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6/13

今日だけは、何が何でも、幸せな一日にしてやる。

「雛子が俺の彼女になってくれて、すんげえ嬉しい。

 俺、雛子のこと大好きだから。

 世界で一番の幸せ者だ」




 純が雛子にチャラ男ムーブをかましていた時、純の内心は、荒れ狂っていた。




(うおおおいっ!

 大丈夫か、俺!?

 グイグイ行き過ぎじゃねえか!?

 これで嫌われたりでもしたら、立ち直れねえぞ!

 おふっ。緊張で吐きそう!

 お腹痛い!

 でもこんなチャンスは二度とないかもしれない!

 がんばれ、俺!)


「あ、あう……」

「ほら、練習なんだから、雛子も」

「わ、私も、純のこと、好き……」


(ヤッバ!かわいすぎ!

 えっ。なに、ちょっと期待していいの、コレ?

 心臓バクバクしすぎて痛い!

 ああもう風祭メッチャ好き!

 こいつを泣かせた彼氏マジゆるさねえ!)


 純の心の中では、様々な感情が大爆発していたのだった。







 純と雛子は手を繋いで、巨大な水槽を見上げていた。


「エイって、人間よりもデカいんだな」

「背中に乗ったら楽しそうだね」


 水槽の中には、給餌係のダイバーが、人間よりも大きな魚たちに群がられていた。

 その頭上では、何百もの小さな魚が、ひとつの巨大な群れを形成している。

 天井に光る照明が、水面の波に乱反射し、キラキラと輝くオーロラのよう。

 純と雛子は、しばしの間、海の中へと思いを馳せる。


「あ。雛子。写真撮らなきゃ」

「そ、そうだった」


 雛子が、デコレーションされたスマートフォンを鞄から取り出す。


 ちゃんとデートをした証拠に、ところどころで二人が一緒に写っている写真を撮影することが、今日集まったメンバー間の約束だった。

 健全な場所で遊んでいたことのアリバイにもなる。


 巨大水槽を背景に、雛子はスマートフォンのカメラを起動する。


「純、撮るよ?」

「おう!」


 スマートフォンの画面に写る、ピースサインをした純と雛子。

 撮影アイコンをタッチすると、シャッター音が鳴る。


「撮れた?」

「うん、バッチリ!」


 スマートフォンの画面の中には、頬を赤く染めた、笑顔のふたり。

 雛子は、グループチャットで他のメンバーへと写真を送信する。

 すると、すぐに他のメンバーの写真も返って来る。


 目隠れ男子と黒髪ギャルは、くらげコーナーで顔を寄せ合って撮影した写真。

 眼鏡男子と金髪ギャルは、アシカのショーを見ている最中。

 短髪男子と茶髪ギャルは、ふたりでひとつのソフトクリームを食べていた。


「純、見て。みんなも上手くいってるみたい」

「おお、いい感じじゃねえか」


 スマートフォンを鞄にしまう雛子。

 純が広げるパンフレットを覗き見る。


「次、どこ行こっか」

「そうだな……。

 あ、あれ飲まない?」


 純が指差した先には、ダイオウイカちゃんソーダなるドリンクが売っている。


「え、なにあれ!まさかダイオウイカ味?」

「いや、中身は普通のソーダっぽい。

 でも、ダイオウイカの触腕(しょくわん)の形のストローが、二つ付いてて、一緒に飲めるやつ」


 ドリンク売り場の写真には、カップに描かれたダイオウイカのイラストの腕から伸びたストローが、ひとつのソーダに二本刺さっている。

 雛子が、イラストを眺める。


