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臆病な自分にさよならを  作者: 楊咲
第一章
14/17

14 歓迎はできそうになく


 卒業証書の入った丸筒が机から落ちてしまえば、狭い部屋に響き渡り、コロコロと手元までやって来る。


 二日前に終えた卒業式にて中学校とは別れを告げた。


 三年生の門出を祝う快晴の下行われた卒業式は、皆が胸を張っては次へ旅立てると証明していた。


 そんな姿から一変、堪えきるかのような代表者らの言葉を添えればつられる者もあらわれ、涙を流していたのは言うまでもない。

 退場する時も同じで、壇上から先生たちや保護者を見れば涙を拭っている姿を目にする。


 外の春風を受けながら皆が集まり写真を撮れば、担任の先生の意外な一部分やまた会おうねといった声が飛び交い、少しの間その場で余韻に浸るのであった。


 綾人に取ってこの三年間は非常に濃い三年間だったであろう。


 それでも、次なる三年間のほうがより濃くなるのではと確信が持ててしまう。


 当然、宮代そよいの存在が大きいのは言うまでもない。共に暮らすことになっては、同じ学校に通うことが確定した。家族が居ようが関係ない話であった。


 ほかで言えば、同じ中学から浅木(あさぎ)高等学校へ入学するのは五名。それも顔見知り程度ではなく普段でも話す人物たちであれば、高校生活ではどう関わっていくことになるのかと少し恐怖もある。


 万が一、そよいといっしょに住んでいるなんて知られると、不味いのは明白。そして、その五人の中の人物たちとそよいが仲良くなるようなことが起きるとなると、気を遣わなければボロが出てしまう恐れがあった。


 ただ仲良くするなとは言えない。綾人としては女性三人も信頼できるため、むしろそう言った機会が生まれるのなら是非とも仲良くしてほしくはあった。

 少し複雑な状況にはなってしまうけれど、どちらかと言えば本人次第でもあるのは否めないことであろう。


 そんな彼女も卒業式を終えれば束の間の春休みとなっており、本日から我が家へ高校三年間は住むこととなる。


 あの時はお試しではあったが、今日からは正式に住み始める。


 ということは、彼女を歓迎しなくてはいけない。その手筈で晩御飯を少し豪華にしようと、母親を手伝おうかと思っていたのだが……綾人にとって最悪の一日の始まりとなってしまい、歓迎できそうになかったことに悔しさが増していた。


(絶対風邪ひいた……)


 朝目覚めた時に感じた。喉ががさついている感じで声を出すのが辛い、頭が痛い、耳も痛い、鼻水もたれてくる、背中もなぜか痛い。


 これはまさかと思えば、朝はヨーグルトを食せば市販薬を飲み、マスクを着用。

 そして体温計より先に、そよいを迎えに行かなくてはいけなかったため準備を始める。


 顔を洗い、寝癖を直し、歯を磨き、動きやすい服装に着替え、ショルダーバッグを背負う。

 少し頭がくらくらするが、迎えに行かないわけにもいかないと、眼鏡のまま外に出ればバスで駅まで向かった。


「久しぶり……」


「ひ、久しぶり……」


 スマホへと視線を向けながら待ち合わせ場所で待っていると、そよいが到着していては声を掛ける。


 およそ二週間ぶりの顔合わせ。彼女は見た感じ変わりなさそうで何よりであった。


「荷物貸して」


 そう言ってキャリーケースを受け取ると、良い時間帯に来てくれたと言うべきか、外での待ち時間なくバスに乗ることができる。


 静かに座って待つ。それもいいけど、できたら話したいと思わないわけでもない。

 この二週間どうだったと気にはなっていたから。


 それでも、話し掛けるのは不味いと黙っていることに。


「……三原君。体調悪い?」


 窓際に座る彼女が、覗き込むように訊いてくる。


 平然とするかのように対応もしたつもりだが見抜かれてしまったかもしれない。


 あまり心配は掛けたくないので、完全な嘘ではなく少しは本当のことを話しておく。


「少しだけ。明日になったら治ってるから」


「……本当に?」


「本当に」


 そう答えれば、受け流すことには成功したらしい。


 よかった、そう思いながら綾人はバスに揺られては前だけを見つめている。


 スマホの画面を見ていたら吐いてしまう、その自信は確実にあった。


 本当に少しだけ。明日には治っているはず。吐いてしまいそうになるのは車の酔いの話である。


 もうすぐ到着となれば、そよいへと視線を向けてみる。


 すると……なぜか彼女は、前のめりになって綾人の顔を見ていた。


「やっとこっち見た」


 目を合わせれば、しばらく外の景色ではなく綾人の事を見ていたらしい。


 何を目的に見ていたのかわからなければ、笑顔を見せているわけでもない。ただ、こちらをじーっと見ているよう。


「……どうしたの?」


 あの時と同じような感じで聞いてみる綾人。


 そして、今回も彼女からの返答がなければ、至近距離にいるそよいの顔を見ていると視線が泳ぎ動揺してしまう。


 マスクを外していたらにやけてしまうのを堪えている、そんな表情を見られていたかもしれないが、今回はセーフ。

 だけど、目の前の顔を見続けることは確実にできない。この恥ずかしい状況に対し、耐えれそうになかった綾人は彼女は恥ずかしくないのかと思い、顔を背けたのだが……。


「ごめん」


 そう謝られると、そよいの左手が綾人の眼鏡を持ち去ってしまえば、片方の手で前髪を退けて額に触れられる。


 視界がぼやけてしまえば、額には小さくも冷え切った手が額に居座る。

 冷たいと思いつつも、熱のせいか気持ちいいとさえも思ってしまった。


 少しすれば元の状態に戻されるのだが、彼女の目がどこか複雑な感情を持っているように見えていた。


「嘘ついた。……かなり熱い」


「……ごめん」


 流石に無理だったか。座る姿勢や目元で分ったのだろうか。かなり隠していたつもりだったが、額の熱で確認も取られてしまえば謝るしかなかった。


「病院は行ってないよね?」


「家に薬あるから、いい」


「未波叔母さんには? 茅島さんには言った?」


「帰ってきてからでいい」


 少し話しづらくなってきては、あまり話せそうにない。


 素っ気ないように感じてしまうかもしれないが、そよいは理解してくれるようでこれ以上の行動も起こさなければ、話してくることもない。


 その気遣いに本当に助かると思えばバスは到着し、家へと向かう。


(ひとりで歩けるんだけど……)


 荷物は無理やり奪われ、なぜか腕を握られながら歩いていく。


 そのような構図ではあるが、歩くスピードはゆっくりなよう。時折こちらに視線を向けてきているのは、気にしてくれているようであった。


 そんななか、綾人は彼女のやさしさに温かい気持ちにはなるのだが、なぜか前を歩き気遣ってくれているのが、女性のそよいといったことに複雑な気持ちも抱えてしまう。


 子ども扱いされているのでは。


 彼女を騙す形となってしまったため致し方なければ、反抗する気力もこれっぽっちもない。

 大人しく従っていれば家に到着し、腕を放してもらえた。



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― 新着の感想 ―
綾人は優しいというか責任感があるというか、そよいのことを気にしてるんだろうけど、体調崩してるの隠してまで迎えに行かなくてもいいと思うけど、そこはまあ男の子だね。 そよいも一度は泊まりに来てるから最悪…
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