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臆病な自分にさよならを  作者: 楊咲
第一章
17/17

17 いってらっしゃい


 予想通りになってしまうのは少しばかり胸が痛い。

 翌日となる二日目に加えて三日目となると、彼は寝込んでいれば熱は上がったりその状態を保っていたりと、良い方向へと体調が進んで行くわけではなかった。


 翌日の朝に未波叔母さんが開いている病院に連れて行けば、インフルではないと安心はしたのだが変わりはない。

 自分が来て早々、こうなってしまっているのは邪推もしてしまう。彼のほうが苦しいはずなのに、見ている自分も心苦しい。そんな気持ちで住み始めることになるとは流石に思わなかった。


 ただ人が増える土日、泊りだして再びと言ってもよかったその日には、あまり綾人の傍にいるわけにもいかなければ、気にしすぎだったのか未波叔母さんや彩乃にも指摘される。

 それは歩奈も同じではあったが、起きている彼にちょっかいを掛ける姉妹に対し、覚えてろよ、と睨んでいれば和らぐものがあった。


「おはよう」


「……何で居るの?」


 それでも、眉を顰め台所に立っている彼と目が合えば、遅れて口にしてしまった。


 あれから五日目となる今日という名の早朝、マスクもせずに平常運転かのように活動していれば、反射的に言ってしまうのは当然。ぐったりと横になっている姿から一変、急に活動しているのだから言った言葉に間違いはないだろう。


「あの、ここ家なんだけど」


「知ってる。そうじゃなくて体調は? 大丈夫なの?」


 こちらの気持ちを気にした様子もない彼は、寝間着姿の状態でお弁当を作っていては欠伸をしていた。

 そんな姿には、少しぐらい怒ってやってもいいのかなと考えるも彼は答える。


「大丈夫。……ありがとう、看病してくれて」


「……」


 目を見て言われ、返す言葉が浮かばない。


 反則でしかなかった。たった一言二言を投げかけられただけで、黙ってしまうことになるとは思わなかった。素直に言える彼が羨ましくも、だからこそ、このやるせない気持ちはどうしたらと視線を送るのだが……勘違いさせてしまう。


