いずーみパレス
泉鏡睦姫は資産家の令嬢だ。僕は資産家の意味も令嬢の意味もあんまりはっきりとはわかっていないんだけど、要するに睦姫はお嬢様らしかった。お嬢様ならわかる。たしかに睦姫はいつも背筋が伸びていて、だらしない格好もしないし、凛としていて気高い印象を受ける。雰囲気としての印象だ。少し近づきがたい感じがするけれど、言葉を交わしてみると単純にそういうわけでもなくて親しみが持てる。
そうはいっても、正真正銘のお嬢様を擁する僕達の学年……芳日中学校二年生は、やっぱり他の学年と比べると空気感が少し違う気がする。何がどう違うのかと具体的に問われると僕は口ごもってしまうかもしれないが、とにかく少し違う。全体的に明るく華やかさがあるという一方で、常に緊張感が漂うみたいな……そういう、日常からほんの少しだけ距離を取っているかのような空気感がある。僕は中学校に入学してから睦姫と出会ったので、この微妙な空気感の違いについては断言できる。僕が通っていた小学校には明るく華やかな緊張感みたいなものはなかった。中学校に上がって、睦姫が現れてからなのだ、そういう変化が起こったのは。
別に睦姫と近しくなくても、生粋のお嬢様が身近に存在しているのだ!という意識だけで間接的な影響を学年中のみんなが受けていると思うんだけど、僕の場合は特に睦姫から親しくされていたから、この実感はなおさらだったのかもしれない。
睦姫のグループは、小学校からのお馴染みのメンバー……稲倉鶫実、奇谷悠花、安達遼、海藤澪子に僕を加えた六人の集団で、冗談混じりに『いずーみパレス』と呼ばれていた。最初は普通に『泉鏡パレス』だったのだが、言いにくいから簡略化された。
どうして僕が入っているのか? 他は小学校からの継続的なメンバーで全員女子なのに、どうして中学校に入学してから加えた新メンバーが男子でしかも僕なのか? それは僕自身謎だった。中一のとき、理科の実験班がいっしょで、酸素や二酸化炭素を発生させたり、ろ過をしたり、何かの体積を測ったりしていたらいつの間にか理科の時間以外にも話しかけられるようになり、グループに加えられた。
当たり前だけど、同性の友達からは敬遠されたりやっかまれたりして、僕の友達の総数は減った。どのようにして僕が『いずーみパレス』に迎え入れられたのかを質問してくる男子がたくさんいたけれど、僕も知りたいくらいだったので何も答えることができなかった。
僕は一度睦姫に「他の男子と遊びたいんだけど」と申し入れたことがあった。
睦姫は「え、遊べばいいじゃん」と当然のように返してきた。なんでわざわざそんなことを言いに来るのかと言いたげな表情だった。「空井の自由だよ?」
で、他の男子に混ざってゲームや漫画の話をして盛り上がり、僕はメチャクチャ楽しいんだけど、一通り話し終えて解散すると、けっきょく『いずーみパレス』に戻ってきている。
「楽しかった?」と睦姫に訊かれる。
「うん」と僕は頷くが、そういうことではなく、僕は『いずーみパレス』から永久的に離脱して普通に男子とずっと遊んでいたいんだけど、でもこうしていったん遊び終えると睦姫のところへ戻ってきてしまうのはなんだかんだ僕自身、内心では『いずーみパレス』を去りがたく思っているってことなんだろうか? まあそうなのかもしれない。僕は睦姫にはっきりと「抜けたい」と告げたことがない。
睦姫は可愛らしい顔立ちをしている。瞳が大きくキラキラしていて、髪の毛も光のように柔らかそう。お嬢様というよりお姫様と言った方が容姿のイメージとしては似つかわしい。他のメンバー……稲倉鶫実も睦姫とは逆を行くようなクールな風貌で綺麗だし、奇谷悠花もエネルギッシュなパワーを感じていい。安達遼も海藤澪子も可愛いと思う。安直に言うなら、『いずーみパレス』は美少女で構成されたグループなのだ。これも僕がやっかまれる理由であり、僕が離脱しがたい理由なのかな?と僕自身思う。僕は他の男子のように誰々と付き合いたいとかはあまりないんだけど、でもやっぱり可愛らしい女子へは自然と目が行ってしまう。そういうのって、抗えない本能なんだろうか?