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臆病な自分にさよならを  作者: 楊咲
第一章
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11 名残惜しさと疑問


 高速道路へと目を向け、そよいは車内に流れる音楽を静かに聞いている。


 あっという間だった二泊三日の別れが来た今日、挨拶をすれば未波叔母さんにわざわざ家の近くまで送ってもらっている。

 土日祝とお休みの職場らしい。そんな休日の時間を奪ってしまう、そう言ったのだが、お話がしたいやお金がどうのだったりと言われ、勢いに押されてしまっては乗せてもらっていた。


 思い返すかのように別れ際の挨拶が脳内に映しだされる。主に、茅島の叔父さんと綾人であった。


『お世話になりました』


『……また帰って来なさい。話し相手ならここには多くいる』


『……』


『……あまり溜めこむんじゃない。少しずつでいい』


 ──────。


『昨日はごめん……。怒ってたら、本当に』


『……謝るようなことあった?』


『え、いや……ない? のかな。勘違いだったらいいけど』


『…………』


 親は茅島の叔父さんに何を話したのか。綾人に関しては表情が変わらない自分のせいだ。恐らく散歩の話で、面白くなければとあんなことや返す言葉も違っているはず。

 あそこまで話すのも久しぶりだった。……申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 茅島の叔父さんの話に戻れば、向けられた目を逸らすことはなかった。

 どうしてだろう。落ち着いた声音に吸い込まれるような瞳を目にすれば、頷くことを忘れていた。


 話すこと自体はこのお泊りを機に初めてであった。最初はごゆっくりと言われただけ。だから不思議に思った、また帰って来なさい、そんな言葉を掛けられるなんて。

 茅島の叔母さんに聞けば、何かがわかったのだろうか。微笑んでいたから余計にそう思わされる。


「どうだった? お泊りしてみて」


 不意に未波叔母さんから話し掛けられ、率直に答える。


「……よかったです」


「そう……。私のお父さん怖かったでしょ。何か話し掛けられて戸惑ってなかった?」


「全然大丈夫です。その、ビックリしただけというか」


「怖かったらちゃんと言ってよ、私にも容赦ないから。そよいちゃんぐらいの歳で、女の子にげんこつ入れる親なの」


「……怒らせないようにします」


「そよいちゃんなら大丈夫」


 そう言って、未波叔母さんは笑ってみせる。


 茅島の叔父さんは強面ではある。それにマフィアにいそうなオーラまでも感じなくはない。

 綾人の叔父。と考えると、見た目も相当若く見えるカッコいい叔父さんだ。茅島家の血筋なのだろうか、未波叔母さんといい容姿が若く見える家系なのかもしれない。

 それは茅島の叔母さんも見れば感じてしまうことであった。


「高校生になったら、やりたいことだったり楽しみなことはある?」


「……わからないです。普通に通えたらなんでも」


「そよいちゃんらしい。でも、一度限りの高校生活なんだから、勉強も大事だけど楽しまないと。叔母さんなんて、遊びに遊んだんだから」


「……例えば何ですか?」


 訊いてみると、未波は思い出すかのように話していく。

 その表情は懐かしい出来事を振り返るように笑っていた。


「学校行事はもちろんだけど、友達の家にお泊りとか、日帰り旅行にも行ったりとか。髪色も変えてたかな、友達といっしょにピアス開けたりも。先生には怒られたけどね」


「……やんちゃしてますね……。それでげんこつですか?」


「当たり。学校ある日でも、ひとり暮らしの友達の家に泊まったり平気でしてた。でも叔母さん勉強も手を抜いてなかったから、結果で殴り返したの。まぁ、そういうことだから綾人のことも何かあったら頼りになるから、茅島の叔父さんを頼って。勉強だとあの歳でも理系は本職だから」


 頼る、そのことに関してはそのつもり、とは言い難いが頭には入れておくことにする。


「合格、してるといいね」


 前を向きながら言った未波叔母さん。

 それはやさしい目つきをしていては、背中を押してくれるような声音だった。


 名残惜しい。昨日の夕食も閑散としておらず、家の住人全員が集まれば蘇るものがあった。


 家に帰ればまた一人っ子。あと少しだけの中学生活。卒業式の予行練習に空気が一変すれば、自分に取って吐き気がしてしまう合格発表日が勝手に訪れてしまう。


 全国で見れば偏差値は高めのほう。比例しているかわからないが、倍率がかなり高め。油断してしまえば自分は落ちてしまう。


 だけど、その時にはどうなっていようが、夏休みにでも泊まらせてもらえると助かるかもしれない。

 夕食時の景色を思い返せば、そんな気持ちを持つようになった。



 ───────────────────────────────────




 眠たい。暖かいパジャマを着てベッドの上で横になった綾人は大きな欠伸をした。


 明朝に起床して単語の確認。そして受験──ではなく、まさかの二度寝をかましてとおバカなことをしてから公立受験に挑み、帰って来れば高校三年間この家に住むと言っている遠い親戚がやってくる。

