12 残り少しの中学生活
物置部屋、そう感じさせる狭い部屋にスマホのアラームが鳴り響く。
熟睡していた綾人は身体を反転させてスマホを手に取ると、アラームを消してはゆっくりと起き上がり、その場で伸びをした。
起床時間は五時、祖父や祖母よりも早く目を覚ませばいつも通りコップ一杯の水を飲み干し、風呂場へと入ってはシャワーを浴びる。
朝に冷水シャワーを浴びることは健康に良いと言われている。
冬場だろうと関係ないが、死んでしまうと一度の試しで諦めた綾人は、温かいシャワーを浴びながら寝癖の付いた髪をもリセットし、身体を拭けば下着だけの状態でタオルドライ。ヘアオイルを櫛も使い髪に馴染ませば、乾かし、整える。
コンタクトをスムーズに付け日焼け止めを塗れば、自分の部屋で着替えを済ませ、残り少しで学ランに別れを告げることになる。
誕生日にて買ってもらった立てかけの鏡を前に、いろいろあったなと自分の顔を見る。
後悔はないように。引き続きよろしくお願いします、そういったクラスメイトも何人かいるはずで、しばらくは会うことがないクラスメイトも多く居る。
残り二週間もない。そんな中学生活を有効的に使うために今日は恥を忍んで訊こう。さすれば、キッチンへと向かいお弁当の準備をする。
昨日の残りであるレンコンとミンチのはさみ焼、ブロッコリーを切っては茹で、玉子焼きを作ってしまう。
毎日食べるトマトは絶対に忘れない。隙間ができてしまった箇所には冷凍食品で賄い、ブロッコリーを冷まし、白米にはたまごのふりかけを掛ければ、こちらは蓋をせず冷ましておく。
キッチンに広がった弁当箱を整理し、朝ご飯に味噌汁を作ればテレビを見ながら食事。
未波が起床して来ればいつものように近づいてくるので回避し、さっさと準備をしろと言うと、綾人と同じようにシャワーを浴びに行った。
朝食を済ませ、リュックサックの中身を見て時間割に間違いがないか確認した綾人は、まだ起きていない妹たちの部屋へと向かう。
二段ベッドの下の住人は目を擦りながら起床しては手を貸してあげ、素直に洗面所へと向かう。
歯を磨く祖母に挨拶すれば顔を洗い、髪は歩奈自身で行い、日焼け止めを塗ってあげる。
もちもち肌が荒れるようなことがないように。準備ができれば再度二階へ。
一番面倒な二段ベッドの上の住人は、身体を揺すろうが威嚇する声音を上げてくる。やさしくもう一度揺すり時間のことを言っても同じことなので、歩奈が起こそうとすれば嫌そうな顔をして起き上がった。
呆れていると午前七時前。学校指定のジャージを着用し、手袋にマフラーと備えれば未波には化粧途中でいってらっしゃいと言われ、歩奈や彩乃には廊下でのすれ違い、玄関で顔を合わせた祖父にも言われると、いってきますと外に出る。
ガレージに置いてある唯一の電動自転車に乗り、持っていたバッテリーも装着し学校へと向かう。
ここからだと受験校方面に自転車を走らせていく。整えた髪は意味を無くし、冷たい風を浴び、顔が凍りそうな思いに我慢しながら漕いでは三十分、手櫛で髪を整えれば電車へと乗り換え、窓際で外を眺めている。
自転車の時もそうだが、頭の中に浮かぶはそよいのこと。
そもそも、この中学三年間はどう過ごしてきたのだろうか。仲の良い友人がひとりでも居るのなら安心できるが、あの調子となると孤立してそうだった。
祖父と何かを話していた。
その顔から逸らすことがなかったように思える。
何か大切なことを言われていたかもしれない。自分もあんな感じで祖父の言葉を聞いていたのだろうか。過去を振り返れば少しばかり胸が熱くなった。
乗り換えがなく片道一本で目的地に到着すれば、今度は徒歩で向かう。
同じ学校の生徒を少数目にしながら下り坂を降りていき、計一時間ほどで学校に到着した。
靴を履き替え、三階まで上り、一番奥の教室へとたどり着けば親しみのある教室へ。
「──うわっ」
「びっくりした。……どうぞ」
「ううん、どうぞ」
「いや、いいから。レディファーストで」
「いや、いいから。レディファーストで」
「真似るな。しかも俺は女子じゃない」
教室へ入ろうとドアをスライドさせると、クラスメイトの女子とぶつかりそうになる。
