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8/13

今日と明日の間で。

 夕方になり、水族館を後にする一同。

 本当は、みんな帰る方向はバラバラだったが、男子はパートナーの女子を最寄り駅まで送り届けることになった。


「じゃあ、また明日な!」

「みんな、気を付けて!あと男子!送り狼になっちゃえ!」


 茶髪ギャルの理玖(りく)が、男子たちをけしかける。

 隣では、短髪男子の修二(しゅうじ)が笑っていた。


 それぞれの帰路に着いてゆくカップルたち。

 みんな、理玖と修二に手を振って、電車の駅の中へと入って行った。


 理玖の家は、電車ではなくバスによる帰路だ。

 帰り道が全く違うはずの修二は、なにごとも無かったかのような顔をして、理玖の隣に並んでいる。


「じゃあ、俺たちも帰ろうぜ!」

「うん。帰ろう」


 理玖と修二は、バス停まで歩く。

 空では、雨雲の切れ目に、星が瞬き始めていた。


「今日、びっくりだったね~」

「ああ。まさか、ユータ氏とマサト氏が、ダブルで彼女持ちになるとは……」

「でも、本命の雛子たちがまだなんだよね~」

「あそこは、少しのきっかけで、一気に崩れると思うけどな!」

「言えてる!」


 ふたりして、バカ笑いをしながら、広い国道の端を歩く。

 カップル練習の時間は、もう終わり。

 ふたりは、もう手を繋いでいなかった。


「なあ、理玖」

「うん?」

「俺の彼女にならない?」

「ブフッ!」


 あまりにもド直球すぎる言葉に、咳込む理玖。

 修二は、理玖の背中を優しく撫でる。


「お、おい。だいじょうぶか?」

「ゲホッ、アンタのせいでしょうが!」

「だって、理玖のこと、いいなって思っちまったんだから、しょうがないだろ」


 正直なところ、理玖も修二を、彼氏にしても悪くないと思ってはいた。

 むしろ、彼氏になって欲しいとも思っていた。

 ただ、今の唐突な流れは、恋愛経験の無い理玖には、強烈過ぎるインパクトだった。


 修二が、思い立つ。


「あ、もしかして理玖、もう彼氏持ち?」

「い、いや、いないけど……」

「なら、俺のことあんまり好きじゃない?正直に言って」

「す、好きじゃないことないけど……」

「よかったー!じゃあ、脈はある?」

「あ、あります……」


 理玖の心臓は、破裂寸前だった。

 高速で脈打つ鼓動が、修二にも聞こえてしまいそう。

 顔から火が出そうなほど、身体中が熱くなっていた。


「よっしゃ!理玖は今から俺の彼女ね?」

「それがいきなり過ぎるんだってば!」

「だって、モタモタしてて他の男に取られたりしたら、最悪だし。

 俺、今までの好きな人、みんなそうだったから」


 理玖は、意外な事実に驚く。

 この直球男が、思い悩んでいる姿が想像できない。


「俺、中学までは、けっこう優柔不断だったんだよね。

 でも、それでいい事なんて何もなかったよ。

 みんなの行動が早すぎて、俺だけひとり置いてかれっぱなしでさ。

 一日出遅れたら、もう好きな人には別の彼氏が出来てたりしてさ。

 だから、即断即決することに決めたんだ。

 俺は理玖を、他の男に持って行かれたくない」


 修二は、理玖の手を握る。


「理玖。俺の彼女になって」


 理玖は、悩む。

 修二と付き合いたいかどうかは、それはもう付き合いたいに決まっている。

 だが、この場の空気に流されたまま、付き合い始めてもいいのだろうか。

 もっと、お互いに関係を深めてから、付き合うべきではないのだろうか。


 修二が言う。

 少し、寂しそうに笑って。


「無理なら無理って言ってな。

 そしたら、理玖の事は諦めるから」


 その瞬間、理玖の脳内に、修二の言葉がリフレインする。




『一日出遅れたら、もう好きな人には別の彼氏が出来てたりしてさ』




 理玖の心の中の、何かが叫んでいる。

 この瞬間を逃したら、次は無いかもしれないと。

 そして、修二はそのうち、別の女と付き合うだろう。


 チャンスなんて、常に千載一遇。

 二度目など、無いかもしれない。

 むしろ、一度もチャンスが来ないまま終わることだって、よくあること。


 修二は、理玖に手を差し伸べた。


 次は、理玖がその手を取る番だ。


 理玖は、覚悟を決める。

 選んでもらうための、覚悟を。


 そして理玖は、深く息を吸い込んだ。


 修二の手を、強く握って。




「修二。アタシのこと、大切にしてね?」







辰巳(たつみ)!ボールそっち行ったぞ!」

「OK!」


 辰巳に向かって飛んでくる、サッカーボール。


 かなりの高速のパスだったが、難なく右足でボールを受け止める辰巳。

 梅雨の雨で湿ったグラウンドを、ドリブルで走り抜け、ゴールポストの端へとシュートを決める。

 手を伸ばしたキーパーが、微かにボールに触れるが、辰巳の蹴ったボールはそのままゴールネットを揺らした。


 サッカー部のマネージャーの女子が、タオルとスポーツドリンクを持って、辰巳に駆け寄る。

 マネージャーの女子は、学年で一番かわいい、長い黒髪の少女だ。


 辰巳は、スポーツ万能、成績優秀、おまけにイケメンというスクールカーストのトップの存在。

 幼馴染の彼女は一応いるが、関係なくモテるのだ。


 彼女の風祭(かざまつり)雛子(ひなこ)は、最近、なにやら怪しげなチャラ男と親しくしている様だが、少し突き放してやれば、どうせ辰巳に泣いて(すが)り付いてくるだろう。

