84、信長と義照
上田城
道三との最後の会談を終えた信長は輝忠、昌豊、景持に連れられて上田城の本丸にやって来た。帰蝶と桔梗はそのまま道三の所に残り、代わりに家臣二人がついている。
一人は森可成、もう一人は藤吉郎だった。
藤吉郎がいる理由は、以前二の丸までだが来ていたことと、機転が利き大黒屋勘兵衛と関わりが強いので連れて来ていた。
(まさか、天守は無く館だけとは...)
信長は本丸に来るまでどれだけ立派な建物があるかと思えば道三の居た屋敷より少し大きいだけの物だった。
正直、本丸の門のところにある多聞櫓と呼ばれた所の方が立派に見えた。
「どうぞこちらでお待ち下さい」
昌豊に言われ三人は一室に案内された。 昌豊が居なくなった後三人は話し始めた。
「殿、この館、もしかしたら清洲城より小さいのでは?」
「と、殿、私もここまで来たことはありません。本丸へはあの門を越えなければなりませんでしたが監視が厳しく入れませんでした」
可成は館の大きさを見ていた。普段見ている清洲城より小さく感じたのだった。
一方の藤吉郎は今まで通れなかった門を越えて入れたが来たことがなかったので役に立たないことを信長に伝えた。
「藤吉郎、御主が入れないのは当たり前だ。間者と知られていたのだからな。生きて返されたことの方が運が良かったと思え。普通殺されておるのだぞ」
可成は藤吉郎を叱責する。だが信長はそんなことよりもこの城の造りの方が大事だった。
「あの門の造りは普通ではなかったな..」
上田城本丸に続く門は鉄門でかなり大きく、鉄格子まであるのだった。その為、人の手で門を壊すことは絶対に出来ない物だった。
しばらく町の様子や城の造りについて話していたら昌豊が呼び出しに来た。
「準備が出来ましたのでどうぞこちらへ」
三人は広間に通された。
広間には輝忠と義照重臣家臣が集まっていた。
集まっていたのは、
重臣
工藤昌祐、出浦清種、馬場信春、鵜飼孫六、須田満親、工藤昌豊
家臣
村上国清、保科正俊、上泉信綱、甘粕景持、等
だった。
重臣の幸隆と業盛は上野の北条対策のため来れなかった。
信長や藤吉郎は大黒屋勘兵衛がいないことに気付いた。信長は藤吉郎や商人の話で勘兵衛は義照の信頼も厚く財政管理に携わっていると言うことを聞いていたので不思議だった。
信長達が広間に入ってから少しして遠くから足音が聞こえて信長を除く全員が頭を下げた。
そして扉が開き入ってきた人物に信長は目を見開いて驚く。
「やってくれたな...」
信長は小さくそう呟くしかなかったのだ。
俺は信長の顔を見てニヤリと笑った。企みが巧くいったからだ。
「面を上げよ」
俺が言うと全員が顔を上げたが藤吉郎だけが目が飛び出たかと思うくらい驚いて口をパクパクしていた。
「そんなに口をパクパクさせてどうした?...日吉(藤吉郎)」
俺が大黒屋に居た時のように笑みを浮かべながら言うと藤吉郎はハッと我に返り、次の瞬間床に頭をぶつける。
「知らなかったとは言えこれまでのこと申し訳ありませんでした~~!!!!」
訳の分からない可成や義照の家臣達は不思議そうに藤吉郎を見る。
この場で、藤吉郎と義照の関係を知っているのは孫六、昌祐、昌豊の三人と信長だけだった。
「申し訳ありません!本当に申し訳ありません!」
「これ藤吉郎、落ち着かんか!」
可成は必死に止めたが藤吉郎は止めなかった。
「まぁまぁ、そこまで謝ってくるとは...。俺も悪いことをした。顔を上げんか」
俺が言うと藤吉郎はやっと頭を上げたが、床に打ち付けた額は赤くなり顔が涙と鼻水をぼろぼろ流し滅茶苦茶になっていた。
訳の分からない者達に昌祐が話をした。
俺が大黒屋勘兵衛として大黒屋にいる時、間者として働きに来ていた藤吉郎を引き抜こうと勧誘したが断られたこと。
それと、度々信長の手の者として俺(大黒屋勘兵衛)に接触していたことを説明した。
すると何人かはチラッと聞いていたのか納得した。
「藤吉郎、あの時言ったことは本気だぞ。俺の家臣にしたかったしな。ホント残念だ」
「は、ははぁ!も、申し訳ありません!!」
また伏して頭を下げていた。
頭を下げている藤吉郎を放っておいて俺は信長の方を見た。
・・・物凄く睨んでいた。
「親父殿(道三)の言うとおり腹黒だったか...。全ては貴様の手の平の上と言うことか?」
信長は怒りの為か口調を気にせず言ってきた。俺に対する言葉遣いに周りの家臣達が殺気だち、信長の後ろでは可成が何かあれば信長を守ろうといつでも動けるようにした。
「正徳寺でのことか?あれは道三殿が仕組んだことだが?」
「これまでのこと全てだ....」
俺が言うと信長は睨みながら言ってきた。余程頭に来ているのかもしれん。
「・・・正徳寺ではただの客人として参加していたが今回は互いに当主として話をしようか...。信長..」
