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破壊! 決着! 勇者ミコトのさいご!

お待たせしました

 初対面の印象は最悪だった。

 魔力の壁で守られているはずのセーフハウスに当たり前の顔をして入り込んでいたり、百年前に魔王を倒した勇者だとか名乗るし。

 でも、出会いが最悪だったからこそ、挽回はできたのだと思う。

 親元から離れ、三ヶ月みっちりしごかれて、このひとは信頼に値するひとだと思えるようになってからは、もう、手をかけることができなくなってしまった。


「ほらもう遅い遅い! 反応もっと速くしろって何回も言ってきたでしょ!」


 ミコトが繰り出す攻撃は重く、速い。アニーリャは剣を消し、代わりに魔力で全身を硬化させて耐えているが、ガード越しであっても骨に響く一撃一撃に、まず心が折れそうになる。


「重い一発は捌けってのも言ったし、やり方も教えたでしょ! なんでやらないの!」

「回転速すぎるの! 本気出さないって言ったのに!」

「ばーか。これで本気なわけないでしょ? あたしの本気ってのは、これ!」


 フェイントを織り交ぜての腹部へアッパー。両腕のガードも容易く突き抜ける衝撃は腹に穴が開いたと誤認するほどの威力だった。くの字に折れ、無防備な背中へミコトは両拳を組み合わせて叩き付ける。


「くふっ!」


 その勢いはアニーリャの飛行魔法もかき消して、彼女のからだを瓦礫の散乱地面へと撃ち出した。


「アニーリャさん!」


 幸い、リッコが落下地点に入って魔力でブレーキをかけつつ優しく受け止めて、地面への激突によるダメージは免れたが、たった二発でアニーリャのからだはまともに動かなくなってしまった。


「サナティオール」


 ここまでのダメージを治療したことはないが、それでも、とリッコは治癒魔法をかける。


「……ありがと……」


 うめくように言われ、リッコは思わず唇を引き締める。


「アニーリャさん。迷うお気持ちは分かりますが、いまはミコトさまをどうにかするほうが先決と存じます」

「……でも」

「魔王、いえ、邪王としての力を手にされた以上、いまのあのお方は討伐されるべき存在ですわ。ご本人もそれを望んでいます。これは、里に迷い出た獣を森に返すようなものと同義だとわたくしは考えます」


