98、黒幕の正体
永禄八年(1565年)5月
上田城
信繁事件から1ヶ月が経とうとしていた頃、北条から使者がやって来た。
やって来たのは以前も御忍びでやって来た幻庵と護衛の忍、風魔だった。
ちなみに風魔小太郎(四代目)らしい。
「では、和睦の内容は如何しますか?」
「北条、村上、それと佐竹の三家での和睦としたい。領地については村上に上野、下野を認め、佐竹には常陸一国としたい」
幻庵の返答は予想通りだったのでこちらも予定通りの質問をした。
「以前ならそれで良かったですが、今、下総の一部を佐竹が領有してますよね?それはどうされますか?」
「その地は我らの物でしたので、こちらとさせて頂きます。代わりに我らに味方する常陸小田氏の領地を差し上げる」
「流石に佐竹は認めないでしょう。互いに多くの兵を失ったと聞きます。多くの犠牲を払って得た領地を返せとは..。流石に私も言えません。それに我らは来月の今川との会談の内容によっては即今川家と戦をします。氏康殿の御息女早姫は保護いたしますので一切今川に関わらないで頂きたい」
(こやつ(義照)、今川を潰す気か...。我ら北条が今川に加担すれば佐竹と結び攻め寄せよう。・・・やむを得ん...)
「畏まった。その際、我らの家臣を送るので早姫を直ぐに引き渡して頂きたい。それと、我らが里見家を攻めても援軍を送らないことを御約束していただきたい」
幻庵と話していて判ったこと...。道三より勝てる気がしない(口で)。
こんな時どうするかは決まっている。
「分かりました。佐竹がそれで認めれば結びましょう。ただ、例えば里見家が長尾家と同盟を結び景虎殿が里見に援軍を出して出陣しても我らは長尾家と同盟関係ですので道を塞ぐことは出来ません。ましてや同盟国に使者を送る際通過を求められても認めるしかありませんなー。さて、困った困った~」
「確かにそれは困りましたなぁ。では、その件に関しては来たら通過させても構いません。ただし、使者が来たらですがね。村上様から送ることはやめて頂きたい」
「分かりました。ではそうしましょう。業盛、佐竹に使者を送ってくれ。今の話をしてきてくれ」
「畏まりました」
そう、こんな時は少しでも有利な状態でさっさと終わらせることだ。
変に粘っても時間がかかるのと、損が大きくなるかもしれないからだ。
(幻庵は今川を切り捨てたな。だが、氏真の正室を速やかに確保する必要があるな。しかし、里見の使者が来たらって要は全員始末するから問題ないってか?小太郎なんてニヤケてるし...。風魔怖~)
「さて、幻庵殿。話は終わったのでこの後、茶でもどうで..」
ドタドタドタドタ
誰かが走ってこちらに向かってくる音がした。
バン!!
扉が開くと、やって来たのは出浦昌相だった。
「昌相!今は客が来ておるのだぞ!静かにせい!」
「ち、父より、火急の知らせにございます!!」
一緒にいた筆頭家老の昌祐が怒鳴ったが言い終わる前に昌相の方が早く話しきった。
「清種がか..。構わん。話せ」
目の前に幻庵達が居るが構わず報告させた。昌相は幻庵達を見た後口を開く。
「はっ!今川家において、寿桂尼が暗殺されました!!」
「「何!!」」「なんじゃと!」
予想していたので、驚きはしたが顔には出さなかった。が、幻庵や昌祐達は目が飛び出るくらい驚いていた。
(これで、戦は決まったかな...?)
