15 頑固者
家の中に入れば、まずは手を洗い即座に二階へと連れ込まれた綾人。
上を脱がず、キャリーケースはほったらかし。モモの様子を見ようとすると連れて行かれ、ダイニングに向かおうとすれば確保されてしまう。
自分のことを後回しにしているそよいの言うとおりにしなくてはいけない、そんな状況ではあった。
「大人しくしてて」
自身のローベッドに座らされると、その言葉は彼女の目でも訴えかけられている。
頷くしかない。その姿を見てか、そよいも頷き返しどこかに行ってしまった。
弁明をしたかったのだが、声を出すのが辛ければ伝えられない。大人しくしていればそのままベッドに倒れ込んでしまう。
全身辛い。そう感じていれば動く気力すら無くしていては、咳き込んでもしまう。
本当に無様である。迎えに行ったつもりが、逆に迎えに来られたかのような現状。あなたは迷惑をかける達人でいらっしゃいますかと、自身で心を傷つける。
これは彩乃が帰ってきたら何を言ってくるか。どうせ、また迷惑かけてる。だったり、貧弱者と罵ってくる。
とはいえ、悪態をついてくるもやさしい一面のほうが大きい。歩奈の看病に併せ、綾人もそうなってしまった時は寝静まっていると手を握り、様子を見守っていたのは知っているから。
何だかんだ、自慢の妹たちではある。歩奈も心配しにやって来ては、いっしょに寝ている、それは彩乃でもあった出来事だった。
そんなことより、今は着替えなくてはいけないと思えば、狭き部屋にズボンを少し雑に脱いでしまいクローゼットを開く。
重たい身体で選ぶパジャマは適当にベッドに放り投げ、三歩で到着。まだまだ寒いので、温かいズボンに履き替えれば眼鏡を外し、上も脱いでしまう。
着替えが完了すれば再び枕へとゆっくりと着陸した。
「……?」
そよいが戻ってきたようで、彼女はコップに入った水をローテーブルへと置けば、横に腰を下ろし家の救急箱を手元に降ろす。
どうして救急箱の場所を知っているのかと思っていると、軽く背中を叩かれた気がした。
なぜ? そう疑問に思って彼女へと視線を向けるも、顔を逸らされていてはわからない。
……迷惑をかけてしまい、怒られたのだろうか。
彼女に限ってそうなのかと言った憶測は一度辞めてしまえば、気にしないでおくことに。
「……こっち向いて」
小さく、つぶやいたような彼女の静かな声にドキリとしてしまう。
バス内でもそうだが『やっとこっちを見た』なんてセリフは反則でしかない。そして、今そちらへと視線をゆっくり向ければ……当然ではあるがそう言った話ではない。そよいが熱さまシートを両手で持っていては……準備万端のようだった。
綾人は即座に首を横に振った。嫌だから。絶対とは言わないが嫌だから。
しかし、ダメだと彼女に振り返される。
……意地でも貼るようだった。
再度横に振っても結果は同じで、両手で持った熱さまシートは前に出される。冷たい視線を送っていようが、何を考えているかわからない目にカウンターを食らってしまい、綾人は観念した。
これは小さいころから嫌いであった。とりあえず、気持ち悪い。貼られている感触が綾人に取っては気に食わなかったのであった。
仕方ないと受け入れるように髪を退けておけば、そよいがゆっくりと近づけてくるのだが……
「……見ないで……貼りづらい……」
「……俺も見ないでほしい……」
恐怖よりも、容姿の整った顔が近ければ自然と目が吸い寄せられていた。それも、視界がぼやけていようが、近ければ尚更見てしまう。
頭痛を忘れさせてくれるかのようであったが、彼女が手を引っ込めると綾人も言い返し、視線が合えば互いに逸らしていた。
恥ずかしいのは言うまでもない。貼られる方の立場を考えてくれとも言いたい。
「貼らなくていい……」
「ダメ」
口にしたのだが、やはり貼ると彼女の意思が見て取れる。
頑固者……。そう綾人の頭の中には浮かんでいた。
「目、瞑って」
「……無理……」
「早く」
抵抗しても無駄だと諦めてしまえば、嫌々目を瞑っては大人しくすることに。
そうしていれば…………今度は中々貼られない。
目を開けると、案の定じーっと見ていた。
だから嫌であった。万が一にでも、彼女が妹たちのように悪戯してくるのだとしたら、楽しんでいるだろうと。
そう、あの時の恨みみたいな形で弄ばれているのでは、そう言った気持ちが真っ先に出て来るのは仕方なければ、視線を逸らす自分を見ては何を思っているのだろうと気になってしまう。
「もう一回」
「……」
ご満足でしたか。そうジト目を向けては、今度こそ貼ってもらうよう目を瞑る。
……ちょっと信用できないのでと目を少し開けてみれば、今度は集中しているような、でも震えている手が目に映る。
かなり慎重になって貼るらしく、角度などを気にしているのだろうかと疑うくらい慎重であった。
その手はゆっくりと持って行けば額に貼っつけられる。ひんやりはしているが、貼られている感覚が妙に気持ち悪く身震いした。
終えたそよいはと言えば、ひと段落したかのように肩を落とした。この額に居座る異物を貼るのにそこまで疲労したらしく、一息ついてもいた。
「水飲む?」
「ありがとう……」
「昨日から悪いの?」
有難く水を一口飲ませてもらっては首を横に振った。
体温計で測ったところ三十七度八分であっては、インフルエンザではないと思うため少し安心はしている。季節が季節なだけに可能性としてあるのが怖いところではあった。
「お腹空いてる?」
「大丈夫……」
「じゃあ、ゆっくり寝て。私のことは気にしなくていいから。……モモちゃん、連れて来てもいい?」
頷いて返しておけば、モモを独りぼっちにさせないでくれて助かると安心する。
昼頃にまた寝てしまうけれど関係なければ、少しの間でも相手をしてくれるのなら、祖母も大喜びなのは間違いなかった。
一度落ち着きはしたところで、そよいは部屋を出ると思ったのだが周囲を見ている。
周囲と言っていいほどの広さではないが、あまりジロジロ見ないでほしかった。
別に疚しい物があるわけではない。それでも、体調不良の中見られているのが余計に落ち着かなければ見ないでくれと懇願したい限り。
ただその願いは、彼女がこちらを見れば叶っていた。
「寝転がって」
「いや、自分で──」
言いかけると咳き込んでしまい、布団に毛布と掛けてもらえる。
やさしい人だな。掛けられた毛布たちにより暖かいと感じれば、同時に頭がズキっと顔が顰めるもありがとうと言った。
そよいは頷いてから返す。
「どっか行かないでよ」
彼女は電気を消しドアをそっと閉じてと、この部屋から出て行った。
どういった意味で言ったのかはわからない。ただ、何か勘違いしているのではと思ってはしまった。