97、悪夢は続く
永禄八年(1565年)3月
相模小田原城
義照達が今後について話している頃、小田原城でも評定が行われていた。
「勘助の件は皆知っておろう。この事について話し合う為に集まってもらった」
氏康は風魔からの報告を皆に聞かせた。
まず、武田は上に下に大騒ぎで、信玄が激昂して出陣しかけたが、弟信繁によって止められ今は屋敷に籠もっていること。
義信は今川攻めに反対しており、武田は二つに割れかけていること。
次に今川は使者を送っておらず無関係だと主張し続けていること。
寿桂尼が必死に下手人を探していること。
最後に村上家については下野攻めと称して二万の軍が上田城に集まっているがそれから動きが無いことだった。
「やはり、村上が仕組んだことでしょうか?」
「確かに。この機に乗じて武田と今川を一気に滅ぼすのやも知れません」
「御本城様、直ぐに武田に援軍を送るべきでは?これ以上村上の力が増大する前にです!」
氏康はやはりかと溜め息を吐いた。
つい最近氏政が総大将として出陣したが上総で里見、佐竹連合にまた敗れ下総まで押し返されたのだ。
しかも、佐竹が村上に近付いたと知らせがあったのも原因だった。
「恐らく、村上は攻めぬであろう。今甲斐を統一しても重荷にしかならぬことをあの者(義照)は知っておるからのぉ...」
大半が村上は武田を攻めると言う中で幻庵は違うと言った。
「幻庵様は今回の件に村上は関わってないとお考えで?」
「関わっておるかどうかは分からぬ。ただ、甲斐を攻めぬとワシは思うておる。まだ、攻めるなら宣言通り下野か今川の駿河、遠江であろう。それよりも問題なのは我ら北条にとって三国の盟約が崩壊しかけ足枷になっとると言うことじゃ」
幻庵の発言に皆頭を悩ませた。
甲相駿三国の盟約は史実とは違い勘助が主導して結んだがその目的は史実とあまり変わらなかった。
武田は小田井原の戦いで、関東管領上杉家のせいで敗北した為、北条に上杉家を当たらせ村上に専念したいのが目的で、今川家は西の三河尾張に専念したいのが目的で、背後で河東の地(東駿河)を狙って攻めてくる北条が邪魔で仕方無かった。
北条も、河越夜戦で勝利して反撃に出ていたが、小田井原の戦いで息を吹き返した上杉家が厄介になった為、結んだのだった。
結果的に、上杉憲政を討ち取り管領上杉家を関東から追い出すことはできたが、代わりに武田が敗れたせいで村上が相手になったので、無駄に終わっていた。
「全く、武田があれ程脆いとは思ってませんでしたな」
「武田もだが、やはり長野が邪魔だった。あの老将がいなければ今頃上野も我らのものだっただろうに...」
「今更それを言っても仕方がない。父上(氏康)、我らはどうしましょう?」
武田から妻を貰っている氏政は出来れば何とかしたいと思っていたが、自分には考えが浮かばなかったので、父に聞いた。
「今は詳しい情報を集めるべきだろう。今川と武田に使者を送り詳しく聞け。それとこの状態で村上と事を構える訳にはいかん。今まで流れていたが村上に正式に和睦の使者を送ることとする」
「なれば、村上へはワシが向かおう。以前も話しておるからの」
氏康が村上と和睦すると言うと幻庵自ら向かうと言ったのだ。
「幻庵様が行かれることはありません!」
「そうです、危険すぎます!今は小競り合い程度ですが村上とは激しく戦をしてきたのですぞ!」
「それ故じゃ。ワシが行けば直ぐに和睦を結ぶことが出来よう。まぁ、佐竹に譲歩を迫られるかもしれぬがな」
幻庵の説得をしていた者達も次第に幻庵によって丸め込まれてしまうのだった。
そんな様子を見て「まだ、幻庵様に口で勝てる者は居ないのか」と氏康は小さく呟き、溜め息を吐いてしまうのだった。
永禄八年(1565年)4月
状況は更に悪くなっていた。
次に狙われたのは、寿桂尼..ではなく信繁だった。
しかも、狙われた場所が村上と武田の国境でのことだ。
遡ること数日前。
信繁は村上に人質についてと同盟について交渉するために上田城に向かっていた。
万が一、本当に今川が刺客を送ったのなら戦になるからだ。それに信繁は忍を多く送り込んでいた村上が何か知っているのではと聞くことも考えていた。
そして、武田家の関所を越え甲州街道を進み村上と武田の国境に入った時に事件は起きた。
全ては一発の銃声からだった。
ドン!!
「信繁様!!」
「周りを固めろ!!どこから撃ってきた!!」
銃声と共に信繁は乗っていた馬から落ちた。
周りの護衛は慌てて信繁を守るように囲んだ。
「信繁様!!」
「源之丞、大丈夫だ。弾はかすっただけ..。イッッッ!!」
信繁はそう言うと駆けつけた春日源之丞に支えられ起き上がったが落ちたときの衝撃で腕を痛めていた。
弾は運良く額を掠めたのだった。
(全く、私は鉄砲に呪われているな...)
「て、敵襲!!」
護衛の一人が叫びその方を見ると、十人以上の盗賊と思われる男達が襲ってきたのだった。
「信繁様をお守りしろ!!!」
賊と護衛は斬り合いになり、信繁も片手で刀を振るって対抗した。
護衛は猛者ばかりだったが数に押されていった。信繁も手傷を負っていた。
「このままでは!!殿!お逃げ下され!!ぐはっ!」
護衛が一人また一人と殺されていったが誰一人信繁を見捨てようとする者は居なかった。
うわぁぁぁぁぁぁー!!