俺は昌相の報告を聞いて、今川と武田の戦が決まったと思った。
幻庵は顔には出していないが深刻そうにしていた。
多分、同じ結論に至ったのだろう。
幻庵は急ぎ戻ると言うので帰って行き、俺は昌相から判る範囲で詳しいことを聞くのだった。
遡ること数日前。
駿河、今川館。
「全く、このような時に徳川が攻めてくるとは...」
「やはり、仕組んだのは徳川でしょうか?」
寿桂尼は庵原忠胤と今回の件について話していた。
「分からぬ。初めは村上かと思うたが、勘助の件の後は集めていた兵を解散させ、この前は襲われていた信繁を助けておる。我ら(今川)と武田を仲違いさせたいならそのまま見殺しにしておっただろう」
「そうなれば、やはり徳川ですか。勘助の時は動きませんでしたが、信繁殿の事を聞いてから攻めてきましたしな」
徳川は勘助の件の時は動かなかったが、信繁が襲われたと知ってからか三河の今川側の城を攻め始めたのだった。
その為、岡部と朝比奈を連れて氏真が迎撃に向かったのだ。
「なんにせよ、武田の誤解を解かねばならんであろう。それに北条には説明したが納得しただろうか...」
寿桂尼はもしも武田と戦になった時、村上との同盟は無くなって居るため北条を味方にせねば危ういと確信していた。その為、北条の使者に包み隠さず話し、味方になるよう説得したのだった。
「分かりませぬな。村上は出浦殿の話では動かぬと言うことですし・・・。しかし、勘助を殺した者達が駿河に逃げ込んだとは...。村上の謀だと思いたいのですが...」
「恐らく本当のことじゃろう。村上の忍はどこにでも居るじゃろうし、嘘をつく必要が無いからの。その気になれば、我らも武田も滅ぼすのは容易かろう..。雪斎が同盟する際、義照に福を嫁がせた事がある意味救いとなったな...」
寿桂尼と忠胤は溜め息を付いた。義元が生きている間はまだ互角、いや、僅かに有利だっただろうが、もう手が届かない相手になってしまったからだ。
「寿桂尼様、私は引き続き出浦殿を通じて村上と再度同盟を結べないかやってみます」
「判った。北条は引き続き妾が行おう。それでは頼んだぞ」
「はっ!」
忠胤はそう言うと寿桂尼の元を出ていった。
気が付けば既に夜が更けてしまっていた。
「もう、こんなに暗くなっておったか。疲れたので水を持ってきておくれ」
「畏まりました」
一人になった寿桂尼は疲れたので、女中に水を頼む。
(今の今川家は危うい。元康の裏切りで三河を失い、折角取り込んだ武田をあの阿呆(氏真)は独立させた。氏真は武田の何もかも食らおうとする貪欲さを分かってはおらぬ。信虎と信玄、あの二人は何もかも手に入れようとし、義照によって得たものをほとんど失った。だが、滅んではおらぬ。彼奴らは今川を食らおうとするであろう。今の氏真では防ぐことなど出来まい...)
「妾が甘やかし過ぎたのであろうか?のぉ、義元...」
「寿桂尼様、お客様がいらっしゃったのですが如何しましょう?」
女中は、水を持ってきて来客があることを伝えた。
「うん?こんな時間にか?一体誰じゃ?」
寿桂尼はそう言うと水を飲む。
カラン
「あ、あ..」
バタン!
寿桂尼は水を飲んで直ぐに倒れた。
叫ぼうにも体が痺れて動けなくなったのだ。
なっ!!
寿桂尼は女中の顔を見て驚いた。先ほど自身が水を頼んだ者ではなかったからだ。
「安心しろ。ただの痺れ薬だ。まぁ、死ぬのには変わりないがな...」
そう言うと男が部屋に入ってきた。
女中の女は男に頭を下げると部屋を出ていくのだった。
「一応、昔雇われてたから挨拶はしておくか。寿桂尼殿、お久し振りにございます。藤林長門守にございます」
男はそう言うと礼儀正しく頭を下げた。
藤林長門守は義元、正確には雪斎が村上の陽炎衆に対抗する為に雇っていたのだった。雪斎亡き後は義元にはした金で雇われたので途中で契約を破棄して今川家を去っていた。
「そ...な...」
「とりあえず、雇い主からの指示でな。面倒だが言伝てがある。一回しか言わんぞ。...義元様と寿桂尼様には、浪人時代に長らく世話になりました。お陰で良き主に巡り合うこと叶い申した。駿河、遠江は我が主に差し上げることにしましたので、御礼をさせて頂きます。山本勘助。だそうだ」
寿桂尼は目を見開いて驚き喋ろうとしたが痺れて喋れなかった。
「あ..お..の...」
「さて、言伝ては済んだな。それじゃ、あの世があるなら雇い主(勘助)によろしくな。依頼は全て済んだと伝えてくれ..」
ザシュ!
