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4/13

愛してくれない真面目な彼氏よりも、愛してくれるチャラ男の方が絶対にいいでしょ。

 風祭(かざまつり)雛子(ひなこ)は、彼氏の辰巳(たつみ)を追いかけていた。


 どんよりとした梅雨の曇り空の下を。

 霧雨が降り始めた、コンクリートの上を。

 傘も差さず、前髪だけ伸ばしたショートカットの黒髪と、幾つものカラフルなピアスを濡らしながら。


「たっくん!待ってよ!ねえ!」


 前を行く、折り畳み傘を差した辰巳の、肩から下げた鞄の肩紐を掴む。


「たっくん、ごめんて!

 昨日、遠野君と手を繋いだの、まだ気にしてるんでしょ?

 やきもち焼いて欲しかっただけなんだって!

 『お前は俺の彼女なんだろ』って、怒って欲しくて!

 だって、たっくん、私の事、好きって言ってくれたこと、一回も無いから!

 本当に私の事、彼女として見てくれてるのか、不安になっちゃったの!」


 辰巳は、雛子に傘も差し出さずに、ただ告げた。


「そんな理由で、他の男と手を繋いだの?」

「そんな理由って……。

 私にとっては、何よりも大事なことだよ?

 たっくんが、私をどう思ってるのか」


 辰巳は、鞄の肩紐を掴んだ雛子の手を振りほどいて、歩き出す。

 雛子は、その場に立ったまま、問いかけた。


「たっくん!

 私の事、本当に好きなの!?

 私たち、付き合ってるんだよね!?

 私の事、彼女だって思ってくれてるよね!?

 ねえっ!」


 辰巳は振り返りもせず、霧雨の中を歩き去って行った。




 雛子は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。







 自宅に帰って来た雛子は、濡れた服を着替えて、雨で落ちかけた化粧を洗い流す。


 手に取ったバスタオルで頭を拭きながら、ピアノの置いてある防音室の扉を開けた。


「ただいま~」


 防音室の中には、雛子の友人の女子が三人と、アニメ好きの男子が三人と、遠野純だけが残っていた。


「あ、みんな帰っちゃったんだ。

 なんか、ごめんね」


 すると、純が椅子から立ち上がり、雛子へと歩いて来た。

 化粧を落とし、髪を濡らした雛子を、見るに見かねて。


「お前、だいじょうぶか?

 傘も差さないで行ったのか?」

「うん。彼氏が差してくれると思って。

 でも、ダメだった」


 雛子は、へらりと笑う。

 いつもの、含み笑いではない。

 それはきっと、さみしいときに、する笑い方だ。

 純は、そんな笑い方をさせた辰巳に、怒りを覚える。


「……何だよ、それ。

 付き合ってくれてる彼女に、する仕打ちじゃねえだろ」


 雛子は、目を伏せ、純と顔を合わせない。

 オレンジの香りは、雨で落ちてしまった。


「昨日、授業中に、わざと遠野君と手を繋いだでしょ?

 あれ、私的には、めちゃくちゃ覚悟した、最終手段だったんだよね。

 彼氏には、今まで好きって言って貰ったこと、一回も無いから」

「は?お前ら、付き合ってるんだろ?」

「私はそう思ってるよ。

 でも、彼氏の方は、わかんない。

 実は、彼氏でも何でもなかったのかも。

 付き合ったのも、私から言い出したことだし。

 遠野君、巻き込んじゃって、ごめんね。

 私にできること、もうあれくらいしか無くて」


 そこに、金髪のギャルが、雛子に後ろから抱き着く。


「雛子~!

 なんてかわいそうなの!

 お部屋でちょっと女子会しよ?」


 そう言って、金髪ギャルは、純にウインクをする。


 後は任せて。

 そう言っているかのように。


 そして、ギャル三人組は、雛子を連れて、防音室から出て行く。

 その際、三人組は、男子達に手を振って。

 男子達も、手を振り返した。







 雛子の部屋の床に座ったギャルたち。

 雛子は、部屋の隅で膝を抱えていた。


 茶髪の女子が、雛子に尋ねる。


「で、どーだったの?遠野君を使用した結果の彼氏の反応は」


 黒髪に、星形の髪留めを付けた女子が言う。


「遠野君を使用って、なんかやらしい」


 金髪の女子が、黒髪の女子にデコピンをした。


「あいたっ」

「アンタは黙ってなさい」


 雛子は、膝を抱えたまま、前後にゆらゆらと揺れる。

 雨に濡れた、長めの前髪から、雫が落ちた。


「ん~、変わんなかった。

 なんかさ、せっかく子供の頃から好きな人と付き合えたと思ったのにさ、告白して一年経ってもさ、キスもしてくれないどころかさ、たっくんから手も繋いでくれないんだよ?

