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臆病な自分にさよならを  作者: 楊咲
第一章
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1 現状


「はい、各自鉛筆を置いてください。答案用紙を回収するまで席を立たないように」


 チャイムの鐘の音が鳴ると、教壇に立つ教師が言った。


 降り積もる雪の中挑んだ問題に、悪戦苦闘を強いられれば、一度は大きなため息を吐いてしまう。

 答案用紙を回収されていけば、大丈夫だよね? と不安ながらも視線で追いかけたり、受かってて! と念じてみたり。もしくは、落ち着かないかのように机を見つめたりとか。


 変わることのない結果だろうが、祈るのはこれまでの過程がそうさせ、かじかむ手を温め直す。


 回収し終えた教師たちはそんな子どもたちの姿に笑顔でいる。

 それをどう受け止めるのか。それは人それぞれであった。


「お疲れさまでした。では、この教室から出て行きましょうか。忘れ物はしないでくださいね」

「終わったー!!!」


 労いの言葉と共に、ひとりの男子が今までのストレスを発散させるかのように叫んでみせた。


 そうなると、クスクスと笑いが伝染しては、張りつめていた教室の空気が解れていく。

 今更ではあるが、各々が生き生きしてはいた。ようやくと言った思いで受験という名の檻から抜け出したから。


 そんな他教室の状況の中、ひとりの少女は外の景色だけを見つめている。


 廊下から響く元気そうな声は耳に届いていれば、外の雪景色に想いを馳せていた。


 現状の出来事と照らし合わせれば心は苦しむ。

 積もりつつある雪は、冷え切った気持ちを表しているかのように圧し掛かる。

 雪が溶ければ定着してしまう。


「帰れますか?」


 肩を優しく叩かれては我に返る。


 閑散とした教室の中にひとり座っていれば、それは声を掛けられるであろう。

 柔らかい笑みを見せる教師に対し視線を逸らしながら頷けば、少し急ぎ教室を出て行く。


 靴を履き、マフラーを巻き、手袋をする。


 そして、目の前に降る雪空に願う。


(合格していてください)


 足取りは重く、孤独な背中。

 託す思いは苦しい悩みであった。



  ───────────────────────────────────



 中学三年、冬の二月。

 宮代(みやしろ)そよい、十五歳は、人生初となる高校受験を今しがた受け終えていた。


 春へと切り替わっていく日にちにて迎えた降り積もる雪の中、教室でカリカリと鉛筆を走らせ、問題文と解答を見直し、チャイムの鐘の音が鳴ると担当の先生が答案用紙を回収。

 誰もが肩を降ろしたり、背もたれにもたれたりと息を吐き、張りつめた空気の中からようやくの思いで解放されている。


 しかし、誰もが今までのストレスを発散するかのように自由に下校する中、そよいはかなり遅れるようにして学校を離れている。


 誰かが通ったであろう雪の道を辿りつつ、見慣れない光景や場所にきょろきょろし、たまに地図が記載された紙へと視線を向けて歩いていく。


 向かう先はとあるお家。


 今住んでいる家ではない。とても静かな住宅街にて建っているらしい一軒家。

 先ほど受けた高校を合格すれば三年間居候させてもらうお家である。


 そのため、自分の意思を乗せ必死になって勉強をした。


 受験生であれば当然のことかもしれないが、家事もこなしつつ受験に挑んだ。


 毎朝親と自身の分のお弁当を作り、学校から帰宅すれば掃除に洗濯。買い物に夕飯と家事のあらゆる面をこなしつつ、合間に勉強。中学時代から本格的になったその習慣は、そよい自身がどう思うかよりも、手も足も動いてしまっていた。


 頭はかなり良いほうで、運動も問題なくこなし、積み重ねてきた家事全般は主婦さんレベル。

 手先は器用で呑み込みも早く、多方面でそつなく以上こなせる子。


 そんな子が合格していてほしいと強く願う高校。それは自身の家からだと電車やバスを利用しようとも通うことが難しい、遠方の距離にて存在する。


 どうしてそのような距離に位置する高校を受験したのか。


 その理由は、親元を離れ、今いる中学の同級生や同じ学校の人と会いたくもないから。


 そんな理由を親にはしていない。ひとり暮らしがしたいと懇願すると、今までの頑張りと迷惑からか親は取り持ってくれた。


 残念ながら、ひとり暮らしは許されなかった。親からの心配と女の子ということもあって。

 そのうえで付いた条件が、少し遠い親戚の家にて暮らすこと。その暮らす近くの高校、基受験した高校は、自身も納得がいく高校であったため文句はなかった。


 そよいは、今も通う中学で孤立している。


 小学生の頃は仲の良い友達も居た。中学の滑り出しでは学年問わず注目される人物でもあった。


 そんな中学で囁かれている名は“無表情の女神様”。


 綺麗な黒髪は胸付近まで伸びており、長いまつ毛に凛々しい目つき、通った鼻梁と左目付近には小さな泣き黒子、雪のように白い透明で滑らかな肌にすらりと伸びた足。

 そして、その端整な顔立ちをもってしての視野が広く行き届いた気遣いからは、男女問わず女神様だと思ってしまう。


 そよいの見た目からもそうだが、当初は“深窓の女神様”などと男性陣からは囁かれていては、思春期に差し掛かる男の子たちにとって、より彼女を意識するようになったのは言うまでもなかった。


 ところが、男子も女子も同様、そよいと関わろうとしていくと徐々に周りが思い見てきたイメージが崩れていく。


 ──彼女は常に無表情であった。


 無邪気な小学校時代。その途中からというもの、表情を変化させることが少なくなった。


 チラホラ聞こえてくる自身の身の回りで起きた噂はゆっくりと心を苦しめていき、笑顔を消し去っていく。


 その噂は一時で終わりはした。

 それでも進級していくとともに悪化の一途をたどっていくことになる。


 ほかの子たちが笑って聞いている話に顔はピクリとも動かない。同級生の話に愛想笑いすらできない。


 そんなそよいは、面白くない? と問われると、面白い、と思ったままに口にするも誰も信じてくれない。相手からしては、聞いていない、面白くないのだと、抑揚がないように感じられる声からもそう受け取られ、いつしか突き放す。


 彼女の性格上、気遣いは善良そのものだった。ただ勘違いさせた男の子の数は少なくなかっただろう。

 そのため中学では同性からのとばっちりも受けることがあっては、後押しするように陰口が囁かれ始める。


 耳にしてしまった日には、彼女を無意識に、追い打ちを掛けるように、苦痛の檻へと追いやった。


 容姿がいいから、なんでもできるから。


 なら、人間として悪口ぐらい言われるのは当たり前だよね?

 それほどのものを貰っているんだったら、少し我慢すればいいもんね?


 悪口や陰口を言われるのは当然、そういった周りの思い込みに加え妬みや嫉妬といった負の感情はそよいの心を蝕んでいき、相手の不安やストレスが解消されていく。


 メンタルは人それぞれ。

 追撃を受ければなおさらのこと。


 その結果、自身が笑おうとすることに嫌悪感を抱いてしまい、いつしか笑い方を……見失っていた。

 人形みたいと言われ、笑ってみようとするも笑えない。難しく考えるほどドツボにハマっていく。

 

 それが今の彼女、宮代そよいといった中学三年生の女の子である。


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