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奇谷悠花②

 二年生の冬のクリスマスパーティを泉鏡家で執り行い、終了後、送っていこうかと言われたけれど僕達は遠慮させてもらい、歩いて帰宅する。空からは雪がやんわりと降り注いでいて、珍しいホワイトクリスマスだった。まあクリスマスの日に雪が降っていたとして何かいいことがあるんだろうかと疑問ではあるものの、なんとなく、わ~~となってしまうのは間違いないのだった。


 僕と悠花は自宅の方角もいっしょで、二人並んで帰っていた。歩くたびに結わえられている悠花のポニーテールがポンポン跳ねた。


「寒くない?」と僕は悠花に訊く。


「大丈夫」と悠花。「寒かったら何かしてくれるの?」


「あ、いや……」

 たしかに。何もできないクセに訊いてどうするんだろう。なんとなく間を保つために口から出た言葉だけど、厳密に追及されるとツラい。僕は口ごもる。


「そこで何か返せたら、マサもたいしたもんなんだろうけどね」と悠花は空を仰いで笑っている。「ありがとう。気を遣ってくれて」


「あ、ううん」

 気を遣ったというほどでもないので、感謝されても気まずい。僕は本気で悠花が寒いかどうかを心配したわけじゃないはずだ。わからないけど。たぶん。


「マサ、寒くない?」と反対に悠花が訊いてくる。


 僕はただ寒くないと答えるのもつまらない気がして「少し寒い」と返す。


「そっか」悠花はうつむいて「ふふっ」と笑う。「なるほどね。たしかに、何もできないや」


「なにが?」


「ううん」


「変な悠花」


「変だよ」


「ふうん」変な悠花とは調子を合わせられない。僕は話題を変える。「悠花、高校どこ目指すか決めた?」


「んー? マサは?」


「僕は……芳日高校かなあ、やっぱり」


「やっぱりそこになるよね」と悠花も頷いている。「私も無難に芳日高校かな」


「睦姫はどこ行くんだろう」


「……たぶん凛堂学院大付属だと思うよ」


「そっかあ。僕には無理だ」偏差値が高すぎる。


「睦姫といっしょがよかった?」


「あ、いや……そういうわけじゃないけど」


 さっきまでいっしょにパーティを楽しんでいた鶫実の顔が浮かぶ。睦姫の世界に、睦姫の人生に入っていこうとしないようにと戒めてきた鶫実。睦姫の志望校に合わせて努力しようとすることは、危険な行為なんだろうか? 睦姫だけを目当てとするなら、それはきっと危険な行為なんだろうけど、鶫実の言い分はそれとも少し異なっている印象だった。まあそれよりも、僕はあの日以来、鶫実の顔とか唇ばかりを見つめるようになってしまった。ふと気付いたら鶫実を眺めていて、一人ひっそり恥じらうことが多くなった。僕は鶫実のことが好きなんだろうか? いやそんな、キスをされただけで好きだなんて……安易。


「他の三人も凛堂学院大付属へ行くのかなあ」と悠花。「どうなるんだろうね」


「澪子と鶫実は、成績的には行けそうだけどね。睦姫が行くなら行くかもね」

 でも鶫実は睦姫のことを実際どう思っているんだろう? あの話をしてからも鶫実は何も変わらず『いずーみパレス』に所属しているけれど、胸中は不明だ。仲が悪そうにはまったく見えない。友達は友達なのだという言葉に嘘はなさそう。ただ、志望校をいっしょにするかは微妙なところだ。


「私が睦姫から離れたら、新しいボディガードが補充されるのかな」と悠花がぽつりとつぶやく。


「ボディガードなんてそうそう見つからないと思うけどなあ」


「普通はね。でも睦姫だからなあ。進学と同時に補充されちゃってたりしたらどうしよう?」


「どうしようって、どうにもできないけど」


「やっぱり私はボディガード担当だったんだなって思っちゃいそう」


「…………」

 まあたしかに、悠花がいなくなって代わりにまた腕に覚えのある人が『いずーみパレス』に加えられたとしたら、それは生々しくて嫌な話かもしれない。「……大丈夫だよ」


「何が大丈夫なの?」


「…………」


「ごめん。困らせてる。ごめんごめん」


「…………」一瞬心臓凍りついた。「……なんにも大丈夫じゃないけど、僕は別に悠花のことボディガード担当だとは思ってないし。そりゃ悠花がいてくれたら安全性は向上するかもしれないけど、それは悠花っていう子におまけでついてくるボーナスポイントみたいなもんだよ」