 さっきだって、傘に入れてくれないどころか、心配もしてくれなくて。

 ……私って、何なんだろ」


 雛子の目から、ぽつりと涙が一粒流れる。


 金髪女子が、猛り狂った。


「そう!それがおかしいって!

 大事な彼女じゃないのっ!?

 ありえないでしょ!

 彼氏大失格よっ!

 彼氏って、もっとこう!

 彼女を大事にするもんじゃないのっ!?」


 黒髪女子が、激怒する金髪女子の主張に口を挟む。


「って言っても、アタシらの中で、恋愛経験あるの、雛子しかいないけどね」

「それは言いっこ無しっ!」


 金髪女子が目を尖らせ、黒髪女子にビシッと指を突きつける。


 ふと、茶髪女子が(つぶや)いた。




「遠野君と付き合っちゃえばいいのに」




 茶髪女子以外の少女たちが、動きを止める。


 それは、ギャル三人組が、心の中で思っていた事。

 むしろ昨日、純にはそう言ってけしかけていたほど。


 だけど、雛子の前では、決して口に出してはいけなかった事。

 この言葉によって、一組のカップルが破局を迎えるかもしれないのだ。


 しかし、茶髪女子は、気にせずに喋り続ける。

 確固たる意志を持って。


「遠野君、さっきも雛子のことすごい心配してくれたじゃん?

 今カレよりも、きっと雛子を大切にするよ?

