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臆病な自分にさよならを  作者: 楊咲
第一章
13/17

13 不透明な憧憬


 残り少ない中学生活。それはあっという間に過ぎて行けば、合格発表日という名の今日を迎えることになってしまう。


 あれから快眠と言えるほどの睡眠は取れていなかったそよい。

 心臓の鼓動がやけに大きく聞こえていれば、電車に揺られるこの時間は億劫に感じてしまっていた。


 特急で向かうは乗り換え地となる八駅先。そこからもう六駅進んで行き、さらにと十駅と五駅を挟めば受験校の最寄り駅に到着することになる。


 すべて運よく席に座ることができる、そんなことがなければ、乗り換え後は必ず立っていた。


 しんどいかと言われれば当然。しかし、朝の満員電車となるとどうせ変わんないし、座っていたら前の人からの視線に心をやられてしまうため、隅に寄っているのが一番楽であった。


 そよいは外の景色だけを見つめ気を紛らわせていた。


 親は仕事だ。大切な日にごめんと謝られたが特に何も思わない。いつものように顔をあまり見なければ、話し掛けることも特にない。

 家があって、不便なく暮らせて、学校に通えて、親からの愛情も……貰えているはずで……。


 自分は我儘なんだ。少しばかり同級生から言われただけで逃げ出したいと言った。


 小説で出て来る登場人物はどうだった? 漫画に出てくる人物もどうだった? フィクションから逸れるとなると、勇気づけるその歌詞は? 感情が込められた悲しい歌は? 現実で作り出された共感するその曲は?


 その時点で救われていて、前だけを向いて生きていければいいのではないか。

 少し仲の良かった友人に似たようなことを言われては、眩しすぎるその背中には手を伸ばそうともできなかった。あなたはあなたで、自分は自分だから。


 これが普通なのだろうか。時折聞こえて来る親とその受験生の話声。それは受験校が近づいてくるにつれ増えて行き、次第に意識し始めていく。自分はひとりで来ていることに。


 その光景を見て、思いつめるかのような瞳で外へと視線を向けていると、たまたま目の前の女の子と視線が合った。


 ──美少女、それが彼女に相応しい言葉だと思った。


 首元に触れるぐらいの髪はハーフアップでお団子にし、ぱっちりと開いた瞳に通った鼻梁、桜色のやわらかな唇は同姓である自身でも魅力的に映る。肌も一段と綺麗で、自然と口角が上がっていれば尚更であった。


 そよいは、自身が整っている顔だとは流石に自覚している。

 周囲から受ける視線を感じたり、告白された回数と話したことがある回数などを比例すれば、そういったことではと思ってもしまう。


 だけど、目の前の彼女のほうが明らかに可愛い。見知らぬ自身に柔らかい笑顔を見せてきたのだから。


 そんな子と目が合うと、そよいは瞬きをしつつ外へと視線を逸らした。

 あんな笑顔を見せられたら眩しい以外にほかにない。あまり初対面の人と仲良くできるような人間ではなく、明るい彼女を見れば余計に見ることができないでいた。


 あと一駅。ちょっと首が痛くなってきたので、下に視線を移したりし彼女へと一瞥もしてみる。


 目に映るは、彼女が同じように外の風景を眺めていては、先ほどのことは気にした様子もなかった。

 そんな姿までもが絵になるようで、間違いなく学校で人気者になるであろうと、そよいの頭の中では想像がつく。


 三分後には到着した。いつものように人の流れには乗らず、一度お手洗いへ。

 そして遅れるようにして、受験校へと向かう。


 季節は春へと移り変わっていくのだが、まだまだ肌寒い季節。

 温かい太陽が顔を出していようが、ポケットに手を入れてはカイロが指先を温めてくれている。


 道行く人は同年代の子たちと付添人となる保護者。周りの人と同じように、受験校に近づいてくるたびに緊張で顔が強張っているような気がしていた。


 今までの努力が実り、あの雪が答えてくれたのだろうか。それとも、逃げずに向き合えといった答えが跳ね返ってくるのだろうか。


 校門を潜り抜け、人の流れに沿って歩けば多くの人で集まっている、合格者の発表が行われる場所へとたどり着いた。


 人が多いことから、かなり後方となる位置。

 かなり見えづらいと思ったが、二階の渡り廊下らしき場所から垂れ幕のような形で合格者を発表するようで、すぐに結果を知ることになりそう。準備をしている人を見れば予想は当たりのようだった。


「吐きそう……」


梨花(りんか)、しっかりして。絶対大丈夫だから」


「無理、もうまじ無理……。結望(ゆみ)、私立に行っても仲良くしてね……」


「まだ決まってないって……!」


 今か今かと周囲が騒めいている。


 まだ発表していないにもかかわらず、ネガティブ思考まっしぐらの女の子に対し、隣の女の子が正気を保たせるように手を握ってあげている。


 別にこういった行動は彼女たちだけではない。そわそわ待つ自分も似たような気持ちではあった。


 スマホへと視線を向け、着いたことだけは知らせておく。


 すると、すぐに既読が付き仕事じゃないのと思いながら、ついでにとアプリを開いた。


 綾人とのトーク履歴へ。

 

