94、同盟に向けて
永禄七年(1564年)9月
上田城
戻ってきた俺達は、留守の間のことを聞いた。
年貢に関しては残念ながら不作だった。と言っても、周辺国と比べては多く取れている。
次に外交だが、北条とは小競り合いが続いている。ただ、互いに軍同士がぶつかってはいない。領民同士が争っているのだった。
北条軍はこちらに警戒しつつも下総を攻めているそうだ。
ああ、忍同士の戦いはかなり激化している。
業盛に作らせた忍衆と風魔が上野と武蔵の国境で激戦していると報告があった。
長野忍軍は頭領に加藤段蔵、配下に陽炎衆の一部と段蔵の鍛えた弟子達で出来ている。
まぁ、まだ風魔と比べたら劣るらしい。
段蔵とは鳶加藤のことだ。俺達が孤児を集めて読み書きを教えているのを見て、段蔵が独自に才能がありそうな者を集めて鍛えたのだ。
次に佐竹から使者が来ていた。用件は対北条に対する同盟を希望するそうだ。
輝忠が俺がいなかったのでとりあえず預かるとしたが使者は待っておくと言うので、二の丸に居るそうだ。後で会うことにした。
上杉との婚姻同盟だが、互いにまだ幼いので、卯松(後の景勝)が元服する六年後(1570年)に娘の紅葉が輿入れすることで決まった。
卯松だが、既に景虎の養子として引き取られたそうだ。直江と宇佐美は長尾政景をかなり警戒していると耳にした。
さて、最後に一番問題である今川についてだが任せていた出浦から報告があった。
寿桂尼は直ぐにでも面会したいとしたが、俺が美濃に出陣した為、来年の3月に信濃までやって来ると決まった。
場所は予定通り上田城だ。
後、忘れていたが武田に対して国境で監視を続けているが、一切こちらに手を出してくることは無かった。
ただし、それなりの軍を配置しているので警戒は続けている。
「さて、佐竹の使者に会うか。輝忠、次期当主として同席しなさい」
「分かりました。父上、皆も参加させて良いですか?」
「一人...いや、二人までなら良いだろう」
俺が言うと輝忠は悩んでいたが決めたようだった。
俺は広間に使者を呼んだ。
今回は業盛と幸隆も呼んでいる。
と言うか、業盛が使者を連れて来たのだった。
集まっているのは、
昌祐、幸隆、業盛、出浦清種の重臣四人、望月や島左近など家臣数名、弟の国清と須田等配下達だ。
それと、輝忠は江馬輝盛と出浦昌相を連れて来ていた。ちょっと意外だ。
「お初にお目にかかります。佐竹義重が配下、岡本禅哲と申します」
・・・どう見ても僧だった。
正直、佐竹と言うと鬼義重や鬼真壁等、坂東武者のイメージしかなかったので意外だった。他に佐竹で知ってることは、関東一の鉄砲隊を揃えたのと、伊達政宗と殺り合ったことだけだ。
外交僧と言うと、今は亡き雪斎様や後に出てくるであろう、板部岡江雪斎や安国寺恵瓊ぐらいしか知らない。
「岡本殿、長らく留守にしていて申し訳ない。話は業盛から聞いている。北条に対する為に同盟を結びたいとか?」
「はい。我らは里見家と合同で北条に対抗しておりましたが、関東管領が滅びた後は押されております。村上様は単独で北条と対峙されておりますので、是非とも我らと同盟を結んで頂き北条家を包囲したいと我が主は望んでおります」
俺は岡本からの説明を受けたが正直悩んでいた。今北条に本格的に敵対すれば、駿河遠江侵攻に大きく影響が出る可能性が高い。それに同盟を結んでいる北の毘沙門天(景虎)がどう行動するか予測が出来ないからだ。
宇佐美や直江のように警戒するだけならまだ良いが、もし館にいる関東管領上杉龍政(憲政の子)を旗頭に攻めてくる可能性すら僅かにあるからだ。
今の長尾は、越後、佐渡、越中と加賀の一部を抑えているので絶対に敵にはしたくない。加賀の一向衆も最早絶滅寸前と聞いたので、こちらに来ようとしたら、何時でも攻めれるのだ。
「岡本殿、俺は正直に言うが北条とは和睦を考えている。これ以上北条相手に無駄な血を流したくないからな」