「怒ってる? ごめん、迷惑かけて……」


 違う。そういうわけではないと言いたかったがどうして口に出せない。首を横に振れば理解してくれたが、情けないと髪を触ってしまう。


「起きてからいつも寝間着の状態?」


 不思議に思ったのか、今の服装を見てか綾人が指摘してくる。


「別に……あんまり見ないで」


「じゃあそのまま来ないでください」


 適当にと言うより視線を感じたので言ったのだが、正論を投げつけられても内心でははぐらかせたと安心する。


 起床すれば様子を見に行く。それがバレてしまったら、どうしてか顔を逸らしたくなるから。


「そよいちゃん、おはよう」


「お、おはようございます」


 ダイニングとキッチンの隣の部屋、寝室から未波が顔を出せば上機嫌のようでこちらに近づいてくる。


「可愛いパジャマ着てどうしたの~、見せに来てくれたの?」


「そ、その……」


「顔洗った? 髪はまだ整えてない? 時間あるし、お姉さんが櫛で整えてあげよっか」


「そこの婆さん、さっさと用意しろ」


 朝からグイグイくる未波叔母さんに気圧されていると、呆れたような表情をした綾人が注意を引いてくれたのか、親に向かってあまり良くない言葉を使っている。


 そんな彼の言葉に頭に来たのか、言われた本人は近づいて行っては彼の頬を掴んだ。


「あんた朝から無理して……。もう治ったの?」


「喉が少しだけ……」


「本当可愛い女の子に看病してもらえてよかったね。ずっと心配してくれてたんだから。ちゃんと礼は言ったの?」


「言ったから放せ……! 遅れるぞ……!」


「お弁当作ってくれたからゆっくりできるの。ありがとう」


 ため息を吐いた未波叔母さんは頭をポンポンと叩いてしまえば、解放してあげていた。

 そんな様子を見ていたそよいは、彼を見ていたら目が合い視線を逸らされてしまう。

 苦い顔が見て取れれば、先ほどのやるせない気持ちが晴れた気がしていた。


 午前六時を回った時間帯。彼は何時ごろに起きたのだろうかと気になると、テレビがついては意識が持って行かれる。


 スポーツコーナーが終わればニュースコーナーに回り天気の話になると、今日も寒いと未波叔母さんが口にしている。


 テレビを見ながら席に着いていると、味噌汁と少しの白米と漬物が用意された。


「納豆でも食べる? それか玉子焼きがいい?」


「ありがと……」


「うん……ど、どっち?」


 驚きのあまり、心の声から出てしまい彼を困惑させてしまう。


 言えた。ではなく、質問に答えてなければドキドキしながらも正気に無理やり戻す。


「納豆がいいです……。手伝えること……ある?」


「……あ、もうそろそろ彩乃と歩奈が起きてこないと遅れるから、起こしてほしいかも。いいかな?」


「うん……」


「綾人ー、お母さんには?」


「ヨーグルトしか食わんだろ」


 そう言っている綾人だが味噌汁は用意してあげている。態度や言葉は反抗しているようだが、行動は別らしい。


 別にいいとほったらかしにすることがある朝ごはん、それはここに来て、四日間も食べさせてもらっている。

 用意されているからではなく、美味しいから自然と口にしている。量も良い感じで、お腹が膨れるほどではないのがより良かった。


「ごちそうさまでした」


 小さくそうつぶやけば、食器をシンクに置き水も付けておく。


「言ってくれてるけど?」


「……お粗末さまでした」


 メイクもし終え、ゆっくり食事をしている未波を睨みつける綾人。

 言われなくてもわかっていると目からは伝わっているが、反抗期と言ったものに見受けられた。


「起こしてきていい?」


「ありがとう、彩乃は手強いから気を付けて」


 もぐもぐしていた綾人に訊いてしまえば、代わりに未波叔母さんが答えてくれる。


 美人であり華がある人。三十代になっても、自分も未波叔母さんみたいに若々しく見えているのだろうか、そう考えながら三原姉妹を起こしに向かう。


 そっと開ければ電気は点いておらず、まだ寝ているようだった。


 ただ部屋の光を浴びればひとりは動き出した。

 それは二階の人物で、厄介なんて言われている彩乃であった。


「電気付けないで~……」


 悲痛の嘆きが聞こえてくるのだが耳を塞いでしまい、まずは明かりが遮って気づいていないっぽい、一階の小さき女の子を揺すってあげる。


「歩奈ちゃん、起きれる?」


 声も掛けてあげれば素直に起きてくれるだろう。そう思ったのだが……


「いやだ」


 毛布に包まってしまった。


 再度起きてもらうようにするもダメだったので先に二階の住人へ。


 ここからだと届かないので二段ベッドについた梯子を利用すれば、同じように声を掛ける。


「彩乃ちゃん」


「……」


「彩乃ちゃん、起きれる?」


「……!」


 起きた。そうわかるように目がカッと開いては、バッと布団を剥がそうとしたが……そよいが踏んづけているので上手いこと行かず。

 それでも彩乃はそよいを見ては飛び込んでから言った。


「おはようございます……!」


「お、おはよう」


 どうしてか抱き付かれてしまった。


