彼の服装から寒かったのかなと思うだけであった。


 ただその思いと今目に映る姿は別物。

 寒そうに震えていない。流れる大粒の涙が静かに彼の頬伝い、零れ落ちていく。


 呆然とするかのように固まってしまう。


 自分を見ているようだった。

 胸が締め付けられるこの感覚。目頭が熱くなり、息が詰まったかのような状態。頭が真っ白になって、震えてくる身体。


 自分のことのように思えて仕方のないあの涙はすぐに視界から映らなくなると、彼は眼鏡を取ってはハンカチを使って涙を拭い、今度は目元へと強く押すように当てていた。


 その姿までも少しの間目で追っていると、途中我に返り彼から目を逸らした。


 次で到着だというのに、長いように感じた。


 距離こそはあまりなかったように思えるも、人の泣いている姿を見入ってしまった。気まずい、心苦しいと、罪悪感に駆られてしまい、早く着かないかと到着まで外の景色だけを見続けた。


 目的地へとバスが停車すると、取っていたマフラーは抱え、もう外で着ければと後回しにしてバスを降りようとする。


 視界には入った。それでも、すれ違いざまに視線は向けないようにした。


 少し緊張したけど通り過ぎれば問題ない。

 そのまま降車口へと前に進み、カードをタッチしてはあとは降りるだけ。


 そのはずだったが……──ゴンッ! と手すりか何かにぶつかったような鈍い音が耳に入って来ては足を止めてしまう。


 何があったのかと後ろを振り返ってみると、案の定彼が蹲っていた。


 とても痛そうなのはぶつかった音からでもよくわかる。

 それも顔から行ってしまったらしく、彼は身体を震わせながらぶつかった箇所を手で抑えていた。


 異性のため迷ってしまうはずだった。声を掛けるかどうか。


 別に同じ中学校の人ではない。勘違いかはわからないが、とばっちりのようなものは受けることもないはず。


 それでも、声を掛けるのはやめておこう。心苦しいが触れないことが一番安全だと、今までの人生で学んだから。


「……大丈夫ですか?」


 そう。

 学んだはずなのに、自然と伸びた手は嘘を吐けないでいた。


 そんな彼の顔を間近で見る限りでも、同じ中学生だとわかる。


 鼻筋は同じく通っていて、男性にしては綺麗な肌。ずれ落ち、取られた眼鏡からわかりやすく見れるのは柔らかな目つき。意外と整っている顔のほうでありながら、まだ中学生だからか幼いような顔立ちであった。


「こ、これ……」


 話しかけてしまった、そんな思いとは裏腹に、彼は話が嚙み合わないようなことを言った。


 それは彼が差し出してきた物、片っぽの黒の手袋であり、見覚えどころか自分のであった。


 降りることばかりで頭がいっぱいになっていた。そんなそよいは包まったマフラーを広げると、その中からもう片方の黒の手袋が出てくる。


 手袋も取っていたことを忘れていたのであった。


「ごめん……ありがとう……」


 落としてしまったのだと気が付くと同時に、自分のせいで顔をぶつけるような事が起きたのだと思うと謝りつつ礼を言った。


 ちゃんと伝わっただろうか。自分の声音に思いが乗っているのか少し気になった。

 感情を籠めるように言おうが、あしらわれることもあったから。


(そんなこと気にしなくても……)


 あったから。ではなく、どうせ伝わらない。

 目線を下に落とし、自分がよくわからない思考をしているなと頭がぐちゃぐちゃになっていると、彼は顔こそこちらに向けなかったものの立っては頷いてと、反応を示してくれていた。


 もう大丈夫だろう。彼に軽く頭を下げたそよいは、運転手さんにも軽く頭を下げ足早にバスを降りた。


 緊張した……。ただその感情もここまで。外に出ると再び冷気とご対面しては寒いと脳内が上書きされる。


 この地域も雪は止んでいるようだけど、凍えそうな空気に身体が縮こまり、すぐにマフラーと拾ってくれた手袋で完全防御に入ってはマフラーに蹲る。


(……寒)


 それでも寒かった。


「大丈夫?」

「はい、ありがとうございました」


 あまりの寒さに固まっていると、礼の言葉が耳に入ってくる。


 てっきりバスはここから去っているものだと思っていた。


 しかし、隣から足音が聞こえそちらに視線を移すと、頬を赤く染めた彼が目に映った。


「「……」」


 降りる場所が同じだったらしい。


 降りた彼は立ち止まっていては、そよいも同じ状態。

 バスがこの場から去ろうとも互いに沈黙したまま動けないでいる。


 降りて右か左か、それくらいはバスの中でも確認はしていた。

 あとは道に沿いながら歩き一度だけ曲がってと、近くにある大きな公園が目印だとも頭の中には入れている。


 だからといって、そう簡単に一歩踏み出すことができるわけではない。


 どうしてかなんて自分でもわからなかった。


「失礼します……」


 静寂の中、口を開いたのは彼だった。


 遠慮気味に掛けられた声には内心驚きながらも自然と頷いては、足音が遠ざかるのを待っておく。


「!?」


 ただ、彼は不幸に陥っているのだろう。

 聞こえる足音はすぐに止み、ズテン! というかのように彼は足を滑らせては雪の上へと盛大に尻もちを付いたのであった。


 今度は声を掛けるのではなく、そよいは盗み見るように彼へと視線を向けてみる。


 彼の顔が赤いのは、寒さだけでないことが理解はできよう。

 それはあっという間に覆い隠せないくらい真っ赤に染まり、恥ずかしそうにこちらから顔を逸らした。


 コミュ力の高い女子なら、ここをフォローしては笑って切り抜けることもできるだろう。

 そよいには厳しい行動。それでも、そよいの胸の内には特に気まずいといった感情が浮かんでくるわけでもなければ、心配よりも先に別の感情が浮き出ている。


 面白い、と。


 彼には悪いが、久しぶりに思えたこの感情はクスクスと笑えるようなものだった。


 それにもかかわらず、表には出ていないのだと鏡で確認せずともわかっている。


 連動するはずの心と表情、そして声音。それを繋ぐ糸が、細く、柔く、余分の長さが存在していない。刃物が少し触れただけで切れてしまう。ほつれた糸は強引に結ぶことが難しい。


 だからこそ、今は変わりない。無表情のまま。


 そよいの顔を見た彼は、こけたことに不思議そうにされていると思ったのだろう。転んでいる自分がさらに恥ずかしくなっては顔をさらに真っ赤にさせると、頭を下げ逃げるように去っていく。


(また転んだ)


 視線で追っていたそよいは彼が再び転ぶのを見れば、見てないですよと言うかのように近くにあったベンチへと視線を向ける。


 すると、筆箱らしきものが隣に落ちていた。


 彼のだろうと確信する。走っていく姿はどうであれ、すれ違いざまに見た彼のリュックはしっかりと閉じておらず、少し開いたままだった。


 筆箱なら転がった時に出てしまったのであろう。

 あの子みたいにはならないよう気を付けながら拾ったそよいは、これは声を掛けなければいけないと思うもいつの間にか彼の姿はなかった。


 どうしようかと迷った彼女は一度立ち尽くしてしまう。

 それでも、目的地へと向かうことにするのであった。


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