俺が言うと岡本は驚いていた。勿論理由を聞いてきたので答えた。ついでに前から思案していることを簡単に説明した。
「・・・と言う訳だが、岡本殿は佐竹家の視点から見てどう思う?」
「それはかなり難しいと思います。村上様がお考えになられていることは、伊達の洞に近く、危ういでしょう。それに、我ら(佐竹)も北条も攻めいる先が無くなり領地を拡大することが出来ません。何より北条が納得することはありません」
「ん?進む先が無いと言うが佐竹は北に陸奥があるではないか?」
俺が不思議そうに聞くと岡本は知らないのだと思い説明した。
「我らも密かに動いたので地獄耳と言われる村上様でもご存知ないでしょう。我らは近々、伊達と婚姻同盟を結びましたので、同盟相手を攻めることは出来ません」
俺は驚いて目を見開いていた。まず、佐竹と伊達が婚姻同盟をすること。俺が地獄耳と言われていることにだ。地獄耳と言われているというのは初耳だった。
(地獄耳って・・・。後で孫六に聞いてみるか...。てか、伊達と佐竹が婚姻同盟なんてマジかー)
「そうか...。佐竹は伊達と同盟か...。いずれにしても、北条の出方次第だな。北条が敵対し続けるなら我らも全力で向かうしかない。岡本殿、先程の提案だが、当主にも伝えてくれ。乗るなら、常陸一国は佐竹として北条との仲立ちをするとな」
「畏まりました。必ずお伝えいたします」
使者との面会は終わり、家臣達を下がらせた。
俺は重臣四人と輝忠と国清だけ残らせた。さっきの話をするためだ。
元々幸隆や昌祐には話していたことだ。
「殿、先程の提案ですが、婚姻も無しには難しいのでは?」
「左様。ましてや北条は我らより広大な領地を持っております。承諾するとは思えません」
「兄上、流石に無理ではないのですか?佐竹の誘いに乗った方が良かったのでは?」
流石に知らなかった者から反対は多い。
「天下三分の計は知っているか?」
俺が聞くと、国清や輝忠は知っていたが清種等は知らなかった。
三國志って有名だから誰でも知ってるかと思ったらそうではないようだ。
なので、出来るだけ分かりやすく説明した。
「では、殿は均衡を保つことで戦を無くすと?」
「そうだ。長尾家、北条、我らの力が拮抗すれば、無理をして攻めようとはしないだろう。他の者に漁夫の利を得られるだけだしな。まぁ、欲を言えば、俺達が下野、常陸を抑えてからにしたかったが、北条の動きの方が早かった。このままでは上総、安房を抑えて我らか佐竹に向かうだろう。それまでに何とかしないといけないからな」
業盛の質問に答えた。北条の侵攻速度は予想よりも早く、史実以上の早さだった。
上野は長野業正と言う名将、いや神将が居たから守れたのであって、居なかったらと思うとゾッとする。
「殿は北条が参加すると思われるのは何故ですか?」
「まず、北条に同盟している今川だが、今の北条には足枷になっている」
俺が言うと「あぁ~」と全員が納得した。
と、言うのも今川は武田を使って三河を制圧したはいいが、既に、徳川家康によって岡崎城周辺まで取り返されているのだった。徳川の兵が強いのか、今川軍が弱いのか、何とも言えない。
しかも、武田の独立を許している。
まず間違いなく、寿桂尼が亡くなれば今川は滅ぶだろう。朝比奈や岡部が可哀想だ。だからその前に今川を潰して引き抜いてやろう...。
ちなみに、使者として来ていたのに上から目線で言って来た三浦だが、さっさと三河でくたばったようだ。
てか、こいつが大将として軍を率いて家康を討つ為に出陣して見事な大敗をしたのが原因だ。ちなみに、井伊直盛も直親も既に討ち死にした。惜しい人物を亡くした。
「次に武田だが・・・分からん!」
「わ、分からないですか?」
俺が言うと、皆困惑した。幸隆はうんうんと頷いていた。幸隆には相談しているからだ。
「俺達と長年争ってきたが、今川に臣従してから余りにも静かすぎる!絶対何か仕掛けていると思って孫六達に調べさせたが、当主の義信が残った甲斐の領地の発展に勤しんでいるそうだ。信玄は東駿河の開発を行った後は後進の育成をし新しく見つけた温泉を楽しんで、政には殆んど参加しないとな!あー!ゆっくり温泉とかある意味羨ましい!!」
