81、暗躍
永禄五年(1562年)二月
上田城
木曽谷での会見以降織田からのアプローチが凄すぎる。
最近は贈り物が多く、中には唐物の焼き物まであった。どうやって手に入れたのだろうか・・・・。
度々贈り物と一緒に使者がやってくるが、俺は一度も会わず家臣に対応させている。やはり、同盟したいそうだ。
だが、斎藤家は切れても今川とは婚姻同盟を結んでいるので今のところ同盟を結ぶことは無いだろう。側室の福(義元娘)がいなければ今川を攻めていたんだろうけど...。
贈り物は結構量も凄いので嬉しいのは別の話だ。
同盟ではないが、北条からも和睦の提案があった。だが、こちらは長野殿もいるのでそっち(長野殿)に回している。
今川とは一応、これまで通り同盟を守ることになっている。 なので、三河で独立を宣言した松平元康(後の徳川家康)と現状同盟することはないこと、一切関与しないことは約束した。
ついでなので三河をくれっと遠回しに言ったが寿桂尼にやんわり断られた。まぁ、しゃーない。
それから数十日後。
北条と和睦ではなく停戦の話が上がった。
と言うのも、北条は里見連合との戦で痛み分けで終わったのだ。
地上戦は北条の勝ちだったが海戦は里見水軍に完全に敗北したのだった。
そして里見は海から兵を輸送して北条軍を挟み撃ちにし、撃退したのだった。
その為北条軍は下総まで押し戻され、睨み合いになっているのだ。
それに加え俺達が上野に介入してきたので、俺達と里見家が同盟するのを恐れて、急がないといけないと判断し停戦の申し入れをしてきたのだろう。こっちとしては北条が上野から撤退すれば手を出さないと伝えた。後は北条側が決めるだろう。
そして何故急に話が進んだかと言うと長野業正殿が亡くなった為だ。その為、上野は幸隆が中心となって調略している。息子の業盛は若いながらも武勇もあり業正殿が亡くなった後家臣を取り纏めるのも見事だった。その為、箕輪衆が離散することはないだろう。
娘の輝夜は六月に送ることになっている。婚姻は五年後を考えている。業盛は既に重臣として扱うことが決まっている。なので評定の際には呼ぶことにしている。
相模 小田原城
「やはり、上野を奪いに来るか...」
「長野業盛に義照の長女が嫁ぐことが決まっております。また、東上野の国衆に調略を仕掛けております」
氏康は評定を開いていた。小太郎からの報告に頭を抱えたのだ。
北条も長野を引き込もうと調略を続けたが失敗し、逆に村上が上野に雪崩れ込む結果となってしまった
「小太郎、風魔の諜報はまだ問題ないか? 村上が来たとなれば忍びもやってきたであろう?」
「今のところ潜んでおりますがこれ以上増えるなら全滅する可能性が高いです」
小太郎も地の利はあるが数の差に関してはどうすることも出来なかった。
「無理をするな。危険と判断したら撤退しろ」
氏康と長綱は無駄に風魔の数を減らしたくなかった。村上が相模を攻めてきた際に対抗出来なくなるからだ。
「殿、村上からは上野から撤退すれば何もしないと言ってきております。奴らは上野だけ制圧した後は西に向かうのではないでしょうか?」
「いや、上野を制した後、佐竹や里見などと手を結び向かってくるかもしれぬではないか!」
「最近、美濃の斎藤家と同盟が決裂したと聞く。もしかしたら美濃を狙ってるのでは? 」
評定は荒れるに荒れた。上野を渡したら付け上がるから何としても死守すべきと言う者も入れば、同盟の内容に組み込み渡してしまって佐竹や結城、里見等と手を結ばないことを条件にと言う者もいたのだった。
当主となった氏政はまだまとめきることは出来なかった。
氏康は何も言えない氏政を見た後、村上と交渉を続けつつも東上野の国衆を取り纏めることにしたのだった。
永禄五年(1562年)四月
駿河のとある屋敷。
隠居し出家した信玄は信繁と共にある男に会いに来ていた。
「ふん。ワシを追放した二人がのこのこ揃ってやって来たか...」
「お久し振りです。・・・父上...」
信繁は目の前に座る男に言った。
二人が会ったのは、かつての武田家当主で自身の父であり、そして追放した男、武田信虎だった。
信虎は二人に追放された後、今川で過ごしていたが、義元の妻で二人の姉である定恵院が亡くなった後、各地を回っていた。しかし、義元が討ち取られたことを聞いて孫である氏真が気になり戻ってきたのであった。
「それで、貴様ら揃って何しに来た?」
「・・・父上に手を貸して頂きたいので参りました...」
信虎の質問に信玄は答えた。
バシッ!
