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襲撃! 崩壊! 赦さないですから!

おまたせしました。

「な、なになになに」


 母を追い出して。

 ひとり後悔に似た感情を抱えながら、これからの生活に向けたあれやこれやを妄想しながら荷造りをしていたアニーリャは、壁を邸宅全体をビリビリと揺らす咆哮に手を止めて窓から顔を身を乗り出して様子をうかがう。


「ミコトさん! なにがあったんですか?!」


 アニーリャの部屋は二階にある。

 ミコトはちょうど真下にいた。視線を僅かにあげた彼女は、腰の柄に手をかけ、険しい顔で森の深部へにらみをきかせていた。


「あんたは家にいなさい。ご両親にもそう伝えて。窓閉めて鍵かけて、できるだけお屋敷の中央に固まって絶対に外に出るなって」


 静かに。だが有無を言わせぬ気迫の込められた返答にアニーリャは頷くしかできなかった。窓からからだを戻し、そっと窓を閉じた。

「おや、引き下がるのかい? 魔王ともあろうキミが」

「あたしが出しゃばればミコトさんの足を引っ張るの。あんただって見たでしょ。あの殺気だった目」


 唐突に右肩に現れたウロに驚いた様子もなく、アニーリャは淡々と返す。


「でもキミには魔眼がある。あれなら全員無傷で場を収められるよ」


 ウロの提案にアニーリャはひどい渋面で睨み付ける。


「あんな風に無理矢理言うこと聞かせるのなんてもっとイヤ」

「じゃああの膨大な魔力を直接ぶつける、という手だってある」

「あんなの、全然制御できてないし、やり方だって分からない。仮にやれたとしてもミコトさんにまた迷惑をかけちゃうの。分かったら少し黙って。お母様たちに危ないって伝えないといけないんだから」


 そうかい、と残念そうにつぶやいてウロはただの蜘蛛にもどる。


「さて。どんな顔して会えばいいかな……」


 気まずそうに頭をかきながら、アニーリャは両親がいるリビングへ足を向ける。

 直後、


 ──みんな伏せて!


 耳と頭、それぞれに響いたミコトの叫びに、アニーリャは困惑しつつも身を伏せる。

 ほんの数秒。しかし緊張しつつ伏せている身には数分にも数時間にも感じられた時間の後、

 アニーリャの目の前の空間が吹き飛んでいった。

 こんな間近で起こったことなのに、音はまるで聞こえず、吹き飛んでいく床板や壁の破片がひどくゆっくり飛んでいくように見えた。

 それらが収まり、時間と音の感覚も戻ったアニーリャの目に映ったのは、空白だった。


「……え…………?」


 目の前にあったはずの部屋の半分がなくなり、隣の部屋の、白布を被せたテーブルや椅子がはっきりと見えた。


「オーガキングがこちらに向かっているようだね。この攻撃は咆哮をそのまま大砲のように打ち出す、キングを冠するオーガが使える技だよ」


 ウロの落ち着き払った説明はまるで耳に入っていない。

 飛び出すように部屋を出て階段を駆け下りていった。




 ずっと引っかかってはいた。

 いくら数が多かろうと、堅牢な神殿をあそこまで破壊できるのだろうか、と。

 その要因のひとつがいまの攻撃だろう。

 家を攻撃された、という非常事態なのに、そんなことを冷静に考えていることに驚きと苛立ちを感じながらアニーリャは直撃を免れた廊下を走り、最後の三段が崩れ落ちた階段を駆け下り、ドアとおぼしき残骸が飛び散るリビングへ飛び込んだ。