俺は頭に手をやって皆に言った。ついでに本音(温泉)も出てしまった。本当に武田がどう動くか分からないのだ。幸隆もそうだった。
「以前の信玄なら間違いなく今川を攻めるだろう。目の前に駿河、遠江と言う豪華な御馳走があるからな。だが、義信の嫁が今川の姫だ。武田が今川を攻めれば家中が割れるし北条を相手にしては勝ち目が無い。だから、武田がどう動くか分からん。まぁ、今、今川を攻めれば俺達が武田を攻め今川ごと乗っ取るがな...」
俺が言うと皆悩んでいた。特に昌祐、幸隆、清種の三人は俺と一緒に長く戦ってきたので武田が動かないのが不気味に見えているようだ。
「はぁ..。さて、話は逸れたが北条としても伊達の後ろ楯を得た佐竹と俺達を同時に相手にはしたくないだろう。他の二家が当てにならない今はな...」
俺が溜め息を付きながら言うと皆も納得したようだ。
その後、それぞれに指示を出した。
清種は引き続き今川との繋ぎを任せ、業盛には佐竹との繋ぎと北条と交渉出来るよう使者を送らせた。まだ若いので色々経験もして欲しい。
最後に長尾家との交渉を国清と昌祐に任せた。多分大丈夫だろう。
昌祐は俺の筆頭家老であるので長尾家も本気だと考えてくれるだろう。
「輝忠、下野攻めの大将をしてみないか?」
俺の言葉に輝忠は驚いていた。初陣は一応済ませているが、大将になったことはない。
「ち、父上!私はまだまともな戦をしたことがありません!!」
「俺だって初陣の次は小田井原で武田が相手だったが?なぁ?昌祐、幸隆?」
俺が言うと二人はうんうんと頷いていた。
「まぁ、確かにそうですね。幸隆殿との戦は何もしてませんしね」
「そうですな。某(幸隆)との戦はわざと逃がしてくれましたからね」
二人は頷きながら当時のことを話していた。
「輝忠、いいじゃないか?」
「国清?」
輝忠は叔父だが年が一つ下の国清に言われて何で?と言った感じで見た。
二人の関係は年の差が無いので、叔父甥の関係ではなく、友達感覚だった。
「俺なんて、初陣で副将にされた挙げ句、兄上(義勝)の面倒まで見させられたんだぞ?しかも父上も兄上みたいに...。戦場のど真中に残されて...。しかもその後突撃させられブツブツブツブツ...」
(アカン..。国清の目がヤバイ..)
国清の目が死んでいったと思えばどんどん目がイってきて何を言っているか聞き辛くなってきた。
「国清、落ち着け!あれは済まんかった!!!」
ブツブツブツブツ......。
「分かったから!もう、馬鹿兄の面倒は見させないから!!」
「....本当?」
「ああ!本当だから!!」
俺が慌てて言うとやっと戻った。この時初めて国清が別の意味でヤバイことを全員が知ることになった。
下野攻めの陣容だが、大将を輝忠、副将を傅役の昌豊と信春に任せ、軍師として幸隆を付けようとしたが幸隆が代わりに昌幸と左近の二人を指名したので任せることにした。軍勢は信濃勢を中心に二万とし来年の三月、寿桂尼との会談後に出陣させることにするのだった。
・・・表向きは....。
―――評定後―――
「殿、若に本当の事を話さなくてもよろしいので?」
俺が部屋を出ようとすると昌豊が声をかけてくる。
昌豊の後ろには幸隆もいる。
「まぁ、出陣する時に知らせればいい。・・・本当は自分で気付いてほしいけどな」
「畏まりました。しかし、若は下野攻めではなく今川征伐とは夢にも思っておられないでしょうな」
下野攻めはただの見せかけ、本当は今川を攻める為の軍だ。その為にわざわざ二万もの軍勢を出す。
美濃援軍が二万にもなったのは今川に送る軍をそのまま美濃に送った為だった。
「だな。後は前回(美濃援軍)のように邪魔が入らなければいいな」
俺がそう言うと二人とも頷いていた。
もう、これ以上邪魔が起きてほしくないと心から思うのだった。