言葉通り驚けば先に譲ったのだが、目の前の女子は楽しそうに笑っていた。
そんな様子を見ていたクラスの女子が茶化しにかかる。
「朝からイチャコラするなー、バカップルふたりー」
「してないですー、三原は私の愛の告白を断りましたー」
「そうですー、俺はやんわり断りましたー……いつ告白された?」
「私の頭の中で断られた」
「おい、滅茶苦茶すぎるだろ」
悪戯っぽく笑った彼女はトイレと言って教室を出れば、綾人は呆れながら教室に入ることができ、茶化した女子に挨拶。向こうは手を振りながら返してくれた。
自分の席に着こうとすると、今度は男子二名と目が合った。
「よっ」
「おーっす、綾人受験どうだった?」
「わからん。そっちは?」
「俺も何とも言えん。マジでドキドキするわぁ」
「てか、綾人は浅木高だろ? そっちもそれなりに偏差値高いだろ」
ひとりは苦い顔を浮かべながら合格発表を待ち、もうひとりは余裕そうに綾人に訊いている。
そんな余裕そうな男子生徒がそう言った態度なのは、次なる理由となっていた。
「そういう愉悦部様はどうだったんだ?」
「最高の一日だった……!」
「スポーツ推薦いいよなー。こいつ、俺たちが受験してるっつーのに、ほとんど自習だったらしいぜ?」
「先生が映画も見せてくれた」
「羨ましいな。まぁ、テレビに出る時を待ってる。一番セカンドだっけ?」
「よう覚えてるな。楽しみにしてろ。全国大会決勝で見せた六打数五安打一試合二ホーマー二盗塁の活躍を見せた俺は絶対に活躍してやるから。お前も見とけよ?」
「なお準優勝、ソロホームランのみが仇となり」
同じく受験組のクラスの男子が余計なことを言えば、綾人は笑い、映るようだったら応援しとくと言った。
他愛もない会話をすれば自分の席へ。
綾人の席は一番前の席であり中央寄り。一学期の終わりに席替えをしてからというもの変わっていない。二学期から今まで、よく先生の雑談に答えたりすれば、出席番号とかではなく問題も急に当てられることがあったのは言うまでもない。
そのおかげで、勉強に身が入っていたのは事実ではあったが。
「おはよう」
「三原おはー」
「おはー」
席に着く手前、隣の女子二人組から挨拶が来ては似たように返しておく。
隣の席の人物は、小柄でふわふわしたような柔らかい印象を与えられる人物。もうひとりは前髪を揃えている、ギャルっぽい見た目の人物。
同じ高校を受験したふたりであった。
「正解かどうかの確認?」
ふたりが問題用紙を見せ合っては確認を取っている様子。
片方の問題用紙には答えも記入しているようだった。
「そうそう、結望の見せてもらってる。だけどさぁ、ごめんだけど、あたしだけさよならになりそう」
「だ、大丈夫だから、最後まで手を抜かなかったんでしょ? それに結構合ってるよ。最後の問題落そうが賄えてるって」
「大丈夫、結構頑張ってただろ。自信持てよ」
「……A判定のふたりに言われたくないんだけど」
「「…………」」
ジト目を受けたふたりは黙ってしまう。なぜなら彼女の模擬試験の判定を知っているから。
哀愁漂うのは綾人の隣の席は彼女の席ではないため。三角座りをするかのように腰を下ろしていては机の半分を使い口元を隠していたのであった。
「何黙ってんの? C判定で挑んだあたしは馬鹿だって言いたいの? いいよ馬鹿で。もうどうでもいいよ。倍率が一四なんて事前に聞いててもいっしょなんだし」
「……ヘラるなよ。それにまだ決まったわけじゃないだろ」
「余裕そうな人間は黙ってて。う~昨日遊びに行くんじゃなかった~」
「それ、本人聞いたら悲しむよ。せっかく誘えて楽しかったのに」
「……うん、言いすぎた。結望~よしよしして~」
朝からいちゃついてるのはこちらです。話に夢中となっている人間に届かなければ準備をし、リュックは後ろのロッカーの上へと置いておく。
しばらくすれば、登校する生徒も増えていく。いつ訊こうか。先延ばしにすればどうせと思い、隣の頃合いを見ては声を掛ける。
話を真剣に聞いてくれる。そして、自身としてはかなり話しやすいため、ふたりから訊いてみることに。
「あのさ、ふたりに相談があるんだけどいい?」
「……どうしたの急に?」
