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臆病な自分にさよならを  作者: 楊咲
第一章
16/17

16 善意の元で


 モモと戯れていたら時間はあっという間に過ぎて行く。


 撫でていれば大人しく、クッションやボールに噛みついたりすれば暴れ回ったり、時には走り回ったり。

 ウガウガと遊んでいる姿を目にすれば、一度は荷物の整理に手を出す。静かだなと思い戻ったころには、お昼寝に入ってしまっていた。


 彼は大丈夫だろうか。一度様子を見に行ったときは静かに寝ていたけど、何も食べていないのではと思えば自身のお腹もなってしまう。


 どうしよう。お昼ごはんのことを全く考えていなかったそよいは思い出す。近くにコンビニは無いらしい。あるとしても歩いてニ十分のスーパーだとか。

 流石にお腹が空いたと感じれば、二階に上がりそっとドアを開けた。


 ……狭い部屋だと知れば、自分が使う部屋と交換した方が良いのではと言いたかった。


 どういった理由があって自身はあの部屋を使うのかと考えれば、三原家と茅島家で分れているとしか思いつかない。一階は茅島家で、二階は三原家になっているといった感じ。


 それでも、一度は提案しておこうと思う。自分が気まずいと言ったこともあるが、広い部屋のほうが生活しやすいだろうから。


 暗いなか膝を付き、こちらに向いた顔を見ればまだ寝ているようだった。 


 静かに寝ているなと見ていると、無防備となっているその姿に対し自然と手が伸びていたことに気が付いた。


 何をしようとしたのかわからなければ、手を引っ込め、胸に手を当ててみる。


(…………)


 すると、寝ていた彼が起きたようで壁際へと手を伸ばし、スマホを手に取っては時間を確認したよう。


 ゆっくりと上半身だけを起こせば、辛そうな目でこちらを向いた。あまり寝れなかったのかもしれない。


「……ずっと居た?」


「ううん、来たばっかり」


 ガラガラな声に返答すれば咳き込んでいた。


 それもかなり長いことだったため、背中を擦ろうと手を伸ばしたが……見ていて何もしないのはと、結局手を伸ばした。


 心が締め付けられる。その狭間の原因は振り返ってはダメだと内なる自分が抑え込む。


「ありがと……」


「……大丈夫。お昼ごはん、どうしたらいい?」


 水を飲んでもらい礼を言われると、時間のことも考えて言ってみる。


 自分のこともそうだが、何より動けなさそうな彼のために作ってあげないといけない。


「うどんがある。……ごめん、食べてなかった……?」


「私のことはいいから。──ちょっと待って」


 立ち上がる綾人を見ては、そよいは止めようとした。


「自分が…………場所だけ教える……。あと、トイレ行きたい」


 少し考えたような間があったものの、言いかけた言葉を呑みこんでいた。


 自身に任せてくれるようで安心した。少しは頼ってくれるようで……自分も助かる。


 場所を教えてもらえれば、うどんを茹でては乾燥若芽を入れてしまい、解いた卵も最後に入れては弱火にする。


 薄めで味を調整すれば五分で作ってしまい、適当な器を選んではトレーも見つけたので乗せて持っていく。


 ローベッドの上で目を瞑りながら座っている。

 少し猫背にもなっているようで辛そうではあった。


 そこまでの体調でわざわざ迎えに来る辺り、そう言った人だろうとは思ってしまう。

 無理に隠してまで来るのだから約束は律儀に守るらしい。迎えに行くとメールを送ってきた手前、行かないのは心が痛む。それは同じ考えではあるが、あまり無理はしてほしくはなかった。


