今日は、みんなでデートの練習よ!
「来たわよっ!水族館っ!」
金髪のギャルが、腰に手を当てて胸を張る。
こころなしか、いつも以上にメイクはバッチリだ。
風祭家でコンクールの練習をした翌日の日曜日、純たち男子四人と、雛子たちギャル四人は、近場でも一番大きな水族館へとやって来た。
今日は、梅雨時には珍しい晴れの日。
空には、細切れになった小さな雨雲が、ところどころに流れているばかり。
チケット売り場でチケットを買い、青いアーチ状のゲートを潜ると、さっそく左右に、熱帯魚の群れが泳ぐ、大きな水槽が出迎えてくれた。
金髪女子が、今日の趣旨を説明する。
「今日は、みんなでデートの練習よ!
それぞれ、仮のカップルになって、今日一日、男子は女子をエスコートすること!
でも、仮なんだから、節度は守ってね!
無理なスキンシップはNGだから!」
もちろん、この事はクラスの全員に、グループチャットで事前に知らせてある。
彼氏のいる雛子が、浮気の疑いをかけられないように。
みんなからは「男子がんばって!」「女子は、おごってもらえよw」などと、良反応だ。
「それじゃあ、抽選の結果、こういうカップリングになりました!
はい、まずは、ここね!」
金髪女子は、雛子の手を掴み、純の隣へと追いやる。
軽くぶつかる、純と雛子の身体。
「あっ」
「よ、よう」
雛子が、純の目を見上げる。
その目はマスカラとアイシャドウで美しく彩られていた。
残念なことに、オレンジの香水は付けてくれなかったらしい。
あの香水は、本当に特別な人に会う時にしか、付けないようだ。
それでも、雛子に見惚れる、純。
雛子が、純に上目遣いで笑いかける。
「よ、よろしくね?」
「ああ、よろしく」
緊張した面持ちの二人。
しばし、見つめ合ってしまう。
「はい、じゃあ次っ!」
唐突に耳に入ってきた、金髪女子の元気な声で、ビクッと身を震わせる、純と雛子。
一瞬、ふたりきりの世界に入っていた純と雛子は、我に返り、頬を赤く染める。
金髪女子が、茶髪女子の腕を掴むと、背の高い短髪の男子の隣へと連れて行く。
茶髪女子が、短髪男子へと手を上げた。
「イエーイ」
「おう!」
短髪男子が、その手に軽くハイタッチをする。
「今日だけは俺の彼女だな!うわ、緊張する~!」
「アタシがかわいいからって、襲っちゃダメだよ?」
「俺は紳士だからだいじょうぶ」
「ホント~?」
けらけらと笑う、茶髪女子と短髪男子。
次に、黒髪女子が、前髪で目が隠れた男子へと向かう。
「よろ~」
「あ、よろしくお願いします」
目隠れ男子は、丁寧にお辞儀をする。
「今日は、僕がエスコートするんですね。
こういうのは初めてなので、至らないところが合ったら、教えてください」
「それはアタシもだよ~。
がんばるね?
かわいい彼女でいたいし」
「……あ、あのう」
「ん?」
「も、もともとかわいい、です、よ」
「……ちょ、ちょっと、そういうの、マジで照れるから」
両者、顔を真っ赤にして、視線をうろうろさせている。
そして最後に、金髪女子が、眼鏡の男子の前に来る。
「やっほー、来ちゃった!」
「いらっしゃい。綺麗な彼女ができて、うれしいなぁ。
僕、結構浮かれちゃってるかも。
あははっ。キモくてごめんね」
「……か、仮だからね!本気じゃないから!」
金髪女子がそう言って、ぼそりと続ける。
「……一応」
そう、この組み合わせは、当然抽選などではない。
元々は、純と雛子をくっつけようという作戦である。
さらには、ギャル三人組たちも、好みのタイプが全く違ったのだ。
どうせだから自分たちも楽しもうと、三者三様の、最も好みの男子との組み合わせになっている。
金髪女子が、心の中で呟く。
(こ、これは思った以上に照れる!
アタシ、髪とか大丈夫かな!?
ボサボサになってないかな!?)
