9、三国同盟の裏で....次期当主同士の談話
三家の当主が集まり一夜明けた。本来なら、来てから直ぐに署名する予定だったのだが武田が来るのが遅れたのと、俺(義照)と信虎との一触即発の一件があった為、翌日に変わったのだった。
翌日無事に署名を交わし三国同盟を成した。それと共に来年五月、田植えが終わった後小県郡と佐久郡を同時に攻めることになった。
三家の当主が会談をしている頃、それぞれ付いてきた重臣、家臣達は町を自由に歩いていた。
「周辺とは違いかなり賑わっておるな」
「ああ、村上との同盟、間違いではなかった」
そう話しをしながら歩くのは武田家重臣、甘利虎泰と板垣信方だ。
二人は敵情視察のつもりで来ていた。と言うのも、同盟内容に小笠原を攻めないとあったが、伊那郡と木曾郡を押さえた主信虎が守ることはないと考えていたからだ。
「村上との戦………なんとしても避けたいですな」
「なれど、御館様のこと。それは無理であろうの」
二人はどうやって戦を避けるか話した。
それと、昨日見た軍についても話し出した。
「甘利殿、昨日我らを出迎えた軍をどう見る?」
「かなり統率のとれた軍であったな。数は少ないようだが、村上の精鋭であろうか?」
「今、配下に調べさせておるが、あの兵達の鎧兜は見た事が無い物だ。それに、槍はかなり長いし、弓はかなり小さい物だった。あの小弓でどう戦をするつもりなのだろうか………」
昨日の異様な装備について、思い当たることを話し出した。
「板垣殿、晴信様のことをどう考える?御館様は何か決められたご様子だったが?」
甘利は思い出したかのように昨日の一件について聞いた。あのままでは義照は容赦なく御館様を討ち取りに来ていたと思っていた。それを止めた晴信を叱責し、信繁が言ってやっと静まったので晴信の立場は無くなっている気がしたのだった。
「廃嫡などと言わねばいいがと思うておる。昨日のことをかなり根に持っておられるようだからのう………」
板垣は不安を抱えていた。益々、晴信を軽視する家臣が増えていたからだ。それに、もし廃嫡となった場合、甲斐に晴信の居場所が失くなってしまうと思っていた。
甘利と板垣は話しながら町を散策するのだった。
同じ頃、武田晴信、武田信繁、諸角虎定、村上義利、村上義勝、屋代正重の六人が一室に集まっていた。
諸角虎定は武田信繁の傅役であり、屋代正重は村上義勝の傅役でどちらも護衛としてこの場に居るのであった。
「さて、父上(義清)から次期当主同士話しておけと申されたが、何やら武田は不安定のようですな」
「いやはや、全ては私が未熟故。父上に叱責を受けているばかりでござる」
義利の問いに晴信は苦笑いでごまかした。武田側の三人はどこまで武田の内情を知られているか不安があった。
「兄上が未熟なのではなく父上が………」
信繁は否定しようとしたが晴信が遮った。
義利はそれを見て問題は信虎の方だと認識した。前もって武田について義照に聞いていたからだ。
義利は信虎と義照の、一件を聞いた後直ぐに義照に問い質し事情を聞いていた。その際信虎と晴信の確執を聞いたのであった。それと同時に、晴信のことを決して油断してはいけないと言われた。晴信のことを爪と牙を隠した猛虎だと言っていたのだ。
「失礼なことを聞いてしまったようで申し訳ない」
「兄者(義利)が謝ることじゃないだろ!武田の問題を聞いただけなんだし」
隣で空気を読めない義勝がいらんことを言う。
後ろで傅役の正重は頭を抱えていた。
「重ねて申し訳ない。義勝は空気を読むことができず、武一辺倒なもので………」
困ったように義利は謝るのだった。
「いやいや、義勝殿の申す通りこれは我らの問題。謝られることはありません」
「兄上の申す通りです。こちらこそ同盟相手に余計な心配をさせること申し訳ない」
晴信と信繁は謝った。
困った義利は話を変えようと、妻の亀のことを聞いた。晴信の妹になるので答えやすいと思ったからだ。