 むふん、と鼻息荒く言うものだから、アニーリャは思わず苦笑する。


「……聞かれたら怒られるよ」

「アニーリャさんをここまで痛めつけた方にどれだけ怒られようと、わたくしは堪えません」


 きっぱりと言われ、笑みがこぼれるやら恥ずかしいやら。


「アニーリャさん。中途半端な優しさは、悪意よりも罪深いものです。お辛いなら、わたくしも手をお貸しします。ですから」

「リッコは、イヤじゃないの?」

「どういう、意味ですの?」

「……やっぱいい。魔王を倒すのが、いまのあたしがやらなきゃいけないこと、なんだから、がまんして、やる」


 噛みしめるように、自らに言い聞かせるように言い、上空のミコトを睨む。


「まずはあの居丈高なマントをどうにかしましょう。あれこそが」

「うん。邪王の力そのもの、だね」

「では急ぎましょう。わたくしだってミコトさんは大切な方ですから」


 ありがと、と微笑んでふたりは飛行魔法で飛び立つ。

 これで、ほんとうにさいごだ。

 さいごにするんだ。




「ぬぅりゃあああっ!」


 魔刃の剣を携えてアニーリャはミコトに迫る。

 けれど、相手は自分の体術や剣術の師匠だ。うかつな攻め手ではあしらわれるだけだ。

 そもそも、こちらは体術を習い始めて三ヶ月。向こうはブランクこそあれたったひとりで世界を回り、果ては魔王を討伐した勇者。

 だからあんたは魔王にトドメを刺すことだけ考えてればいいのよ、と修練中何度もミコトから言われていた。

 一対一で戦って相手になるはずがないのだ。


「はああっ!」


 そこで要となるのはリッコ。

 将来どんな我写を引こうとも、仕える勇者の役に立てるようにと彼女は、物心ついた頃にはあらゆる体術を剣術を学び、修めてきた。

 アニーリャのあらゆる隙を埋めるかのような見事なけん制で、ミコトに攻撃はおろか防御すら満足に行わせていない。

 そうなれば、ミコトが選ぶ攻撃目標はひとつ。

 半ば無表情にリッコに視線を向け、切っ先を。


「それを、待ってた!」


 どんな達人でも攻撃している瞬間は無防備だ。


「お覚悟を!」


 けん制なのか、まるで腰の入ってない横薙ぎをリッコは上から、アニーリャは下からくぐり抜け、たなびくマントへ向かう。


「たあああっ!」


 リッコによる鮮やかな、無限にも思える太刀筋によりマント部分は瞬く間に砂へ還元され、残るは肩口と喉元の一部分だけになる。


「あとはそこだけ!」


 剣を細身のレイピアへ変化させ、ミコトの喉元へ突き込むアニーリャ。


「たった一回でさ!」


 乱暴な笑みと共に両腕を伸ばした、と思った次の瞬間にはアニーリャの両手首を掴み、限界まで広げ、ねじり上げていた。


「あたしお腹空いちゃってさ。すこし分けてよ」


 そのままアニーリャのからだを引き寄せ、乱暴に口づけをする。


「っ?!」

「ファーストキスだったらごめんね」


 言いながら、じゅるるるるるるっ、と音を立てて吸い上げる。

 苦しくはない。それどころか、我写を引いてからずっと体内にわだかまっていた異物感が吸い上げられていく心地よささえ感じていた。そのせいで胎の奥底に隠していた光の粒も吸い上げられ、ミコトに取り込まれたことに気づけなかった。


「ほんっと、無尽蔵の魔力って恐ろしいわね。こんなに吸ってもまだほとんど残ってるんでしょ?」


 言いながらアニーリャから手を離す、と同時に吸収した魔力を使ってリッコが切り裂いたマントを修復する。


「ほらほら。あたしはあんたの無尽蔵の魔力でいくらでも回復できる。あんたの間合いに入ってこういうことするぐらい、いつでもできる」


 いつもの口調だ。

 この三ヶ月の間、自分を指導してくれたあの、厳しさと優しさがブレンドされた、数少ないミコトの好きな部分だ。

 軽く見せているが、逃げ道を塞いでくれているのだと感じる。


「なにそれ。邪王だっけ? に取り込まれてるんじゃなかったの?」

「あたしは魔王を討伐した勇者ミコトよ。邪王程度を支配できなくてどうするの」

「しらないよ、そんなの」


 一見穏やかな空気の流れの奥で、ふたりがなにをしようとしているのか察したリッコがするするとアニーリャの背後にまわる。


「じゃあ、いくよ」


 それを見届けてから、すぅ、と息を吸い込むと両手を揃えて手の平を下にするアニーリャ。自身の内から魔力を集め、バヂバヂと放電し始めた頃に両手を掲げる。

 それは、あらゆる属性を破綻なく混ぜ込み、見るだけで恐怖心を煽る、魔王の本懐のような魔力の固まり。

 固まりを充分に育て終えるとそれを高く掲げる。

 その姿に、ミコトの全身に悪寒が走る。


 ──そうそう。あいつを最初に見たとき、あんな感じだったな。


 いまでこそ軽口混じりに魔王との激闘を語れるが、初めて対峙したときは恐怖に打ち震えて全身が言うことを聞かなかったものだ。

 アニーリャが掲げる魔力の固まりに、ミコトはかつて魔王に感じた恐怖の片鱗を確かに感じていた。


「ん。ちゃんと攻撃判定で包まれてる。合格よ」

「そうしないとミコトさんなら吸収しちゃうでしょ」

「まあね。んじゃ、お願い」


 ん、と短く答え、からだを大きく反らせるアニーリャ。


「せえのっ!」


 からだを戻す反動も使って投げつけられたそれは、ミコトのカウントできっちり十三フレームで着弾。勇者ミコトは光に包まれた。

 膨大な魔力と圧倒的な破壊力によって構成された光の固まりは、ミコトのからだをあっさりと地面へと押し戻し、ようやく修復が終わった神殿へ縫い付ける。

 光の固まりはミコトごと神殿も容赦なく粉砕し、そのエネルギーを消費し尽くすとあっさりと姿を消した。

 あとに残ったのは、神殿の形に切り取られた、土と瓦礫の山だけ。

 人はおろか、微生物さえ存在を感じ取ることは、できなかった。


「……」


 無言でその痕跡を見つめていたアニーリャの肩をそっと撫で、リッコは静かに帰宅を促してくれた。

 そうしなければ、何日でもそこで見つめ続けていただろうから。 


たぶん次回最終回です。

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