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混乱! 暴走! どこか行っちゃえええっ!

おまたせしました

  魔王。

 この世界ウィルゴ・ディルスではおよそ百年周期で大災害が起こる。

 その中心にあるのが魔王インフェルヌ。

 魔王はゴブリンやオークなど多様な魔物を率い、人里を襲い、その命を絶望を喰らう。

 勇者ミコトが百年前に討伐し、百年後の現在でその円環を断ち切ろうと奮闘している存在だ。

 アニーリャはゆっくりと森を睥睨する。漆黒だったはずの瞳は深紅に染まり、唇は赤から黒へ染まっている。


『そちらから来ぬというならば、我が贄となれ』


 あ、やばい。

 ミコトがつぶやくのと、ふたりの姿がかき消えるのは同時だった。木の葉のようにウロのからだが宙を舞い、ぽとりと屋根の梁に落ちる。どうにか体勢を戻したウロは、森の中に入った彼女の無事を祈りつつ、彼女の元へ急ぐ。


「すまないアニーリャ。いま行くから堪えてくれよ」


 森の木々の、波打つような根っこをうまく跨いで立つアニーリャは、衛兵へ虚空を掴むように広げた右手を向けている。向けられた衛兵の喉には手形のような痣が浮かび、みしみしと異音を立てている。


『そのような姿をしておいて、我を魔王と知らぬはずがあるまい。ならば我の贄となるは必定』


 首を掴まれている衛兵の足がゆっくりと地面から離れていく。喉の前にあるはずの腕を振りほどこうともがくが無惨にも虚空を掻くのみ。

 周囲にいる三人の衛兵たちは誰もアニーリャを攻撃したり、同僚の救助を行おうとしない。というよりもできないのだ。

 アニーリャの瞳が紅く輝いている。

 投獄されているときに、無意識にオーガに使用した「魔眼」。その効果を広範囲にする代わりにそれぞれへの影響は足止め程度にして仕様しているのだ。

 うめき声のようだった衛兵の口から漏れ出ていた声がついに途切れ、もがいていた両腕がだらりと垂れてしまう。

 アニーリャはそれを見て、にぃ、と口角を上げる。そして腰溜めに左手を引き、親指だけを折った手の平を上に。大きく足を開いて視線を衛兵の心臓へと向ける。

 そこへ。


「はい、ストップストップストップ!」


 腰の細剣でアニーリャと首を掴まれていた衛兵の間にある空間を縦に切り捨てながら、ミコトが大声でわめく。

 空間を切ると同時に衛兵のからだはどさりと地面に落ちる。同時にミコトは手の平を衛兵に向け、「サナティオール」とささやく。直後、衛兵のからだは光に包まれ、そのからだに生気が戻っていく。

