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稲倉鶫実③

 鶫実は凛堂学院大学付属にも受かっていたのだが、芳日高校の方へ入学してきていた。凛堂へ行くと聞いていたから、芳日高校の入学式で顔を合わせたときには驚いた。


 それから、僕も悠花も鶫実も別々のクラスに分けられて高校生活をスタートさせたのだが、体育の時間の体力テストのとき、体育は合同でおこなうんだけど僕のクラスの相方は鶫実のクラスで、休憩していると鶫実が話しかけてくる。「空井くん、元気?」


 僕は普段悠花とばかりいっしょにいるけれど、鶫実は僕達のところへは来ない。悠花単独でも鶫実と喋ったりすることはないらしく、あっけないし寂しいけれど『いずーみパレス』の結束は睦姫がいないと発揮されないみたいだった。


「元気だよ」と僕は言う。「鶫実は?」


「わたしも元気だよ」と鶫実は微笑んでいる。体力テストをやって疲れて、汗も掻いているんだけど、鶫実の表情は涼しげだ。「空井くん、一週間経ったから、返事聞かせてくれる?」


 僕は何も食べていないし飲んでもいないのに()せて咳き込んでしまう。びびび、びっくりした。いや、鶫実を見かけるたびにあのときのことが毎回頭をよぎってはいたんだけど、さすがにもう鶫実は僕に興味も関心もなさそうだったので、僕も気にしないことにしていたのだ。


 だが、ここでか。しかも皮肉っぽく言われてしまった。ずっと待たせていたのだ、僕は。

「つ、鶫実。ごめん」まず謝る。「あの、鶫実がまだ待っててくれてるとは思わなくて……」


「一週間後にって約束したでしょ。それは、待つよ?」


「ごめん……」青ざめてくる。「一年経ってるんだけど……」


「知ってるよ」と鶫実は笑っている。怒っている笑いじゃない。


 僕はそれにとりあえず安堵する。

「鶫実、ごめん。ホントにごめん。僕、悠花と付き合ってるんだ」


「それも知ってる」と言われる。「悠花か。悠花が来るとは思わなかったなあ。睦姫を押さえておけばそれで行けると思ったんだけど」


「……鶫実は、僕のこと本当に好きだったの?」


 その辺りがなんとなくはっきりしなくて僕は対応しづらかったんだけど「好きだよ」と普通に告げられる。「だから睦姫には絶対取られたくなくて、何がなんでも空井くんと睦姫を引き剥がしたくて頑張ってたんじゃない。わたし」


「…………」


「そしたらいつの間にか悠花に取られてて……悔しいよ。なんかわたし、空井くんと悠花をくっつけるために活動してたみたいじゃない?」


「……いや、僕は鶫実が何もしなくても悠花と付き合ってたと思うよ」


 笑われてしまう。「よく言うよ、空井くん。泉鏡家に取り込まれそうになってたじゃないの。あれ、わたしが何もしなかったらどうなってたかな?」


「…………」

 たしかに。今現在、僕の中に溢れている悠花への愛を力にデカい口を叩いてみたけれど、僕はちっとも格好がついていなかった。あのとき、特別授業で睦姫と長い長い時間を過ごし続けていたら、僕は睦姫に対する『好き』をいつしか愛情だと錯覚してしまっていたかもしれない。だけど、そもそも愛情に真偽なんて問えない。だって、回答者は本人しかおらず、その本人が頭でどう考えていて、どう受け止めているかでしかないんだから。「鶫実は僕が好きだって、どうやって証明する?」


「そんなの証明できないよ」と鶫実も言う。「わたしが好きだと思ってるから、好きなんだよ」


「やっぱりそうなるよね」


「もちろん空井くんのために、できることはなんでもやってあげるよ」


「命も賭けれる?」


「ふふ。中学生みたい。命は……命までは賭けられないんじゃない? そこまでされると、空井くんも重いでしょ?」


「どうかな。そんなこともないと思うけど」


「そっか」と、そこで鶫実は区切る。「じゃあ質問。悠花をやめてわたしと付き合わない?」


「ごめん」僕は頭を下げる。「できない」


「早いね」と鶫実は苦笑する。「もっと躊躇うんだったらわたしにも勝機があったんだけど」


「ごめんね。待たせっぱなしにしたり、失礼なこともたくさんしちゃった」


「いいよ。それはお互い様」


「…………」


「わたしと付き合ったら、わたし、空井くんのことホントに可愛がっちゃうよ。空井くんが喜ぶこともなんでもしてあげるし。わたしと空井くんはすごくよく合うと思うんだけどなあ。……悠花はそんな感じじゃないでしょ?」


「どうかな。わかんない」


「わかんないんだ?」


「わかんない」

 悠花も面倒見はいいけど、僕を可愛がってなんでもしてくれるっていう感じではたしかにない。けれど僕はそれで全然構わない。僕も悠花を可愛がりたいし、悠花のためになんでもしてあげたいし。僕と悠花は合っていると思う。思いたい。「わかんないけど、僕は悠花の人生に入り込んでいきたい。できるなら。悠花の人生に寄り添って歩いていきたいよ」


「わかったよ。頑張って」鶫実は肩をすくめる。「悠花くらいの人生になら、空井くんも寄り添っていけるんじゃない? 住む世界が、おんなじだしね」


「うん」


「悔しいなあ~」鶫実が僕に背を向ける。「じゃあ、わたしも他の男の子探すね。高校に来て、狭い範囲から探さなくて済むようになったから、少しは余裕を持って見つけられるかな?」


「頑張って」と僕も言うしかない。


 人生って複雑だ。僕程度の年齢で人生なんて、と言われるかもしれないが、だったら人生みたいなもの、と曖昧に表現しておく。睦姫とずっといっしょにいたら僕は泉鏡家に深く入り込んでいただろうし、あの一週間後に鶫実の方から返事を要求されていたら僕はきっと鶫実と付き合っていた。そうなると悠花と付き合うことはきっとなかったのだ。結果的にどれがよかったなんて、結果なんかまだまだ出ないんだから答えられないが、今現在の途中経過の話をするなら、僕は自分のこの気持ちを尊重するしかない。

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