 私立の受験ならギリギリになっていたであろう時間帯の二度目の起床は、歩奈といった神の子のおかげで何とかなった。彩乃にはおむすびを口に突っ込まれ、多少はお腹が膨れた。


 そんな一日から始まった一昨日から日曜となる今日まで、宮代そよいと過ごす日々は様々な感情が浮き出ていた。


 初めは混乱した、続いて調子に乗ってる親に怒りを持ちつつ、彩乃や歩奈が仲良くしてもらっている姿を見れば安堵を覚えた。

 互いの趣味が合っているようだった。彩乃がかなり食い気味で話し、昨日は食器をふたりで洗いながら話していた。


 たったの三日、時間にすれば一日ちょっとぐらい彼女が同じ家で暮らしていた。それだけの日で少し印象が変わった。


 最初は静かな人物。悪く言えば暗い人物。いきなり心開いているのはおかしなことだが、どこか掴みづらい印象。

 本音で話しているのかわからず、本心が見えてこない。抑揚があまり感じられない声からもそう感じ取ってしまい、全ての行動に悲観的であるかのような、そんな声音。

 かけてくれる言葉にやさしさが見えていたので、本当に住むことになったら大丈夫だろうかと心配もした。自分がストレスの原因になってしまうのではないかと。


 接してみれば、少しは変化する。散歩の時や夕食の準備を手伝ってくれると、少々言い返したりもしてくれる面白い人であった。


 別れ際、念のためと謝った。踏み込みすぎていないか、散歩や玄関でのやり取りで笑うことがなかった彼女は、本当はイラついていたのではと思い、謝った。

 だけど言葉どおりに首を傾げては大丈夫に見えたのだが、目に映る彼女が視線を落とし暗い顔をしていた。


 何かを言おうとしていた。だけど、苦しそうに視線を彷徨わせていると、無機質となった瞳がこちらへ向けることがなかった。


 暗闇の中、溢れるように流れ落ちた涙。ベッドに寄りかかるように倒れ込んだ体勢。


 ……今日のことも考えれば察してあげないといけないかもしれない。


 彩乃と話しているときも笑っていない。声もあまり変わりない。

 親切心から、食器を洗うと進んで行い、昨日は洗濯物も畳んでくれた。男物もあるのに進んで行い、手に持ったものを指摘すれば投げつけられたが。

 こちらが少しおちょくれば叩いて来たし、その時ばかりはジト目を向けて来ていた。顔を真っ赤にしている姿も見た。それに肉じゃがを作った晩御飯では、おいしいと頷き、なぜか言葉にしても言ってくれていた。


 表に出すことが苦手なのか、それとも涙が理由になっているのか。


 彼女に合わせる。話し掛けないでほしいなら、身を引き、妹たちや親に任せる。

 問題なければ、普通に接する。

 少しでも和らげば。笑顔になってもらえるようだったら。悲しい出来事を忘れさせる、ひとつになれるのなら……。


 何か特別なことはしなくていい。可笑しいと思われてしまうし、余計なお世話だろう。それに勘違いかも知れなければ、そうじゃなくても彼女自身が望んではいないだろうから。


 となると、どうすればいいのかと綾人は考える。普通に暮らす、それが一番だろうし、そんなことで笑うのであれば安いものであった。

 ただクラスメイトに相談もしてみようかとも思う。もしかしたら解決策ではなく、むしろ触れてはいけないようなことを教えてくれる可能性があるかもしれないと。


 彼女が住まない可能性のことは考えても仕方がない。

 自分が落ちようが落ちまいが、それも関係ない。……というのは嘘で、母が払う学費が大きく変わるので合格していてほしい。


 ただ、見て見ぬふりはしたくない。


 昨日の夜に貰った連絡先。提案した内容に併せ、彩乃にも連絡先を送っておいた。

 よろしくで止まったメッセージ。ここから互いに良い報告を伝え合うことができるのだろうか。

 スマホの画面を眺めていた綾人は、そのまま瞼を落としたのであった。


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