「晴信! 貴様ワシを追放しておきながら甲斐を失うとは何と愚かなことをしよった!!」
信虎は持っていた扇子を信玄に投げつけた。
「申し訳ありません・・・」
信玄は頭を下げるしか出来なかった。
信虎の怒りは尤もで、信虎が生涯をかけて甲斐を統一したのに、自分のせいで殆んど失ってしまったからだ。
「父上。その..」「信繁もじゃ! 今川に臣従を決めたのはお主と聞いた。何故か? 何故、甲斐を守らなかった!!」
「武田家を守るにはそれしかなったからです!! 甲斐国内で至る所で一揆の兆しがあり、村上も甲斐侵攻の準備を進めている。私達ではもうどうしようもなかったのです! 父上を追放した時以上にです!」
信繁は涙を流しながら言った。隣の信玄も手から血が出るくらい悔しくなっていた。
「・・それで、ワシに何をしろと言うのだ?」
信虎は一応話だけは聞くことにした。信玄と信繁は考えていることを話した。
「それで、お主らは上手く行くと思っておるのか? それに離反した三河のガキ(元康)が今川に勝つと?」
「既に手は打っています。なので後は相伴衆である父上にお願いしたいのです」
信虎は二人からの策を聞いて考えた。確かに上手く行けば独立できた上に今川での発言力は上がる。だが、失敗すれば後は無かった。
「・・・分かった。三河のガキが勝てば幕府に話を通そう」
「ありがとう御座います」
二人は信虎に頭を下げてから屋敷を出ていった。信虎はもしも本当に上手く行けばと思い準備を始めるのだった。
それから十数日後。
甲斐
「三河の松平は今川に勝ったか...」
三河の反乱の鎮圧に向かった今川軍は敗北し松平軍に勢いを付けさせる結果になってしまっていた。
「はい。数に劣るも三河勢の勢いは凄まじく、今川家は井伊直盛等多くの将と兵を失ったとのことにございます。しかし、庵原、蒲原、朝比奈、岡部の四名は健在です」
小山田信有は三河での戦の結果を報告した。両職になって、信玄が隠居させられた後の三ツ者を管理していた為である。そして今回の松平討伐に武田は呼ばれなかった。
「ここは我らも今川に加勢し裏切った松平を破るべきだ。小山田、今川に使いを出せ!」
「いや、まだじゃ。信龍、例の件はどうなっておる?」
義信は直ぐに参加すべしと言ったが父である信玄に待ったをかけられた。
「順調に進んでおります。三河の一向衆を通しておりますのでこちらにまで繋がることはないです」
信玄は信龍に命じていたことが上手く進んでいることに笑みを浮かべた。
この事を知っているのは、信玄、信繁、信廉、信龍、勘助、高坂、小山田と二人が会いに行った信虎の八名だけだった。
「父上、何かされたのですか?」
何も知らない義信や虎昌等は信玄の方を見た。
信玄は全てを話したのだった。
三河の一向衆を通じて松平に金を回して支援していることを。
信玄は密かに義兄弟の顕如を通じて一向衆の力を借りようとしたのだった。
その目論見は信龍のお陰で上手く進んだのだが予定外が起きた。
桶狭間の戦いで義元が死んだことだ。
信玄は好機と思いすぐに信龍に秘密裏に三河の松平を支援するよう指示をした。
全ては更に領地を手に入れ独立する為だった。
しかしその為には三河の松平が統一してくれなければそれだけの条件を出すことはできなかった。その為支援するように指示したのだ。
そして追放した父、信虎に松平と今川へ仲裁するよう幕府への働きかけをしてもらった。松平が今川へ戻ると言う屈辱的な内容だ。絶対に松平が断るのは分かるので降伏と言う逃げ道を失くすためにしたのだった。
「父上は大恩ある今川家を裏切るのですか! 何故、我らがまだ生きておれるかお忘れか!!」
これには当主の義信は怒鳴った。今川を裏切ることになるからだ。そして、義元と雪斎のお陰で今の自分達があったからだ。
「全ては領地を..海を手に入れる為だ」
信玄は言うと義信は怒鳴ったが義信に味方する者は少なかった。虎昌は理解は出来ても義信を説得させるだけの理由を説明できず顔を歪めた。
「まもなく、機は熟します。義信様、全てはこの武田家の為にございます」
勘助はそう言うがまだ若い義信には理解できなかった。
「この事は一切他言を許さぬ。漏れた際には己が命で支払うことになると心得よ」
「「ははぁ!」」
義信以外は全員頭を下げるのであった。
義信は不満ながらも全員が父信玄に頭を下げたのを見て黙するしかなかった。
それからしばらくして松平は幕府からの仲裁を拒否し織田と松平が同盟したと知らせが入るのだった。
誰も信玄と勘助の手の平の上で踊らされているとは露とも思っていなかった。
そして、義照もこの企みを知ることはできなかった。
義照は間者を追加で多く送り監視をしているが、追加で送った間者が信玄と影武者(信廉)に惑わされているとは露程にも思っていなかった。