盗賊達の後ろの方が騒がしくなり逃げ始めた。
「や、ヤバい、軍勢だ!!」
「お、鬼美濃だ!逃げろ!」
「一人も逃がすな~!全員捕らえろ!!」
鬼美濃と呼ばれた男は兵達に指示をして賊を捕らえていった。
「馬場殿か!」
信繁が腕を押さえながら言うと、鬼美濃こと馬場信春は驚きながらも馬を降りて信繁に近付いた。
「見廻りから銃声がしたと知らせがあった故、急ぎ来たがまさかこのようなことになっているとは...。この先に我らの駐屯地がありますので急ぎ手当てしましょう!。おい!負傷者を救護しろ!急ぎ駐屯地に戻る!盛胤!!残りの兵を指揮し盗賊を一人残らず捕らえろ!!」
信繁達は信春達の護衛の下、関所と併設した駐屯地に入り治療を受けた。
まだ、仮造りだが常時三百人が駐屯していた。今回、銃声がしたと巡回していた兵士から知らせがあったので急いで向かったのだ。
信繁が襲撃され負傷した知らせは直ぐに俺(義照)の元に知らされ、俺は須田と共に躑躅ヶ崎館までやって来た。
躑躅ヶ崎館は泥被れ対策の拠点として活用している。その為医者や研究者、最新の医療器具や研究器具も多くあり、駐屯地で簡単な処置をされた負傷者はここで永田徳本の治療を受けた。
ちなみに、甲斐を任されている重臣須田は新府城城主として入っている。
治療を受けた信繁は信春と共に義照達のいる部屋に入ったのだった。
また、信繁の護衛の一人が義信に知らせると言うので、須田に護衛を付けて送らせた。
そして今、武田義信の名代として飯富虎昌と山県昌景兄弟がやって来て話を聞いていた。
今だけは使者として扱っている。
「では、襲ってきた者らは盗賊で間違いないと?」
「はい。捕らえた者達の話では金を貰い、信繁殿の首を捕れば更に大金をやると言われ今回の件を起こしたと。ただ、鉄砲を撃った者は知らないと口を揃えて言っております。鉄砲のせいで奇襲に失敗したと言っておりました」
今、広間には俺(義照)、満親、信春、原盛胤と信繁、虎昌、昌景の7人で話していた。報告してくれるのは信春の家臣の盛胤だ 。
「村上様、捕まえた者達ですが、我らに引き渡して頂きたい」
「こちらは既に終わったので構わん。生きている全員連れていけ。...ただし、盗賊が喋った情報はこちらにも流して貰いたい。国境とは言え、我らの領地で起こされたんだ。きっちり報いを受けて貰わねばならんのでな...」
義照が言うと皆息を飲んだ。口調はそれ程ではないが、顔は恐ろしい程怒気を含んでいたからだ。
「そ、それと、盗賊の拠点で見つけた物なのですが....その..」
盛胤はこの場で言っていいのか悩んでいた。しかし、信春に急かされ報告することにした。
「盗賊が貰ったと言う袋には赤鳥紋の刺繍がありました。それと中身はありませんでしたが、盗賊の話では甲州金だったそうです」
「「なんだと!!」」
信繁を含めて全員が驚いた。そりゃそうだ。赤鳥紋は今川の家紋だが、甲州金は、甲斐で取れる金だからだ。ちなみに俺はわざわざ小判にして領内に流通させている。
「賊が嘘を言っておるのではないのか!!」
「そうだ!今の武田に信繁様のお命を狙う不届き者が居る訳がない!!」
飯富兄弟は猛抗議したが、信繁はそれを止めた。
「・・義照殿はどう思われる?」
「あまりにも出来すぎだな。どうやっても武田と今川を争わせたいようだな。もしくは俺達を武田に向けさせたいのか?...何か心当たりはありますか?」
信繁に聞かれたので正直に答えた。それと、勘助の事件で知っていることも教えた。虎昌は勘助を殺めた者達が駿河に入ったことで「嘘だー!!」とまた怒鳴り声を上げたので、兵士達が踏み込み虎昌を抑え込んだ。
信じる信じないはそちらに任せるとし、信繁達を武田領に送り返すことにした。
信繁は交渉をと言ったがこちらは同盟などする気がない。
信繁達は信春に命じて二千の兵と陽炎衆を付けて送り届けた。また、俺達の領地でやられる訳には行かないからだ。
交渉を諦めた信繁も、「早く戻らねば兄が止まらない」と言っていたので、翌日には帰っていくのだった。
その後、信春から話を聞くと信繁が戻った時には戦支度を始めており慌てて止めたそうだ。信玄は信繁の状態を見て涙していたそうだ。信繁の説得もあり信玄は戦支度を止めたそうだ。義信は出陣に反対しており信玄を止めようと軍を集めようとしていたらしい。
後はどうなったかは分からないと言っていた。
やはり、信繁が生きているとこんなにも緩衝役になるのかと、信繁の凄さを実感するのだった。
(武田を殺るときは真っ先に始末しよう・・・)
だが、勘助惨殺から始まったこの事件は止まることはなかった。
遂に恐れていたことが起こるのだった。