二年三組は音楽祭!
「えーっ!?理玖と修二君も!?」
クラスメイトたちが、ざわつく。
放課後の風祭家の防音室で、音楽コンクールの練習に集まっていたクラスメイトに、理玖と修二からの、重大報告が発表されていた。
三番目のカップルの誕生だ。
修二が、理玖の肩を抱きよせる。
「まあ、そういう訳だ!よろしくな!」
金髪ギャルの麗の元には、クラスメイトの女子たちが、詰め寄っていた。
「れ、麗。お願い!」
「私たちのためにも、デート練習、計画して!」
「私たちだって、彼氏欲しいのっ!」
クラスメイトたちのあまりの熱意に引き気味になりながら、麗は承諾する。
「わ、わかったわよ……。
でも、うまくいくかどうかは、人それぞれだからね?
うまくいかなかったとしても、アタシを恨まないでね?」
「うん!それでもいい!」
「やったぁ!」
「こ、これでようやく彼氏が……!」
毎週日曜日は、音楽コンクールの練習は休みだ。
そのため、早速、次の日曜日に、クラスメイトの大勢を巻き込んだ、さらに大規模なデート練習をすることになった。
麗は、頭の中で計画を練る。
(うーん。この人数だと、水族館は無理だね。
場所どうしようかな。
あ、あと、誰が誰を狙ってるのか、聞いとかなきゃ。
モテる男子は争奪戦だろうなぁ)
麗たちギャル三人組は、奇跡的に好みがバラバラだったからいいものの、クラス全員がそうとは限らない。
おそらく、何人かは好きな人が、かぶっているだろう。
その場合は、時間で区切ってパートナーをローテーションさせる必要も出て来る。
全員がうまくいく可能性は、むしろ低いと思う。
(あー、フラれた子のサポートにも回らなきゃなぁ。
ヤバ、コンクールの事もあるのに、急に忙しくなってきた)
音楽教師が、手を叩いてみんなの注目を集める。
「よし、それじゃあ、対策を立てよう。
現状で一番の敵は、二年一組だ。
これは、間違いないよな?」
純たちのクラスである、二年三組の全員が、頷く。
今回の音楽コンクールは、受験間近の三年生は出場しない。
二年生と一年生のみが参加するのだ。
その中でも、間違いなく最強の敵は、中野君がいる二年一組だ。
中野君は、異常なほど歌がうまい、男子高校生。
ぽっちゃり体系にキュートな笑顔の中野君。
歌の動画配信もしていて、中には百万再生を超えるものもある。
学校の中はもちろん、全国にファンが付いているほど。
実力もカリスマ性も、高校生のレベルを遥かに凌駕しているのだ。
クラスのみんなが、ぽつりと呟く。
「……中野君、かあ」
「ちょっと強敵すぎるよね」
「勝てる……のか?あれに」
「いや、あれに勝つのは絶対に無理だろ」
「遠野氏のピアノも凄いけど、中野君はなぁ……」
「なんていうか、一人だけ次元が違うよね」
音楽教師を含めて、みんなが唸る。
短髪男子の修二が、声を上げた。
「なんつーか俺たち、今のままだと、パッとしないよな」
その隣に座っていた茶髪女子の理玖が提案する。
「もういっそのこと、雛子と遠野君のピアノを主役にしたら?」
音楽教師が、手を叩く。
「おお、それいいな!そうするか?」
そこに、目隠れ男子のマサトが、こそっと手を上げる。
「あ、僕サックス吹けるんですけど、いります?」
マサトの隣のナナミも、驚いた顔。
「えっ?マーくん、できるの?」
「うん。久しぶりだから、練習しないとだけど……」
すると、他のクラスメイトからも手が上がる。
「俺、バイオリンできます!」
「わたし、トランペット……」
「僕、ちょっとなら小太鼓、叩けるよ」
音楽教師は、丸くした目を、笑顔に変える。
「な、なんだよ、お前ら。
できるんなら、早く言えよ!」
「てっきり、合唱がメインだと思っていたので……」
「よし、決めた!
二年三組のテーマは『音楽祭』だ!