藤林はそう言うと持っていた刀で寿桂尼の首を落としたのだった。
(全くこれであいつ(勘助)の依頼は全て終わりか..)
藤林は勘助の最期を思い出していた。
―――――――――数か月前―――――――――――
甲斐 勘助のいる寺
「本当にいいんだな...。お前の勘が当たり策が成ったとしても最早武田が盛り返すことはないぞ。それこそ村上を始末しない限りでもないと」
「分かっておる。だが、ワシが今川の使者に殺されれば武田、今川だけではなく、村上、北条も巻き込める。特に今川を狙っている村上の動きを防ぎ御屋形様(信玄)が駿河、遠江を取りに行くことが出来る」
今川の使者を名乗りやって来た藤林長門守と勘助は話をしていた。
勘助は密かに浪人時代に付き合いのあった藤林長門守に連絡を取り呼び寄せたのだ。
勘助は村上が今川を攻めると予測し先に手を打ち武田で駿河遠江を制圧するために策をなそうとしていた。
「それで、お前を殺して信繁を半殺しにして寿桂尼を殺す。それで信虎の持ち物を残しておく。これでいいんだな?」
「うむ。ワシが死ねば少なからず武田家に動揺が起きよう。それに続けて信繁様が死にかけ今川が行ったと思わせれば御屋形様(信玄)は義信様を閉じ込めてでも必ず動かれる。最後に寿桂尼を殺し信虎がしでかしたように見せかければ最早止められまい」
「だが、村上がお前の死を無視して今川を攻めるかもしれぬではないか?それに信玄がお主の思った通り動くのか?連絡も取っておらぬのだろう?そうなれば無駄死にだぞ」
「そこは正直賭けだ。だが、越後の長尾景虎が奴(義照)の足を鈍らせている。恐らくだが同盟しているものの攻めてくるのではと恐れているのだろう。それと、御屋形様(信玄)は必ず動かれる。あの御方は決して諦めることはせん」
「ふん。まぁ、いい。金は既に貰った。それだけの働きは約束する」
「では頼んだぞ...」
―――――――回想終了――――――
(やっと終わったか。全く道順の奴、信繁の時は失敗したかとヒヤヒヤしたが。まぁ、上手くいったからいいか)
しばらくすると先程の女中と忍装束の男がやって来た。
「村上の間者は始末したか?」
「はい。この館と周辺の全員始末しました。死体も予定通り始末する用意が出来ております」
「では、直ぐに行え。奴ら(陽炎衆)に悟られるな」
「御意」
男はそう言うと部屋を出ていった。
「はぁー。全く、面倒な依頼だった。まぁ、あれだけの大金だ。仕方ないか...。後は任せるぞ。抜かるな」
「ははぁ...」
そう言うと藤林は部屋を出ていき、残った女中が後始末(偽装工作)をするのだった。
翌朝
今川館を訪れた家臣数名がいつも居る門番が居ないことを不審に思い中に入ると門番は殺されていた。慌てて他の家臣や重臣である庵原等に知らせを送ると共に館の中に入り寿桂尼や氏真の妻、早川殿等を捜索した。
早川は女中達と共に部屋で倒れていたが無事だった。しかし、寿桂尼は無惨な姿で息絶えていた。
そこには血に濡れた一振の刀が残されていた。
そしてその刀の持ち主は、武田信虎...。そう、武田家先先代当主であり、氏真の、祖父である男の物だった。
なんとか、一年間なんとか走り続けることが出来ました。
皆様の感想一つ一つ返せないことは申し訳ありません。
活動報告で御連絡させていただきましたが来年は暫く投稿回数を減らします。(月3話はなんとかします)
後二十話でストックがきれてしまいますので...
そんな感じですが来年もよろしくお願い致します。
皆様どうか良いお年を