「え」


「え、ごめん」とりあえず謝る僕。「また適当なこと言ったかも。ごめん」


「……適当なこと言ったの?」


「や、僕の思ってることを言ったんだけど」


「ふうん」と鼻を鳴らす悠花。「でも私、睦姫と離れたらどうなっちゃうんだろう。誰のボディガードでもなくなって……何の役割もない人になっちゃうのか」


「普通の中学生は役割なんて持ってないし」


「そのときはもう高校生だし」


「高校生だっておんなじだよ」たぶん。僕は高校生になったことがないのでなんとも言えないが。「っていうか、やっぱり悠花はボディガードを任されてた方が嬉しいんじゃないの?」

 なんか、話を聞いていると、ボディガード扱いが嫌なのか生き甲斐なのか、悠花の思いがわからなくなってくる。


「友達として頼られたいよ。でも、私の代わりを作られたら嫌かも」


「ああ……」

 奇谷悠花が先かボディガードが先か、みたいな話か。友達がたまたま強いからボディガードをしてもらっているのか、ボディガードとして近くに置いた人と親しくする内に友達になれたのか……睦姫の場合はどっちなんだろう? 悠花自身は、テコンドーをやっていてボディガードとしての適性があったから睦姫と知り合えたのだと言っていたけれど。あ、じゃあさっき僕が言った、安全性の向上はボーナスポイントでしかないっていう言葉は、悠花が睦姫から言われたい台詞なのか。


「はあ」と悠花がため息をつく。「なんか先のこと考えるのって気が重いね」


「そうだね。どうなるかわからない恐さがあるしね」


「ね。恐いよね? 私、将来のこととか想像してると本当に恐くなるんだよ。自分は将来、どこで何をしてるんだろう?って。誰といっしょにいるんだろう?って。まだまだ遠い遠い先のことかもしれないけど、けっきょく自分自身のことだし、それってまだ未確定だけど、でもある意味ではもう既に私の中にあるとも言えるでしょ? そういう不明なものが自分の中にあるって、恐くない?」


「そう考えると恐いね」

 未来はわからないが、その未来を作るのは自分だから、今現在の自分だって未来に影響を与えるんだし、それってつまり未来の一部みたいなものだ。そういう、わからないはずのものを知らず知らずの内に実は作っていっているというのは深く考えていくと不気味かもしれない。


「ホントに思ってる?」と冗談っぽく問われる。


「悠花の言ってる意味はなんとなくわかるよ」と僕は答える。それより、悠花にも恐れるものがあるんだってことに僕は驚いた。見知らぬ男子高校生三人組に躊躇わず立ち向かっていった悠花。そんな悠花をも脅かす事柄が存在するのだ。この世には。


「私は目標とか、なりたいものとかがないから余計に将来が恐いのかも」


「テコンドーの選手とかは? オリンピック代表」


「無理だし。そこまでの才能ないよ」


「そうかな」


「……マサには将来の夢とかある?」


「僕? とりあえずないけど」


「なんにも?」


「うん」


「芳日高校行って、そのあとどうするの?」


「わかんない。行ける大学行って、勉強しながら将来について考えるつもり……」

 つまり今は何も考えていない。恥ずかしながら。


「そっか……」


「ごめん」


「や、いいんだよ? 私は自分の将来像がないってことに恐怖してるだけだから。マサはマサで、ゆっくり考えればいいと思う」


「うん。……いや、悠花もゆっくりでいいんじゃない? 僕より早く決めなきゃいけないってこともないし、僕より遅れちゃダメってわけでもないし。いっしょに考えようよ」


「…………」


「他の子だって別に具体的には考えてないでしょ、まだ。みんな似たり寄ったりだよ、きっと」


「うん……」


「うん」


 悠花が口を閉ざしたので、僕も同じようにする。黙って歩く。悠花と二人きりでこんなにたくさん話をしたのは初めてで、悠花の胸の内も少し知れて興味深かった。


 しばらくしてから「お礼言うの忘れてた」と悠花が口を開く。「ありがとう、マサ」


「え、何が?」

 何に対して?と僕は戸惑ってしまう。


「何が? じゃあいいよ。ありがとう取り消し」


「えーー?」


 ホワイトクリスマスの外気は凍てつくほどのはずだが、僕はそれが気にならなくなっている。

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