 子供の頃からそうだった。

 雛子は、辰巳から離れられないのだ。


 しかし今回は、あのチャラ男との距離が必要以上に近い気がする。

 今日、水族館でのデート練習とやらで、一杯のソーダを二本のストローでふたり一緒に飲んでいた写真が、グループチャットで出回っているのを見た。

 それを思い出し、苛立(いらだ)つ辰巳。


(他の男とべったりしやがって)


 これは、おしおきが必要かもしれない。

 しばらくの間、雛子から話しかけられても無視しよう。

 そうすれば雛子は、誰が本当に大事なのか、思い知ることになるのだ。

 頃合いを見計らって、また反応してやれば、涙を流して喜ぶに違いない。


 なにせ、雛子は辰巳の事を、子供の頃からずっと愛しているのだから。







 翌日の月曜日の朝は、クラスの話題は、新しくできたカップルの話題で持ちきりだった。

 しかも、二組とも、ギャルとオタク男子という異色の組み合わせ。


 金髪ギャルの(れい)と、眼鏡男子のユータ。

 黒髪ギャルのナナミと、目隠れ男子のマサト。


 二組のカップルは今、クラスメイトの集団の中心となっていた。


「この組み合わせは、マジで意外だったわー」

「一番付き合いそうな遠野君と風祭さんは、何も無かったんでしょ?」

「ほら、雛子、彼氏いるから。一応」

「ああ、一応ね」

「あ、噂をすれば」


 そこに、鞄を持った純が登校してきた。

 純が、集団へと声をかける。


「お、やっぱりお前ら、囲まれてるな。

 そんな気はしてたけど」

「おはよう、遠野氏」

「おう、おはよう」


 ユータとマサトが、手を上げて純と挨拶を交わす。

 純も、手を上げて応えた。


 クラスのオタク女子たちが、純に詰めかける。


「ちょっと、遠野君。風祭さんと、ホントに何もなかったの?」


 その質問に、ドキリとする純。

 彼氏持ちの女子に本気の告白をしたなど、言えるわけがない。

 なので、純は嘘をついて誤魔化す。


「あるわけないだろ。彼氏持ちと何かあったら問題だぞ」

「えー、チャラ男のくせにー」

「チャラ男って言ったら、寝取りでしょ!」

「寝・取・れ!寝・取・れ!」

「お前ら……!」


 本来ならば軽蔑されるはずの行為を、なぜかやたら盛り上がって推奨してくるクラスメイトたち。

 こいつらの思考回路はどうなっているのだろうか。

 とは言えど、雛子にあれだけ愛を囁いた、純も純だが。


 すると、純の背後で物音がした。

 雛子の彼氏の辰巳が、登校してきたのだ。

 辰巳は、純を一睨みすると、自席へと歩いてゆく。


(あれ?雛子は?)


 辰巳は、いつも雛子と一緒に登校してくるはずなのだ。

 雛子が辰巳の手を取って。


 そして、少しの間を空けて、雛子がひとりで教室に入って来た。

 その顔は、涙を流さずに泣いているようだった。


 雛子の顔を見た純は、焦燥感に駆られる。

 ただごとではない。

 何かが起きていると確信する。

 純は、雛子へと駆け寄った。


「雛子、どうした?あいつと何かあったのか?」

「……なんでもないよ」

「雛子、こっちきて」


 純は、雛子の腕を掴み、教室から連れ出す。

 オタク女子たちがそれを見て、黄色い声援を上げる。

 辰巳も、何を考えているのかわからない視線で純を睨んでいた。


 廊下の端の、柱の陰に雛子を連れてくると、純は雛子の手に触れる。

 ふわりと、オレンジの香りがした。


「なんでもないわけないだろ。

 いつも彼氏と登校してくるのに」

「うひひ。純には誤魔化せないね」


 そう笑う雛子の顔は、苦悶の表情にも見えた。


「なんかね、今日の朝、一緒に登校しようと思って、家まで迎えに行ったけど、無視されちゃった。

 登校中でも、何言っても、私がいないみたいに、応えてくれなくて。

 だから今日は、ひとりで学校にきたの」

「……は?」


 それを聞いた純は、一瞬、頭が真っ白になり、さらに一瞬後、怒りが込み上げてきた。


 純が、何を引き換えにしても手に入れたい、雛子の気持ち。

 それを無下にする、雛子の彼氏が許せなかった。


 純は、雛子の手を取る。

 ビクッと反応する、雛子の手。


「純。だめ。今日は、デートの練習でも何でもないよ。浮気になっちゃう」

「じゃあ、今からデートの練習」


 雛子の手を、そっと握る純。

 やさしく、けれども、逃がさないように。


「雛子、好き」

「……もう、このチャラ男」


 赤い頬をして、純を見上げる雛子。

 その目には、涙が浮かんでいた。


 純は、雛子に顔を近づけて、囁く。


「何度でも言うよ。

 俺なら、雛子のこと、絶対に幸せにする」

「うひひ。うれしい。

 でもダメ。

 私の彼氏は、たっくんだから」


 それだけ告げて、雛子は純の脇をすり抜けていく。


 教室に戻る雛子の後ろ姿を見て、純はかける言葉が見つからなかった。








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― 新着の感想 ―
[良い点] 修二と理玖も正直になった 幸せになった [一言] 更新ありがとうございます たっくんはこれ… 今迄の言動や麗達の証言から おこちゃまなだけかと 思っていましたが 小狡い、タチ悪い系ですな…
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