予想通り、直ぐに晴信は答え信繁も昔話をして和やかになった。
そんな中、義勝は武田で誰が一番強いか聞いていた。本当に空気の読めない奴だ。
これには晴信と信繁も悩んでいた。義利はそれだけ武勇に優れた人材が多いのかと思った。
悩んだ末に信繁は虎定にも聞いていた。
武田の三人は悩んだ末、飯富虎昌、原虎胤の二人の名を上げた。
赤備えを率い、甲山の猛虎と呼ばれている虎昌と鬼美濃と呼ばれている虎胤だ。
逆に晴信達も聞いたが、知らない者の名前だった。義勝は、自分だ!と言っていたが放置しておいた。
「では、武勇ではなく知略や政に長けた者はどなたか?」
晴信の問に義利は少し悩んだが一人の名前を上げた。
「知略に関しては皆それほど変わらないと思うが、政に関しては恐らく弟の義照だな」
その答えに晴信と信繁は驚いていた。ここに着いた時、父信虎に正面から食って掛かり、十三歳と言うまだ子供と言っていい年齢の者の名前を上げたからだ。
「あの者が………」
「しかし、義利殿、私達より幼いはずでは?」
晴信は言葉を失い、信繁は確認した。
「お二人はこの町をどう思いましたか?」
義利の問にそれぞれ感想を述べた。
「やはり、かなり発展しており、商人も多く賑わっているかと」
「甲斐とここに来るまで見た物でしか比べられぬが、信繁の言う通り何処よりも発展しており、かなりの物と金が動いているかと。本拠地の葛尾城周辺はまだこれ以上に、栄えているのではと思っておるが……」
晴信がそう言うと義利は首を横に振った。
「我が領地で一番栄えているのは恐らくここです。義照が二年で作り上げたのです。しかも、元は五百石しか無かったが今はその倍は優にある。銭だけで言えば十倍になっていると言っても過言ではないでしょう」
義利のぶっちゃけに驚いた三人だが、落ち着いてから晴信が何かに気付いたかのように目を見開いた。
「義利殿、その話し誠か!本当なれば義照殿は十一の時には領地管理が出来ていたと言うことではないか!!」
信繁もその事に気付き驚いた。
「お二人共、落ち着いて下され。傅役が付いておるのですから何ら不思議は無いのではないですか?その傅役が優秀だったと言うことではないのですか?」
後ろにいた諸角の言葉に確かにと落ち着きを取り戻した二人だが、義利はそれを否定した。
義照に傅役は付いていたが戦で亡くなり、その後寺に入れられたが住職に数日で返され、それ以降は工藤兄弟を召し抱えるまでは一人だったと伝えた。
晴信と信繁は工藤兄弟のことを諸角に聞いたが、兄弟の情報は少なく、父の工藤虎豊は武勇に優れてはいたが内政面は至って平凡だったと伝えた。
「あーもう!兄者は義照のことばかり言って!あいつは槍や剣は全然ダメじゃないか!父上も槍の才能は全く無いって言ってたし!」
ずーっと黙っていた義勝は我慢できず義照の駄目なところを言っていった。
と言っても武術に関してのみだ。
「義勝、落ち着け。それを言うならお主もであろう。政は全くダメで、そこの正重が代わりにやっているではないか?」
義利が言うと義勝は反論できず、ふてくされてしまった。
「それに、剣や槍の才能は無いが、組手では恐らくお前も勝てまい。見たことない義照だけの武術だしな」
義利は義照が一人何やら稽古をしているのを時々見ていた。それが組手だと分かると、相手をしてやったのだったが、簡単に投げれられたり、倒されてしまったのだった。
義照は「まだまだ駄目だな………」と言っていたが当時十歳の弟に倒されて負けたことは嫌でも記憶に残っていた。
「まぁまぁ、義勝殿、誰にでも得意不得意はあるもの。得意なことを伸ばし、不得意なことを支える家臣を得れば良いのではないか?」
晴信はそう言って義勝を慰めた。
それと同時に、仮に村上と戦になった時、誰が扱い易く、誰が難敵になるか考えるのであった。
その後も四人は笑い合いながら話し合い、互いに友好を深めるのであった。
この後、本当に争うことになるとは誰も思っていなかった。