 愛してくれない真面目な彼氏よりも、愛してくれるチャラ男の方が絶対にいいでしょ」


 雛子が、絞り出すように答える。


「そんなの、ダメだよ。浮気になっちゃう」

「だったら、今カレと別れればいいじゃん」

「遠野君、私の事、何とも思ってないかもしれない」

「それは、当たり前でしょ。

 そんなに簡単に相手の気持ちが分かるんなら、アタシたちだってとっくに彼氏できてるし。

 恋愛経験ゼロなめんな」

「……ホントのこと言うと、他の人と付き合うの、ちょっと怖いんだよ。

 子供の頃から、たっくんしか目に入ってなかったから」


 すると、金髪女子が、床をドンと叩く。

 その目を決意に漲らせて。


「よっしゃ。アタシも腹を決めた。

 雛子のために一肌脱ぐわ。

 今までは言えなかったけど、雛子アンタ、ここ一ヵ月、遠野君のこと話してる時の方が、彼氏の話をしてるときよりも、楽しそうだったよ」

「えっ?そ、そうだった?」


 それを聞いて、雛子の顔が熱くなる。

 両手で頬を抑える。

 雛子の脳裏には、アニソンをピアノで弾く、チャラ男の横顔が、勝手に浮かんで来た。


 黒髪女子が、雛子の部屋に置いてあった、半魚人(サハギン)の王子様のぬいぐるみを抱きかかえながら、文句を言う。


「そりゃそうでしょ。

 あの彼氏の話して、楽しくなるわけないし」

「ちょっと!みんな、たっくんのこと悪く言い過ぎ!」


 さすがに見かねたのか、彼氏を庇う雛子。

 ギャル三人組は、顔を揃えて雛子を茶化す。


「あ、雛子ちょっと元気でた」

「遠野君の話したからだよ、きっと」

「これは恋してますな」


 顔を真っ赤にして、三人娘の攻撃に、涙目で抵抗する雛子。


「わ、私には、たっくんがいるから!」

「だから、そいつがダメなんだってば」

「遠野君の事を抜きにしても、今カレとは別れたほうがいいよね~」

「遠野君の事を抜くとか、なんかやらしい」

「アンタは黙ってなさい」


 金髪女子が、黒髪女子にデコピンを放つ。

 茶髪女子が、雛子に告げる。


「雛子。今から彼氏に電話して」

「な、なんで?」

「明日、今残ってるメンバーで、水族館に行くけど、一緒に来るかって」

「え?明日?私、聞いてないよ?」

「だって、今決めたんだもん。

 そんで、遠野君も来ることは、絶対に伝えて」

「と、遠野君だって、来るかどうかまだ分かんないじゃない」

「そんなの、ハッタリよ。ハッタリ。

 それより、ほら、電話」


 茶髪女子が、床に落ちていた、キラキラにデコレーションされた、雛子のスマートフォンを手に取り、雛子に渡す。


「う、うん……」


 戸惑いながらも、辰巳に電話をかける雛子。

 数コールの後、辰巳が電話に出る。


「あ、たっくん?」

「なに?」

「あの、明日、コンクールのみんなと、水族館に行くんだけど、一緒に来る?」

「……」

「と、遠野君たちも一緒に来るんだけど、よかったら……」

「行かない!」


 そのまま、途切れる通話。

 通話終了後の電子音だけが、雛子の部屋に響く。


 誰もが、沈黙していた。


 雛子は、涙が込み上げてくるのを必死に我慢する。

 遊びに誘っただけなのに、なぜ怒鳴られなければいけないのか。

 これでは、彼女どころか、知人以下の扱いではないか。


 だが、茶髪女子は、笑っていた。


「あーあ。もう知らない。

 雛子の彼氏は、これが最後のチャンスだったってこと、気づいてないね」

「え?最後のチャンスって?」

「雛子も、すぐにわかるよ。いや、すぐに自覚するって言った方がいいかな?」


 茶髪女子は、黒髪女子が抱いていたぬいぐるみにチョップをしながら、雛子に告げた。


「何もかも、雛子に察して欲しいんだろうね、あの(かま)ってちゃんは。

 きっと今回も、雛子の方から『やっぱり行かない』って言いだすのを待ってるよ、いまごろ。

 でも、そんなことはしてあげちゃダメ。

 雛子の彼氏は、()()()()()()()()()()()()()()()んだから」


 雛子は、少しだけ茫然(ぼうぜん)とする。


(そっか。私は今、たっくんに選ばれなかったんだ)


 今までずっと、雛子の方から、辰巳を選んできただけなのだ。

 愛を注いではいたが、愛を注がれた事は無かった。


 辰巳の本心は、正直に言うと、全く分からない。

 もしかすると、辰巳なりに雛子を愛しているのかもしれない。

 ただ、少なくとも、愛を感じる行動は、付き合ってからの一年間、一度もされたことが無かった。


 金髪女子が立ち上がる。

 拳を握りしめて。

 その目には、決意を(たた)えて。


「よし!そうと決まれば善は急げだ!」







 遠野純と、クラスメイトの男子三人は、風祭の家の防音室の中で、休憩を挟んでいた。


「遠野氏って、風祭さんと付き合ってるの?」


 ぶほっと噴き出す純。


「ん、んなわけないだろ。風祭、彼氏いるじゃねえか」

「辰巳君でしょ?でも、全然彼氏っぽい感じじゃないんだよね」

「辰巳君、本当に風祭さんのこと好きなのかなって思うよね」

「そうそう。てっきり、チャラ男の遠野氏が、寝取り済みかと思ってた」


 思いを打ち明ける、男子三人。


「俺はチャラ男じゃないし、彼女いたこともない、童貞だ」

「いや、チャラ男なのは間違いないでしょ……」


 明るい茶色の、長めの髪に、銀のピアス。

 見た目は完全にチャラ男の純。

 中身は完全にアニメオタクなのだが。


 わいわいと和やかに喋り合う、純を含めた四人。

 そこに、雛子を含めた女子四人が、防音室の重いドアを開けて、戻って来る。


 金髪の少女が、男子三人組に声をかける。


「お、まだ居てくれたね、男子!」

「さすがに、みんなを放っておいて帰らないよ」


 アニオタ男子の一人の、眼鏡をかけた少年が、金髪女子に向かって、にへらと笑う。

 金髪の少女は、ほんのり顔を赤くした。


「ア、アンタたち、明日ヒマ?」

「何かやるんなら、時間は取れるけど」




 金髪女子が、拳を握りしめ、叫ぶ。




「よし!明日はみんなで水族館に行って、仮想カップルでデートの練習するわよ!

 のちのち誤解されないように、クラスのみんなにも、グループチャットでちゃんと事前に報告した上で!

 これで完璧ね!」








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