俺もニコニコ笑っているのは辞めた。
全員が場の雰囲気が変わったことに気付いていた。可成も藤吉郎も義照の顔が仮面を外したかの如く急に変わったことに驚きつつも恐ろしく見えた。特に藤吉郎は殺されるのではと怯えた。
「まずは、これまでの贈り物の数々は礼を言う。唐物や南蛮の物まであったことには正直驚いた」
「堺で手に入れた物ゆえ。他の陶器は我が領地で作っている物。その中でも最高級の物を贈らせて頂いた」
俺と信長と直接の対話が始まった。信長は先程までとは違い、言葉遣いに気を付け下手に出ていた。
国力差も戦力差も村上家に劣っていたからだ。
いくら道三がまとめたとは言え、それは道三と義照が口約束で結んだことであって自分とではない。その為、反故にされる可能性もあったのだ。
「さて、あれ程の贈り物をしてくるとは、何が望みだ?」
「村上家との同盟。斎藤家への不干渉」
「恐らく道三殿に聞いてると思うが俺は斎藤家を攻めるつもりはない。死んだ義龍がまとめ上げた国を攻めるなど出来ん」
「死人に義理立てしてどうする?今の斎藤家の当主は真の大うつけであろう。国が滅ぶのは道理ではないか?」
「ふむ。では、御主には義理人情は必要ないと?では、年が開けたら三河に攻め込み、そのまま尾張に攻め込むとしよう。今川を誘えば喜んで参加するだろう。一応今川とは同盟しておるしな。それに舅殿(義元)の敵討ちが出来る」
今、三河を攻められ滅ぼされたら織田は四方を敵に囲まれることになる。信長としては絶対に防ぎたいことだった。
「それはどうかお控え願いたい。それに今川家との交渉で三河は不干渉と聞いておりますが?」
(へぇー、その事を知ってるのか。と言うことは今川内部に間者がいるな...。まさか、うちから漏れた訳ではないよな?)
俺は孫六に目線を送り、孫六は首を横に振った。恐らく言いたいことが分かったのだろう。
「それは今川領ならだ。松平領になれば話は別だ。まぁ、今川は再度討伐の用意をしているようだがな」
俺が言うと信長は悩んでいた。次の手を考えているのだろう。
「では、同盟することはないと?」
「既に聞いているだろ?稲葉山城を落とさん限りはしない。まぁ、その前に尾張に攻め込むかもしれんがな」
「・・・親父殿(道三)から村上家は斎藤家に援軍を送ると聞きましたが?」
「一度だけだ。俺達は義龍に助けられた恩があるからな。しかしその一度は容赦無く叩き潰しに行く。まぁ、援軍ついでで尾張まで攻めに行く気は無いがな。攻めるなら一度で終わらせる...」
「...あい分かった。稲葉山城を落とした暁には同盟をお願い致す」
俺が言うと信長はそれだけ言ってこちらを見ていた。
「その前に生きて帰れると思っておるのか?僅か百人足らずでやって来て?」
俺が言うと家臣達がいつでも刀を抜けるよう一斉に構え、可成も対抗しようと前に出て脇差しを抜こうとした。
「三左!!動くな..」
そんな可成を信長は大声で命じて止めさせる。
信長の響き渡るような大声は家臣達も驚き一部の家臣達は動きを止めた。
「抜けば俺達を殺す名目が出来る。下がれ...」
「はっ...」
可成は脇差しから手を離し信長の後ろに戻る。信長は義照の顔を見たままだった。
(あぁ~残念。抜けば殺すことが出来たのに...)
「ふん。こちらが呼んだ故、殺せば俺達の信用が落ちるが、お主か護衛が抜けば殺しても何の問題は無かったのだがな。御主を始末した後尾張を奪うのは容易かろう。はぁー残念だ...」
「・・で、あるか...」
「・・・なぁ、信長。美濃には合わせて三つ欲しい物と人がいる。何だと思う?」
俺が聞くと考え出した。他の者達もだ。
(人と物...。まず確実に稲葉山城だろう。他にあるとすれば...)
信長は自身が欲しいと思った物を言った。
「稲葉山城、明智光秀と美濃鉄砲衆か?」
信長はそう言うと俺を見ていた。まぁ、予想通り二つは合っていた。最後の一つはまだ分からんだろう。
「二つは当たりだ。稲葉山城、光秀はな。最後の一つは伏龍だ」
「伏龍だと?」
これだけは誰も知らないだろう。皆誰のことだと話し合っていた。
伏龍とは三国志に出てくる諸葛孔明のことだ。
「正確には伏龍になり得る者だ。まだ名は知られていないだろうがな」
「それは一体誰のことだ?」
やはり、信長は聞いてきた。信長の諜報にもそのような人物はいないのだろう。
「自分で調べればいい。美濃に攻め込むならいずれ出てくるだろう」
「で、あるか...」
信長はそう言うと黙った。
その後沈黙が続いたので会見はこれまでとし信長は帰っていった。
そして年を越して一月初旬、土岐頼芸を追放し美濃を乗っ取り、蝮と恐れられ、息子義龍に追放された斎藤道三は子の斎藤利治、桔梗、娘婿の輝忠に看取られ安らかに息を引き取るのだった。




