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流せるゴミ条例

作者: 斉藤寅蔵

 俺は今日もいつものように特定水溶性製品の共用廃棄口に使用後のティッシュやら清掃シートやら食品トレーやらの残骸を放り込む。


「よっと……結構出たな。まあ、製品増えてるんだからそうなるわな」


 廃棄口のフタを閉めながらそんな言葉が口をついて出た。


 今から3年前、『特定水溶性製品廃棄条例』、通称『流せるゴミ条例』が都で制定され、俺が今閉めた廃棄口が道路脇なんかの排水溝上のあちこちに設置されるようになった。


 昔から『流せるトイレクリーナーシート』とか『流せるティッシュペーパー』とかはあったが、数年前から一気に水溶性の掃除用具なんかが増えてきた。


 確かはじめに『流せる床クリーナーシート(乾式)』が発売されたときはたいして話題にもならなかったと思う。


 しかしメーカーは『流せる風呂クリーナーシート』『流せる台所用クリーナーシート』など相次いで開発し、販売しだした。


 その頃になると、以前から使い捨てシートを用いた清掃用具を多用していた俺のような無精者が購入しはじめる。

 毎日きちんと掃除している人なら使い捨ての清掃用品などバカバカ使ってたら金が掛かって仕方ないだろうが、俺程度の清掃頻度ならたいして金もかからない。

 使用後はトイレのついでに水に流せばいいのだから、目に見えて水道代が上がるということも無かった。


 更にその後、『流せるキッチンペーパー』が発売され、以前と比較にならない強度と使い心地を備えた『流せるティッシュペーパー』が発売された。


 一方その頃、都では燃えるゴミの焼却後の処理場が埋まりつつあり、処理場の拡張計画をを検討し始めたのだが、拡張にも限度がある。


 そこで担当の誰かが思いついたらしい。「今まで燃えるゴミになってた清掃シートとかを水に流せるようにしたらゴミ減らせるんじゃね?」と。


 そこから一気に話が進み、『特定水溶性製品廃棄条例』が定められた。


 地区ごとに曜日を定め、雨水用排水溝上に設置された廃棄口から、水溶性の素材を原料とした使用済みのティッシュ、清掃シート、食品トレー、菓子箱などを無料で捨ててよいことになったのだ。


 ただし、トイレクリーナーなど清掃で酷く汚れたものや油汚れの酷いトレーなどはトイレから汚水として流すよう定められたが。


 また、水溶性製品の販売には補助金も出るようになり、価格を低下させたことでより製品の利用が促進された。


 俺としてはあの馬鹿高い燃えるゴミ用の袋を購入する頻度が減って大いに助かっている。


 ま、お上が決めた環境政策にしては上出来だろ。


 ◇◆◇


 ある日、庁舎の応接室で、都の環境衛生担当責任者はとある報道記者のインタビューに答えていた。


「で、この『流せるゴミ条例』が施行されて3年が経過したわけですが、その成果についてはどのように捉えてらっしゃいますか?」


「一定の成果を上げた、と断言してもよろしいでしょう。当初の条例制定の目的でもあった燃えるゴミの年間搬入重量は24パーセントの減となっており、目標の15パーセント減を大きくクリアしております」


「水溶性製品を流すことで排水路の詰りが増えたりといったトラブルが増加したりはしていないのですか?『水溶性』などと言っても実際には素材が溶けるのではなく、細かな繊維となって流れているわけですよね。言わば土砂を流しているようなものでは?」


「排水設備のトラブル発生数については条例制定前と制定後でほとんど変化はありません。それは費用面からも証明されています。工事費予算が増額になっていますが、それは条例が施行された年が、大掛かりな排水路布設替え事業の初年度と重なったためです。水溶性製品を流すことによる排水設備への悪影響は確認されておりません」


「使い捨て製品使用の奨励は現代の潮流に逆行するのでは?という声も上がっているようですが」


「それはむしろ逆です。『流せるゴミ条例』という通称のイメージのせいかもしれませんが……水路の最終処理施設では細かくなった原料を取り出してリサイクルを実施しております。細かくなっている素材を、不純物と分離する技術を開発しましたからね。もしこれまでどおりの素材でつくられたものであれば、燃やして埋めるしかなかったでしょう」


「なるほど……いや、どうもありがとうございました。本日はいいお話が聞けました」


「いえいえ、こちらこそ。良い記事を期待しています」


 ◇◆◇


 その夜、環境衛生担当責任者は執務室で1人、夜景を眺めながら昼間のインタビューを思い出していた。


「フン……『言わば土砂を流しているようなものでは?』だって?……そのとおりだよ。()()()()()()()()()()()()()()


 4年前、都心のとある土地から水があふれ出たことがあった。


 そこを掘って調べると、前回の大規模な排水路整備工事の際に撤去されているはずの排水管が老朽化して破損し、そこから水が漏れていたことが判明した。


 そう、数十年前に都全体の排水路を整備しなおした際、請負業者が本来撤去すべき古い管の一部を残してそれに繋ぎ、工費を安くあげていたのだ。


 しかし、請負業者の経営陣や現場担当者も、工事を監査した都の責任者も亡くなっている。

 どの配管を残してどう繋いだのか全容を知っている者がもういない。


 ともかく、残された図面などから見当をつけ、超音波などあらゆる方法で調査し、古い排水管の布設替え工事を急ぐことになった。


 一方、事件の情報は都と国のトップと関係部署の担当者が知るに止められ、発表は控えられた。


 なにしろ都全体に及んでいる工事だったのだ。ある程度場所は絞っても、そんな広範囲を一度に掘り返すことなどできない。

 それだけの予算も無ければ業者も足りない。

 つまり『地中の液状化による地盤沈下あるいは崩落の危険を承知で、この布設替え工事が完了するまで5年も10年も生活しろ』ということになる。

 そんな発表はできるはずもなかった。

 情報を伏せたまま通常の布設替え工事に偽装して順番に工事していくしかないのだ。


 そんな中、技術担当者の一人が言った。


「いっそ、土砂か何かを排水管に流しますか。漏水箇所から水と一緒に漏れ出て液状化を遅らせてくれるかもしれませんし」


 恐らくヤケになって口から出たこの愚痴が『流せるゴミ条例』制定のきっかけとなった。


 どうせ流れる水量はコントロールできないのだから埋めるための細かな固形物を一緒に流してしまえということである。


 もちろんこんなことは水を流しながら埋め立て工事をやってるようなもので、焼石に水の延命措置にすぎない。


 それでも関係者達はその案に(すが)った。


「技術担当者の話では全ての布設替えが完了するまであと5年……その間しのげれば……」


 そう呟いた直後、窓の外の夜景が少し右に傾いたように見えた。

 彼はそれを自身の疲労のせいだと思うことにした。

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