「お母様!」


 両親は、リビングのほぼ中央に文字通り肩を寄せ合いながらうずくまっていた。父は右肩から、母は頭部から血を流していた。


「ああ、アニーリャ。無事でよかった」


 微笑んでは見せたものの、それは弱々しく、アニーリャの心は激しくざわついた。


「とにかく、一旦外に出よう。魔物が来ているようだがここはもう危険だ」


 父ランティの言葉にうん、と頷いてアニーリャは両親の元へ足を、


「危ない!」


 コンスタンスが急に立ち上がり、アニーリャをリビングの外へ突き飛ばす。直後、天井が崩落し、瓦礫が降り注いだ。

 大小様々な木片が埃と共に舞い落ち、アニーリャは反射的に袖口で口元を隠した


「お母様!」


 ランティからすれば一瞬の、アニーリャからすれば永劫に感じるほどの時間の中で、アニーリャは自身のからだから大きな力があふれ出ていくのを感じた。


「……え?」


 やがて父子の時間の流れが同じになり、瓦礫の崩落も収まると、コンスタンスが淡い紫の光を放つ球体に包まれていることに気付いた。


「アニーリャ、なの?」


 球体の中でコンスタンスは自分の手やアニーリャを交互に見つめるともう一度、今度は力強く微笑むコンスタンス。


「あなたを売った償いだと思ったのに」


 ほんのり冗談めかしてはいたが、その言葉に偽りはない。一瞬とはいえ金に目がくらんだ自分を戒めたかった。そしてそれが愛娘を救う形で果たされるなら、とさえ。


「……だ、だめ、ですよ。あたしまだ赦してないんですから。そういうのは、もっとずっとあとにしてください」


 母の自暴自棄ともとれる思いをどう受け止めていいかわからず、それでもアニーリャも冗談めかして返した。


「そうね。それでこそテイラム家の次期当主よ」


 ふふ、と微笑み返してふたりは立ち上がる。


「さ、今度こそ急ごう。屋敷はあとで直せばいいからね」


 ランティの言葉にふたりは頷き、三人で出口へ急ぐ。

 外からは、騒乱の音が聞こえてきた。


     *


「せえっ!」


 迫り来るゴブリンをミコトはまっすぐ縦に両断する。

 襲撃してきた敵モンスターの数は、衛兵たちの報告によればゴブリンが二十あまり、オーガが三体。オーガキングが一体という編成。

 この報告にミコトは激しい疑念を抱いた。

 衛兵たちがミコトに協力的な態度を取ったことではない。

 ゴブリンたちが徒党を組んで人を襲撃している点だ。

 ゴブリンやオーガなどの異種族と人は、消極的な友好関係というべき間柄で長年大きな騒乱もないまま共存してきた。彼らもまた魔王による周期的な大破壊の影響で人と争うだけの余力がないのだ。

 少なくともミコトはそう聞いているし、百年前に魔王インフェルヌを討伐した旅でも、彼らの大半は魔王軍に与することはなかった。


 ──むしろゴブリンとかオーガもいたのね、って驚いたぐらいだし。


 それは、ミコトがこちらの世界に来るきっかけとなったビデオゲームでもそうだった。

 この世界に最初に来たころを思い出し、ミコトは苦笑する。

 ともあれ、と剣を振って付着した血液や体液を飛ばし、手近な衛兵に問う。


「残りは?!」

「ゴブリンは全て討伐しました。オーガは残り二体。キングは健在。以上です」

「ん。あとはあたしがどうにかするから、あんたたちは負傷者の手当とテイラムの人たちを守ることに専念してて。お願い」


 は、と短く答え、素早く行動に移った。

 こんなに素直にこちらのいうことを聞いてくれるなら、あそこまで無言を貫いていたのはなんだったのだろう、と訝しむ気持ちもあったが、いまはオーガキングだ。

 柄を握り治し、視線をオーガキングがいる方向へと向ける。この壊滅的な状況にあってなお、咆哮を発した場所から動いていない。

 違和感はずっとあった。

 先述したが、人とゴブリンたちは長年消極的な共生関係にあった。

 明文化されたわけではないが、生活圏が近い集落は代々それを守り、遠ければ無闇に近づいたりはしなかった。

 そんな関係にあったのに、群れで神殿を襲うなんて。

 裏がある。それもゲロにまみれたような。

 そう確信しつつ、いまはキングオーガの討伐を優先する。

 どんな理由があろうと、領域を侵犯したのなら討伐するというのも暗黙の了解のひとつなのだから。


「せっ!」


 魔法を使って加速。一気に見上げるほどの巨躯の間合いへ入っていった。

 キングの名を冠していても、咆哮ひとつで屋敷を吹き飛ばそうとも、ただひとりで数々の魔物と戦い、魔王さえも屠ったミコトの敵ではない。

 戦いながらミコトは、「ここ、ゲームにするときはどうにかしてあの子に実戦経験積ませるイベントにしたほうがいいかも」などと考えていた。


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