 ひと息つくこともせずミコトはアニーリャへ手の平を向けて「エクシータム」と唱える。

 びくん、とアニーリャのからだが跳ね、次第にゆらゆらと揺れ始める。


『な、なにをした……っ』

「あんたの出番は百年前に終わったの。もう忘れたの?」

『わ、我は魔王ぞ。戯れ言を……』


 アニーリャのからだから徐々に力が抜け、抵抗は言葉だけ。


『わ、我は……』


 ついに足が崩れたところを正面から抱きとめ、軽く揺する。


「ん……、あれ……」

「はいおはよ。ごめんね。目を離したばっかりに」

「目……? なに、言って……?」


 まだ寝惚けているのか、アニーリャの返答は曖昧で要領を得ない。


「覚えてないならいいわ。さ、戻って寝直しましょ」


 うん、とぼんやりと答えたアニーリャの視界に、彼女自身の右手が映る。

 ようやく大人のそれへと成長し始めた右手に確かに残っている感覚。

 自分は、大人の首を絞めた。

 そして、左手で相手の胸を貫き、心臓を。


「え、なんで、あたし、そんな、こと」


 やばい、とミコトはしゃがんでアニーリャと視線を合わせ、ゆっくりと言う。


「だいじょうぶ。あんたのスキルが悪さしただけ。誰もケガしてない。だいじょうぶだから。ゆっくり深呼吸して。恐くない恐くない」


 しかしアニーリャはミコトと視線を合わせようとしない。慌てふためき、呼吸もどんどん荒く速くなっていく。


「やだ、あたし、そんなつもり、そんなの、食べたくなんかないのに!」


 人を殺めようとしたこと。あまつさえ心臓を抜き取って食べようとしていたことを、アニーリャは心のどこかで覚えている。

 恐くて恐くて、そんなことをしようとした自分が許せなくて。

 アニーリャは自身の全てを否定した。


「どこか行っちゃえええええっ!」


 アニーリャの全身がまばゆく輝く。それまで深紅だった彼女の瞳も黄金色に輝く。なにかしらの魔法に昇華させることもない、ただ純粋な魔力の奔流が起こった。


「ああもう、これだから子供は!」


 毒づくミコトは事態に対処すべく魔力を練り、詠唱を始める。放出された魔力の濁流はミコトの軽鎧を破損、あるいは弾き飛ばし、それでも止まらずに周囲の木々を小屋を、衛兵たちをも巻き込み、なぎ払っていく。


「やだ、なんで、こんなの、違う! 違うの!」


 魔力の放出は一瞬では終わらなかった。

 中心地にいるミコトの全身は切り刻まれ、殴打されたような痣がいくつも浮かび上がっている。


「ご、ごめん、なさい。こんなこと、違うの、ごめんなさい……っ!」


 黄金色の瞳からこぼれ落ちる涙を、ミコトはきれいだと思う。こんなきれいなものが見れただけでもこっちに来た甲斐がある。


「だいじょぶだいじょぶ。この程度の傷なんて、百年前はザラだったし」


 落ちつかせるための満面の笑みに、アニーリャは首を振るばかり。


「謝るのはこっちの方。大人の都合に巻き込んでごめん」


 言いながら、ミコトはアニーリャの柔らかな頬に手を添え、産毛の残る額へ優しくキスをする。


「っ???!」


 唐突な行為にアニーリャの意識がほんの一瞬逸れる。いまだ!


「シグナクルム!」


 即座に発動したのは対象を強固な光の壁で封じ込める魔法。ミコトとアニーリャを中心とした筒状に展開された光の壁は、荒れ狂う魔力の流れを天空へ向けさせる。光の壁により断絶された魔力の流れはすぐに勢いを失い、木々や地面にぶつかっては消滅していく。


「ほらもうだいじょうぶ。落ちついて深呼吸。あんまり信用ないだろうけど、あたしの目を見て」


 一度首を振ってからアニーリャは、今度こそしっかりとミコトの瞳を見る。


「ありがと。優しいね」

「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」


 ゆっくりと抱きしめ、後頭部を、背中を丁寧にさする。


「いま起こったことと、あんたがやろうとしたことはは悪い夢。あんたは悪くない。だから、いまは大人に任せて眠っていいわ」


 でも、と食い下がろうとするアニーリャの唇を、そっと人差し指を当てて、


「子供は寝る時間よ。『ドルミーレ』」


 唱えたのは睡眠の魔法。アニーリャの瞳は間もなく漆黒へ戻り、糸の切れた人形のように眠りに落ちた。

 ふう、と息を吐いてシグナクルムの魔法を解き、アニーリャを抱きかかえる。


「あたしは勇者ミコトです。あなたたちが何の目的でこの子を見張ってるのかは聞きませんが、アニーリャ・レイ・テイラムは勇者ミコトの保護下にあります。あなた方の上司にもそう伝えてください。今夜はどうぞお引き取りを」


 アニーリャを抱いたまま強い口調で言うと、すぐさまケガを負った衛兵達全てに対し、治癒の魔法「サナティオール」の魔法をかける。


「それでは、おやすみなさい」


 深々と一礼し、ミコトは壁や屋根の壊れた小屋へ戻っていった。

 魔力の奔流により受けたケガも完治した衛兵たちは。しかし持ち場を離れることはなかった。


「仕事熱心ね、ほんと」


 ミコトは苦笑するしかなかった。


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