 いっしょに持ってきた小さな器にミニうどんを作ってしまえば、念のため冷ましておく。


 そして、彼の口元まで持って行った。


 ……食べてくれない。マスクを取っていた彼は瞬きをし、どうしてかお箸と自身を交互に見ていてと口にしてくれなかった。


「……食べて」


「いや……」


 視線を彷徨わせている彼は再び咳き込んでは、手元にあったティッシュを使い鼻水を拭き取る。


 そして、もう大丈夫だと思い彼に寄せるも、視線を逸らされては何かを考え込んでいるようだった。


「お腹空いてなかった?」


「それはない……」


 そう言って、彼は目をぎゅっと瞑ってしまえばゆっくりと開ける。


 何回もこっちを見てくるので首を傾げれば、ようやく口にしてくれた。


 スッと喉には通っているようだが、味はどうなのか気にはなる。

 味見をするべきだったのか。それとも薄めだからあまり味を感じないだろうか。それでも、パクパクと食べてしまっていればもう一度小さな器に作ってしまう。


 かなりお腹が空いていては、食欲があるようで安心した。これで薬も飲んで安静にできると言ったものであった。


「……これは恥ずかしくないんですか……」


「……何のこと?」


 口にする次を待っていると、唐突に彼が言った。


 その言葉に対し理解ができなければ、なぜかじーっとこちらを敵視するかのように見てこられ、困惑してしまう。


 今度は項垂れるように顔も肩も落としてしまえば、綾人は頭を抱えていた。


 わからない。何かやってしまったのかと思うと彼の顔が赤いと知る。


 ……察しが付いたのは少しばかり遅かった。彼が気まずそうに若芽を口にすれば、恥ずかしくないんですかといった言葉にこう返す。


「危ないと思って……ごめん」


「……危ない……?」


「咳き込んで零したりしそうだから……」


 そっか、私は恥ずかしいことを堂々と行っているのか。自覚してしまえば器を膝元に持って行き、どうしようかと迷ってしまう。


 看病の仕方がわからなくなる。


 心配しすぎなのだろうか。赤の他人ではなくともここまではしないのだろうか。


 わからなくなってしまえば、邪魔をしているのかとさえ思ってしまう。距離感が難しく、自分がやってきてもらったことは間違っているのか心配になる。


「……食べさせてください」


 迷っていると、小さく、がさついた声を耳にする。


 この部屋にはふたりだけで、視線を逸らした彼は気まずそうなのは変わりはない。


 だから、自然と口にしてしまった。


「食べさせてください?」


「復唱する必要ないんだけど……俺を殺す気ですか……」


「だって、変なこと言うから」


「それは……もういいです。忘れてください……」


 縮こまり、胸を抑える綾人は耳まで真っ赤にさせると、行き場のない視線は目を伏せてやり過ごそうとしていた。


 なぜ敬語になっているのか、そこも指摘したかったが肩を叩き、御所望通り再度持って行く。


 すると、彼はどうしてか片方の手で顔を覆ってしまえば気まずそうに、うどんを口にしてから言った。


「おいしい……」


 言葉どおりにどんどん食べてくれれば、よかったと少しはうれしくなる。


 間違ってはいないようだった。





 全て食べきってくれては安心した。食器はあと回しにしてしまい彼の元に水と薬、それからリンゴを持って行く。


 冷蔵庫の中のことを思い出して言ってみれば、食べたいと言ってくれた。


 それは笑顔を向けてくる可愛らしい子も同じだったので有難く用意する。


 歩奈は帰ってきて早々、おろおろしながら兄のことを心配していた。


 狭き部屋にはランドセルと通学帽。直すのことさえ忘れていては、そんな歩奈に対し笑っている綾人は頭を撫でていた。


 ただ、気が変わるのは早かった。兄が食べているうどんを見ればお腹が空いたと言っては、リンゴを用意することに。兄は呆れていたが通常運転らしい。


「持ってきたよ」


 綾人に手渡す手前、フォークを差しておいてから小皿を手渡す。


 そして、彼は受け取るとすぐには手を付けなった。


「……?」


 こちらを見てきたので、何かあったのかと少し不安になる。


 そんな気持ちを無視するかのように、彼は普通に食べているため余計にその気持ちは膨れ上がった。


「どうしたの?」


「……何でもない」


「絶対あるでしょ」


「……ありません」


 顔を逸らしてくるので気になってしまう。


 額に貼っつけた時もそうだが頑固者というか意地っ張りとも言えばいいのだろうか。口を割ってくれなさそうになかった。


 何か意地悪してやろうかと考えるも、病人のため辞めておくことに。


「弟か妹でも居るの?」


 自分の分のリンゴを口にしていたら、彼から質問される。


 突然ということもあったが、その言葉には少し警戒してしまった。


「……いない。どうして?」


「……今もここに居るから」


 視線を逸らしながら言った綾人の言葉を聞くも、意味がよくわからなかった。


 その質問が何と結びついているのか理解ができそうにもない。


「どういう意味?」


「……ごめん、やっぱいい」


「よくない、答えて」


 こうしないと答えてくれそうにない。だから小皿を奪ってしまえば、彼はこちらにジト目を向けてきた。


 返してあげるつもりはない、そう視線を送り続けると彼は今日何度目かと言うほどの視線を泳がせ、小さなため息を吐いてこう言った。


「一人にさせないようにしてるのかなって、思っただけ……」


「…………」


「だから、言いたくなかった……」


 気恥ずかしくも気まずそうな、そんな空気の中で咳をしている彼はずるいとさえ思ってしまった。


 それでも、彼がリンゴを食べきるのを待っていては薬を飲むところまで見守った。


 静かな部屋には、自身の咀嚼音が妙に大きいのではと緊張していたが、彼が咳き込んでいたらそんなことを気にする余裕はない。病人はしっかり休んでいてと再度布団を被せれるまでは、その場から離れないでいた。


「自分も……同じじゃないの? 迎えに来てくれたの」


 振り返りながら言ってみた。そんな気がするや、気がしたではなく、本人の口から聞いてみたかった。


 すると、寝静まる前にとコップに入った水を飲み切った綾人は黙ったままでいる。


 ……正解だとするのなら、余計安静にしていてほしかった。


 明日になったら元気になっている。それは確実にないことだろう。恐らく三日か四日は安静にしておかなくては行けなさそうな、そんな体調ではと見受けられた。


 大人しくしていてほしい。居候させてもらう身だから頼ってほしい。


 しばらくは……この先迷惑を掛けることになりそうな、そんな恩を返せそうではあった。


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― 新着の感想 ―
純粋な看病と思春期故の羞恥とのすれ違いが微笑ましい。そよいが気づかないからそれを口で説明するのも恥ずかしいだろうし。 綾人は迎えた側だから歓迎したい、そよいは居候する側だから迷惑を掛けたくない。お互…
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