 それも気持ちの籠ったハグであっては、驚きのあまり両手を上げてしまい抜け出せそうにもなかった。


「そよいさん、いい匂いがする……あと柔らかい……」


「…………学校遅れるよ?」


 いきなり近づいた距離に固まってしまえば、目的を忘れないようにと口に出す。


「お腹痛い……」


 すると、堪能されていると思いきや、こっちが本音かと思うと少しの間お腹を擦ってあげた。


「……そよいさんは大丈夫なの?」


「変わってあげたいけど……頑張ろ」


「うん……歩奈は起きた?」


「まだ」


 しばらくすると、ハグが解けてしまえば二階に降りて行く。

 一階の住人は未だ包まったままであった。


「歩奈……起きろー!」


『いやー!』


 長女の彩乃は知っていたのだろう、狸寝入りをしていた歩奈が布団の中から楽しそうに叫んでいては、攻防戦が繰り広げられた。

 とはいえ、あっという間に防衛側が壊滅したのは言うまでもない。彩乃がくすぐってしまえば布団から顔がひょっこり出て来てと、降参してしまったのだから。


「おはよう!」


「おはよう……」


 にっこりと笑った元気な挨拶を返せば、ふたり揃ってトイレに向かう。一階のトイレと二階のトイレ、ふたつとも占領するようだった。


 ちょっとした仕事が終了すれば報告へ。

 笑い声が聞こえていたとふたりが言っていれば、その必要もなかったようだった。


 少しすればダイニングに三原家全員が揃う。

 服も着替え終われば、歩奈は兄の体調を気遣い大丈夫だと知れるとすぐに座っては朝食に入り、彩乃はそのまま抱き付いていた。


「ちょ、どうした?」


「何でもない……」


 そう言って彩乃が飛び掛かった先は兄の綾人であった。


 背後から抱き付いていては彼の背中に顔を埋めている。ただ、体勢が辛くないだろうか。上半身もほとんどが彼の身体から離れている状態で突進したような絵ではあった。


「お兄ちゃんのうつった」


「……ごめんて。頑張れるか?」


「……」


 何も返事をしなければ、今度は体勢を立て直し先と同じように気持ちが籠ったハグをしていた。


 抱き付かれている本人は苦笑していて、彩乃は少し伺えるが目を瞑っては辛そうな感じ。そんなふたりを見た歩奈は、綾人の脚に抱き付いては頬を膨らませていた。


「仲良しすぎる?」


 見ていれば、未波叔母さんの返答には頷いてもしまう。


「お母さん行ってくるから、頑張ってきて」


 そう言って未波叔母さんは、仕事用のリュックサックを背負えば三人の頭を撫でる。


 そして、なぜかそよいの前にも止まっては


「いってきます」


 頭を撫で仕事場へと向かった。


 今日初めてのことばかりで混乱はする。別に土日などの間でも少しばかり彩乃や歩奈と遊ぶこともあったのだが、彩乃には抱き付かれるほど急に距離が縮まったようなことがなければ、歩奈とは小学生と言ったこともあって話せているだけ。


 未波叔母さんは、グイグイは最初からであり親戚の叔母さんといった接し方だったが、お母さんといった感じで頭を撫でられる。

 ドキリとしてしまえば、彩乃に抱き着かれたり未波叔母さんに頭を撫でられ多少はうれしさが心の中で滲み出ていた。顔に出ていたかは不明だが。


 そんななか、遅れるぞと綾人が言えば、ふたりも朝食を済ませ歯を磨いてしまってと準備が整えば玄関で靴を履く。


「忘れ物ないか?」


「ない!」


「彩乃は?」


「……お腹痛い」


 元気な次女にムスッとした長女。三月とはいえ、今日も寒ければふたり揃って着こんでいる。

 未波叔母さんの子であれば可愛いのは言うまでもない。


「友達待ってるんだろ。無理そうだったら迎えに行くから」


「……そこまでじゃない」


「わたしも迎えに行く」


「大丈夫だから」


「春休みまであと一週間ぐらいだろ。もう少し頑張って来い」


 姉妹の様子を見ては送り出す。


 玄関のドアが開き寒い風が入って来ては、寝間着のそよいと綾人は身が縮こまる。

 それでも、見送る程度には寒いと感じるだけであった。


「あ、バレンタインのお返しもらってない」


「あっ! ホワイトデー、一昨日だった!」


「忘れてないから。体調不良だったから勘弁してくれ」


「なにくれるの?」


「急に元気になってないか?」


 唐突な槍が一本二本と降って来るのだが、彩乃が平常になっているのに苦笑する。

 それでも、今日のお楽しみとふたりに言って聞かせていては、彼は一息ついてから言った。


「いってらっしゃい」


「いってきます!」


「いってきます……」


 綾人の声にふたりは返した。

 そして、歩奈は外に出ては彩乃も外に出ようとするのだが、ドアを閉じずに今度はこちらを見て言った。


「いってきます」


「……いってらっしゃい」


 眉を下げ、口角を上げていた彩乃を見ればそよいも返してあげた。

 続くようにドアの隙間からも聞こえて来れば、聞こえたかはわからないが同じように返す。

 家の中が閑散とすれば、彼が少ししてからドアのカギを閉めた。


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