 結果がどうであれと交換した連絡先。それは挨拶どまりとなっていては、今日二回目のやり取りが確定している。


 今更になって少し怖いと思ってしまった。このやり取り自体しないことに決めていれば、不合格だった際気まずくならなかったのではと。

 夏休みでもと、そんな気持ちになっていたがよくよく考えればお試しでとお泊りし、剰え居候させてもらうこと自体が合格が確定していたと言っているようであっては、顔向けもできないのではと考えてしまう。


 もしかしたら──なんて可能性は周囲の声により視線を前へと向けさせられた。


 合格者発表の垂れ幕が降ろされ、受験番号が目に映る。


 見えると思ったが……保護者のスマホで撮影しようとする腕が多く見えそうにない。


 少し待つ、それは怖いがいずれ自分の元にくる結果に向き合うべきで前にと進んでみる。


 前から数える方が速いのか、後ろから数える方が速いのか。残念ながらどちらでもなく中間あたりになるようで、少し苦戦する。


 目を通して行けば後ろに下がり、抜け出すことができると……大きく息を吐いた。


 俯いては、あの日雪で積もっていたはずの地面を見つめる。


 ……今度は歓喜の姿が目に映った。先ほどの女の子たちで、ネガティブだった子は死んでそうだったが、隣の子が笑顔を見せている辺り合格したのであろう。途中から別の子が混ざっていれば、死んでそうだった女の子が怒りを露にしながらも笑顔が見て取れた。


 仲が良さそうだった。


 同じ中学校の人間なんだろう、その目にはどういった気持ちで映っていたのかは自分にはわからなかった。


 ただ、似たようなものは感じた。あの家のような温かみを。


「…………」


 そう振り返っていると、偶然綾人を発見した。


 朝一に来ていたんだと思いつつ、隣の男の子が誰なのかと気にもなる。


 それは物静かな人物に見え、誰も寄せ付けないようなそんな雰囲気を持った男の子であった。

 

 

 ───────────────────────────────────


 

「綺麗に並んでるな」


 ホッとしたため息を付いた綾人は、同じ中学であり幼馴染である内山(うちやま)元孝(もとたか)に向けて言った。


「そうだな。……よろしく」


「こちらこそ、よろしく。いろいろと迷惑かけると思うけど」


 前から数えれば綺麗に番号が並んでいる箇所がある。そんなことから互いに合格したと知れば、高校もと言った意味を込めて挨拶した。


 冗談交じりに言うかのような綾人の言葉には、元孝は眉を下げ後ろを振り返る。


「そういえば、黒川のやつ見たか? あいつも親いっしょだろ?」


「現状はこれ」


 スマホを取り出した綾人はトーク履歴を見せる。


 そこには、彼は遅れると言ったメッセージを飛ばしており、対する綾人がもう合格発表されているぞと送っていれば、彼らしい言葉を返してきていた。


「どうせ合格してるってメンタルは流石だな」


「まぁ、実際合格してるし、あいつならもっと上に行けただろうな」


「理由は聞いたのか?」


「ここが楽しく過ごせそうだから。あとは親もここならって許してくれたらしい。なんか私立に入学するの嫌ってたし」


「……いろいろ言ってるが、どうせ綾人目当てだろ」


「勘弁してくれ」


 ふたり笑えば、綾人は人混みの中へと視線を向けていた。


 あの中にそよいは居るのだろうか。合格と知れば、まず報告よりも先に彼女がどうだったのかと気になってしまう。


 スマホを見てみるも通知は来ていない。なぜか綾人がもやもやしてしまう。本来そよいの親のほうがもやもやしているだろうに。


「あの三人、落ち着いたみたいだな」


「あぁ……木野(きの)のやつも泣いてるし。あいつ逆転勝利だな」


「そこまで不味かったのか?」


「いや、最後のラストスパートが上手いこと行ったんじゃないかな。もしかしたら運も味方にしたかも」


 先ほどから、苦労を分かち合っていた同じ中学の三人を遠目から見ていると、仲良くやっているようでと傍観していた。


 そんな姿を見ていると、彼女らは別れてしまえば保護者の元に戻っていき、再度報告している姿が目に映る。


 自分もと、綾人はここまでいっしょに来た未波に報告しに行こうとするのだが──自然と喜びよりも、安堵の気持ちが勝った。


「よかった……」


「どうした?」


「ちょっと、(もと)!? どうなったの!?」


 しばらくふたりでいたからか、元孝のお姉さんがやって来る。


 かなり背が高く、久しぶりに見たことから呆気に取られていたが、男なら羨ましいと思う人も少なくない状況に追いやられている彼は、捕まるかのように抱き着かれていた。


「綾人……! 助けてくれ……!」


「もう、ごめんね、綾人君。こいつ連れて行くから。で、合格したの!?」


「合格した……! まじでやめろ……!」


 返事をすれば解放してくれたようで、彼はまた学校でと言い両親の元へと戻った。


 ここからは一度学校に行っては合否に関して報告しに行くことになる。


 その前に、いろいろ助けてもらった母に伝える。自分だけで見に行くと校門の近くで待たせていた。


「どうだった?」


 母親はいつもと変わらない感じで訊いてくる。


 親の顔をとも言うべきか。あまり見ない顔を見ていると、視線を逸らしてから綾人は報告した。


「……合格してた。……ありがとう。さっき宮代さんから来てたけど──」


 未波は笑顔を見せて頷いた。


 そして、学校に報告しに行くと綾人は言い電車方面へと早速歩いて行く。


 心から漏れ出ていたその言葉と表情、それが彼女に見られていたとは綾人は知らなかった。



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