「一つのカップでストロー二つって、アニメでよく見るやつだね」

「うん。一緒に飲もうよ」

「えっ?は、恥ずかしいよ」

「いいじゃん。今しかチャンス無いんだし」


 今しかチャンスが無い。

 その言葉に、ドキリとする雛子。


 きっと、彼氏の辰巳(たつみ)は、ソーダを一緒に飲んでくれないどころか、水族館に来てすらくれないだろう。


 純が、雛子の手を、そっと引く。

 海をイメージした青いネイルの、やわらかい手を。


「今だけは俺の彼女でしょ?」

「そ、そうだけど……」

「無理強いはしないけど、せっかくだから一緒に飲みたい」

「ん~、もう!このチャラ男!」

「へへっ」


 純がドリンク売り場へと向かうと、雛子も一緒に付いて来てくれた。

 レジカウンターの隣には、人間大のサイズの、ダイオウイカちゃんソーダのパネルが置いてある。

 女性店員が、純に挨拶をする。


「いらっしゃいませー」

「ダイオウイカちゃんソーダひとつください」

「ストローは二本でよろしいですか?」

「もちろん!」


 照れた雛子が、純の肩に軽くパンチをする。

 女性店員も、それを見て、くすりと笑う。




 ダイオウイカちゃんソーダを持って、小さなテーブルを挟んで、向かい合わせに席に座る、純と雛子。


「飲もう飲もう」

「ちょっと恥ずかしいね」

「俺、今、心臓バクバク」


 カップから伸びている二つのストローを、それぞれ咥える純と雛子。

 すると、鼻先が触れ合いそうなほど、顔が近づく。

 (はた)から見ていると、キスをしていると勘違いされかねないほど。


 純は、雛子の顔を、じっと見つめていた。

 マスカラでぱっちりと整えられた雛子の大きな目が、照明が反射して(きら)めいている。


 純が、咥えたストローから口を離し、呟いた。


「……雛子」

「なぁに?」

「雛子が、かわいすぎてヤバい」

「チャラい!」


 雛子が、純の肩を、またしても軽く殴る。

 当然、痛くもなんともない。

 その仕草がまた愛しくて、ニヤニヤと笑いが止まらない純。


 頬を赤く染めた雛子は、ストローを咥え直し、ダイオウイカちゃんソーダを飲む。

 すると、ダイオウイカちゃんソーダの爽やかな味が、口の中に広がった。


「え、なにこれ!美味しい!」

「ん?どれどれ」


 純も、改めてダイオウイカちゃんソーダを飲む。


「うおっ!うめえ!」

「でしょっ!?」

「これ、全国展開してもいいくらいじゃないか?」

「コンビニで売って欲しいよね!

 これ、みんなに教えてあげよ」

「雛子、写真撮ろうよ」

「うひひ。メッチャ恥ずかしい」


 ふたり一緒にストローを咥え、スマートフォンで自撮りをする。

 雛子が、『ダイオウイカちゃんソーダ、激うま!』とメッセージを添えて、グループチャットに送信した。


 すると、まっさきに黒髪女子からのチャットが返って来る。

 黒髪女子と、目隠れ男子が、顔を寄せ合った写真が添付されて。


『まだ、くらげコーナーでお喋り中なう。

 ダイオウイカちゃんソーダ、後で絶対飲む』


 次に、茶髪女子からの返信。

 マンボウの隣に立った短髪男子の写真付きだ。

 長身の短髪男子が両手を上げているが、マンボウはさらにそれよりも、一回り大きい。


『雛子たちもいい感じだね!

 こっちは、マンボウのデカさにビビってるよ!

 マンボウヤバい!』


 雛子は、それを見て笑う。


「うひひ。純、見て。マンボウ超大きい」

「え、マンボウってこんなデカいのか?