歩き出す金髪女子の隣に、ペースを合わせて進む眼鏡男子。
「ごめんね。僕なんかがパートナーで」
「えっ?あっ、いいんじゃ、ない?」
「えっと、エスコートするんだよね。
僕、やったことないけど、こういう感じでいいのかな」
そう言うと、眼鏡男子は、金髪女子に手を差し出す。
「これも、無理なスキンシップに入っちゃうかな?」
「う、ううん!これくらい大丈夫でしょ!は、ははは……」
金髪女子は、差し出された眼鏡男子の手を取る。
(うひゃああっ!
ヤバい!男子の手を触ることなんて初めてだから、緊張がヤバいっ!)
バクバク鳴る心臓の鼓動を悟られないように、澄ました顔で、眼鏡男子と手を繋ぐ。
眼鏡男子が、金髪女子に笑いかけた。
「あははっ。やっぱり、美人さんなだけあって、こういうの慣れてるんだね」
「そ、そうねっ!」
「僕もなるべく頑張るから、お手柔らかに」
「う、うんっ!お願い!」
金髪女子は、破裂しそうな心臓を何とか抑え、手を繋いだ眼鏡男子の後を付いてゆく。
周りの景色が輝いて見えるのは、きっと照明のせいだろうか。
頬を赤く染め、目をキラキラさせる金髪女子。
(こ、これはマズイ……!油断したら、本気になる!)
まるで、とろけるような、ふたりの間に流れる、甘い空気。
眼鏡男子が、歩くスピードから、繋いだ手の力の強さまで、金髪女子に心地良いように、気を使ってくれているのが分かる。
金髪女子は、身を任せるばかり。
仮のデートの計画のはずだった。
それも、雛子と純のための。
ギャル三人組は、雛子と純をくっつけるために、男子三人と組んだだけなのだ。
しかし、ギャル三人組も、巡り会ってしまった。
自分にぴったりの相手に。
この水族館は、決まった順路が無い。
中央にあるペンギン広場から、各コーナーへと自由に閲覧ができるのだ。
一旦は、ペンギン広場に来た一同。
金髪女子が、号令をかける。
「今から自由行動ね。
三時間後に、このペンギン広場に集合ってことで!
それじゃあ、みんな、楽しもう!」
★
純は、雛子に声をかける。
「じゃ、じゃあ、行こうか」
「……うん」
純は、巨大水槽コーナーへ向かって、そっと歩き出す。
その後を追う、雛子。
純が、歩きながら雛子の目を見る。
首を傾げる雛子。
「どうしたの?」
すると、おもむろに、純は雛子の手を取る。
ビクッと反応する雛子。
純は、ニヤリと笑う。
「おとといの授業中のお返し」
「そ、それなら、甘んじて受け入れるよ。
遠野君を巻き込んじゃったの、私の方だし」
「でも、嫌ならやめる」
「まあ、いいんじゃない?
デートの練習なんだもん。
恋愛未経験のチャラ男さんの練習相手になってあげるから、光栄に思って」
本当は、雛子も嬉しかったのだ。
だが、それを言ってしまえば、浮気になる。
彼氏の辰巳からは、手を握ってくれたことが無い。
手を繋ぐのは、いつも雛子からだけだ。
辰巳には愛を注ぐばかりで、愛情が返ってこない雛子の心は、枯れ果てていた。
そこに垂らされた、一滴の純の温もり。
雛子は、必死で耐える。
ここ一か月間の放課後のアニソン連弾の日々で、雛子の心は、純に惹かれていた。
ほんの少しのきっかけで、雛子の心は、純に傾いてしまう。
それは、彼氏のいる身としては、決して許されないこと。
純の声が聞こえる。
「雛子」
その言葉に、心臓が大きく跳ねる。
「カップル練習でしょ?俺のことも名前で呼んで」
「え、あ、そのぅ」
慌てる雛子の反応を見て、ニヤニヤと笑う純。
「雛子が俺の彼女になってくれて、すんげえ嬉しい。
俺、雛子のこと大好きだから。
世界で一番の幸せ者だ」
「あ、あう……」
「ほら、練習なんだから、雛子も」
「わ、私も、純のこと、好き……」
お互いに顔を真っ赤にして、愛の言葉を囁き合う。
雛子は、純と目を合わせないまま、ぽつりと呟いた。
「……この、チャラ男」