ふたりはきょとんとした顔で綾人を見ていては、何の相談かと聞き耳を立てる。
「女の子に笑ってもらえる接し方を教えてください」
仲良しふたりは目を合わし思い出したかのように声を揃えて言った。
「「シスコン?」」
「全然違う」
「となると──」
「えっ!? 彼女できてたの!?」
そう大きな声を上げたのは、聞いてくれていたふたりからではなく、後ろ席の人物である、朝教室の出入り口でぶつかりそうになった女子であった。
どうしてもう戻ってきたのか。手に持っているプリントのようなものを目にしても、なにもわからないが最悪なことだけはわかっている。
「あ、ごめん。卒業用のクラス向けのやつ書いといて。で、三原の彼女、誰なの誰なの……?!」
「女の子にって誰? このクラスの人?」
「いや、違う、違う! 絶対違うから!」
騒めくクラスメイトの視線の味方をするかのように訊き出す女性ふたりに、全否定する綾人。
周囲の視線が突き刺さり撤回しなければいけないその空気には、本来冷静に対応しなくてはいけなかった。
「あんた女の子にって言っておいて、逃れると思ってんの? みんなの注目を浴びておいて、それはないでしょ。ほら言え言え」
「信じてたのに……!」
「あ、わかった。好きな人ができたんでしょ~。誰か言ってみ~?」
後ろからのダルがらみと言い、どう周りの空気を収束させるべきなのか。
しかし綾人に取って最悪なケースへと持ち込まれてしまえば、事態の収束は遠のいてしまう。
『綾人に彼女ができただとー!!!?』
廊下からであった。男の叫び声が教室にまで聞こえてきては、今度は勢いよくこの教室へと入って来る。
そして、迷うことなく真っ先に綾人へと向かって来ては両肩を掴まれた。
その人物は、受験終わりに通話をしていた人物──黒川聖介であった。
「おい、綾人! お前いつの間に彼女ができていたんだ! できたら、俺に教えてくれたっていいだろ!? 俺たち親友じゃないのか!?」
「めんどくさいのが来た……!」
「黒川邪魔しないで。私たちが聞いてるんだから」
「日暮、俺にとって大切な事件が巻き起こってるんだ! 譲れるわけないだろ!」
「あのさぁ、どうして一組のあんたが、六組の話が聞こえてんの?」
「赤い糸で結ばれてるから」
キモ、そう何人か言葉にしたのだが、言われた本人は気にしない。
やいやい言ってくる彼から視線を外せば、たまたま目が合った。それは担任の先生であり冷たい視線を送っていては、彼の後ろに立ってみせる。
「って言うより、噂が流れてきた。『三原に彼女がいたとかで六組が騒いでるらしい』って。で綾人! 好きになったでもいいから、教えろ! 俺が見定めてやる!」
「いや、聖介。後ろ」
「んなもん、気にするな! 最初から気付いている! こんな婚期逃がしそうな人間のことは忘れ──死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……!!」
肩を掴まれれば、握力により潰されかかったであろう。
六組の担任は保健体育を担当としている女性教師であった。
「黒川、早く自分のクラスに戻れ。ここは六組だ、勝手に教室に入るな」
「先生、質問です。勝手に入ってはいけない理由はなんでしょうか?」
「組織として、決められた配属先で仲良くできるようになりなさい」
「なにそれ、軍人思考みたいな。よし、綾人。話しの続きを──あ、綾人ーーーー!!」
連れて行かれた友人にさよならと手を振れば、一旦の落ち着きを示す。
このあとも少しばかり、弁明するのに体力を使ってしまった。
予冷が鳴るまでの辛抱だ、そう力強く粘っていれば何とか免れる。
しかし、結局のところ聞けず仕舞いか。そう思った綾人だったが、隣から話し掛けられる。
「さっきの話、放課後なら少し聞くよ?」
「……本当に?」
「うん、いろいろお世話になってるから」
「……ありがとう」
彼女の提案に有難く乗っからせてもらうと、今度は背中を突っつかれては振り返る。
私も。そう言わんばかりの表情には呆れながらもお願いしますと、頷くように伝えれば朝の読書の時間へと入った。
毎話誤字報告をいただき非常に助かっています。
ありがとうございます。