 これ飲んだら見に行こうよ」

「うん、行こう!」


 ふたりで一緒に、ストローを咥える純と雛子。


「顔、近くなるよね、これ」

「うん。そう思って買った」

「このチャラ男さんめ。確信犯だ」


 しかし、雛子は嫌がっている様子は無い。

 純の顔のすぐ目の前には、雛子の顔。


 もし、本当に雛子が彼女だったならば、どんなに嬉しいだろうか。

 なぜ、自分は雛子の幼馴染に生まれなかったのだろうか。

 そう思うと、いつも以上に、雛子の彼氏の辰巳に憎しみが積もる。


 ダイオウイカちゃんソーダを半分ほど飲んだころ、純は雛子に、意を決して告げた。


「雛子」

「ん?なぁに?」

「今日だけは、何が何でも、幸せな一日にしてやる」

「うひひ。それじゃ、私がいつも幸せじゃ……。

 ない、みたい……。

 じゃん……」


 目を伏せる雛子。


 純は、雛子の手を、そっと握る。


 それを、強く握り返してくる雛子。


 雛子は、顔を上げると、まっすぐに純を見つめる。

 少しだけ涙を浮かべた目で。


「……お願い。今日だけでいいから、幸せに、して?」

「もちろんだ。雛子は世界一かわいい、俺の彼女なんだから」


 純は、腹をくくる。


 チャラ男と呼ばれても構わない。

 勘違い野郎と呼ばれても構わない。

 間男と呼ばれても構わない。


 今日だけは、全身全霊を持って、雛子を愛するのだ。


「かわいいよ、雛子」

「うひひ。うれしい」

「雛子、だいすき」

「純、私も」

「一生、大切にする」

「私のこと、離さないでね?」


 純と雛子は、しばらくの間、手を繋いで、愛を囁き合った。

 ぽろりと、雛子の目から涙が落ちる。


 今だけの、時間制限ありの、恋。


 だが、ふたりの気持ちは繋がってしまった。


 明日になれば、また元通りにしなければいけないのに。


 明日からは、またただのクラスメイトに戻る。

 明日からは、また雛子の彼氏は辰巳なのだ。

 雛子は、そうじゃなければいいのにと、思ってしまった。

 そう、思ってしまったのだ。




 昨日、辰巳に電話口で怒鳴られた時に、茶髪女子から言われたひとことが、脳裏によみがえる。




『あーあ。もう知らない。

 雛子の彼氏は、これが最後のチャンスだったってこと、気づいてないね。

 雛子も、すぐにわかるよ。いや、すぐに()()()()って言った方がいいかな?』




 ああ。


 これか。


 このことか。


 自覚、しちゃったよ。




 雛子は、自覚してしまった。

 彼氏に抱いている思いは、愛ではないと。


 いや、かつては、愛だったのだろう。

 しかしそんなものは、とうに枯れ果ててしまったのだ。


 現在、辰巳と付き合っている理由は、愛と勘違いしていた、ただの惰性(だせい)だ。

 付き合っているのだから、愛さねばならないと、思い込んでいただけ。


 そして今、新たな恋が芽生えてしまった。

 もしかしたら、今気が付いただけで、この気持ちは、とっくに育っていたのかもしれない。


 純と付き合えれば、きっと幸せな人生を歩めるだろう。


 だが、辰巳と別れるのが怖い。

 幼馴染だけあって、親同士も知り合いだ。

 外堀なんて、最初から埋まっている。


 そして、新たな恋愛に踏み込むのが、怖い。

 もしかしたら純の愛の言葉も、本当に今だけのつもりなのかもしれない。

 辰巳と別れたとしても、純に振られるかもしれないと思うと、胸が苦しくなった。


 環境を変化させる、あらゆる要素が、怖い。




 人生は、あまりにも不確定。

 ハッピーエンドは、確約されてなど、いないのだ。




 雛子は、自分の気持ちを振り切るように、スマートフォンの画面を見つめた。

 少なくとも、今日だけは夢を見よう。

 たとえ純が本気じゃなかったとしても、今日の純からの愛を、この腕いっぱいに受け止めよう。

 そして、明日からの現実を生きる糧にするのだ。




 雛子は、グループチャットの画面を開く。


 最後の一組である、金髪女子たちからのチャットが、一向に来ない。


「返信、こないね」

「何かあったのか?」


 すると、金髪女子から、ひとことだけのチャットが送られてきた。




『あの』




 そして、一つの写真が送られてきた。




 (とろ)けた笑顔の金髪女子の頬に、眼鏡男子が口づけをしている写真が。




『アタシたち、ガチで付き合うことになりました!』




 それを見た純と雛子は、目を丸くする。

 そして、二人同時に声を上げた。


「ええええっ!?」








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― 新着の感想 ―
[一言] いつもご丁寧な返信 ありがとうございます キャラ名多すぎると 覚えるのが大変というのは 仰る通りです しかし、ストーリー上 重要なキャラは名前がないと 感情移入しづらくなり そこで意識が引…
[良い点] ●雛子の今の気持ちを表すのに  「惰性」という単語  物凄くぴったりで頷ける ●金髪女子がガチ付き合いを表明  雛子の背中押すのに  これ以上ない援軍 [一言] 更新ありがとうございます…
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