もう誰も自重なんてしなくていいぞ!」
すると、アニメオタクの女子陣が、手を上げる。
「せっかくアニメの曲やるんだから、コスプレは必要でしょ!」
「同感!特にピアノの二人!」
「衣装なら任せてよね!」
音楽教師は、笑う。
「いいぞ!もう何でもアリにしよう!後で僕が怒られればいいだけの話だ!」
とんとん拍子に話が進んでいく。
いつの間にかコンクールの主役になり、コスプレまですることになった、純と雛子。
音楽教師がノートパソコンで、その場で楽譜を練り直す。
純は、その間にオタク女子たちに寸法を測られていた。
為されるが儘の純をみて、笑っている雛子。
純は、思う。
(なんだか、すごいことになってきたぞ)
その日はみんな、音楽の練習というよりも、遊びに行く計画を練っているかのようだった。
★
その夜、クラスメイトたちが帰った後、純と雛子は、グランドピアノの前で、新しくなった楽譜をタブレットの画面に映して眺めていた。
「俺たち、メインになっちゃったな」
「うひひ。まさかの展開だね」
純は、右隣にいる雛子の顔を、ちらりと見る。
大好きな、彼氏持ちの、女の子。
愛しい思いと嫉妬が混ざって、純の胃を鉛のように重くする。
(いかん、今はピアノに集中しなきゃ)
邪念を振り払うかのように、楽譜を睨む。
だが、意識してはいけないと思うほど、雛子の事が気になって仕方がない。
ちらりと、雛子の指先を見る。
「あ」
純は、声を上げる。
雛子が、純を見た。
雛子の爪が、黄色く彩られていることに、純は気づく。
「雛子、ネイル変えたんだ。ひまわりの花びらがついてる。かわいい」
「……あ、気づいちゃった?」
「そりゃあ、気づくよ。雛子のことは、なんだって」
それを聞いた雛子は、笑う。
「うひひ。気づいてくれた。うれしい。
でも、そっかぁ。あ~、そっかぁ。
やっぱりそうだよねぇ。
うひひっ。あははっ!」
いつもと違う笑いをする雛子。
その目には涙を浮かべていた。
「どうした?雛子、何か変」
雛子は、純の目を見る。
雛子の目からは、涙がひとつ、落ちていた。
「あのね。
今日のネイルは、自分でも、とっておきの勝負だったの。
ネイル変えたこと、たっくんが気づいてくれるかなって。
それでね、決めてたの。
もしたっくんが気づいたら、もう少しだけ、たっくんと付き合うのをがんばってみようって。
でも、たっくんは私の事なんて全然見てくれてなかった」
ぽろぽろと、涙を流す雛子。
涙に混じったマスカラが頬を伝い、黒い線となる。
「うひひ。悔しいなあ。
十年以上、たっくんと一緒にいたのに。
私って、たっくんにとって一体何だったんだろう。
付き合ってたって思ってた、この一年間、何だったんだろう」
「雛子」
純は、雛子の手を握る。
雛子はその手を、思い切り握り返してきた。
「告って、せっかくOK貰ったのにさあ」
雛子の瞳は、遠い過去を見ているかのようで。
「私ばっかり浮かれててさあ……!」
雛子の目からは、黒い染料混じりの涙が落ちる。
「挙句の果てに無視されてさあ!」
雛子の黄色い爪が、純の手に食い込む。
「私、馬鹿みたいじゃん……!」
雛子は、純の手を握ったまま、うなだれる。
「……ねえ、純。
私、どうしたらよかったの?
私、どうしたら、幸せになれたの?」
「雛子」
雛子は、涙で落ちた化粧で汚れた目で、純を見上げた。
「……純、たすけて」
雛子を見た純は、思わず雛子を抱きしめた。
そうせずには、いられなかった。
シャツがマスカラで染まることなど、気にせずに。
もう、嫌われたって、構わない。
オレンジの香りが、ふわりと鼻をくすぐる。
純の目からも、なぜか涙が零れ落ちてきた。
雛子も、純の背中へと手を回す。
「雛子。
俺、
俺は、
絶対に……、
離すもんか!」
「純……!
……私っ!
私は……!
うわあああん!」
純に抱き締められ、大泣きする雛子。
ふたりは、真っ黒なグランドピアノの前で、ただひたすら、泣きながら抱き合っていた。