80、木曽谷城の会見
永禄四年(1561年)九月
木曽谷城城門
「長井殿、ようこそお越し下された。我ら木曽の者はあの時の恩は忘れてはおりませぬ..。それはそうと何故兵が多いので?」
城門で待っていた木曽義康、木曽義昌親子は先頭に居た長井道利を迎え入れた。
長井は以前、甲相駿三国連合の今川家の襲来の時に義龍と共に援軍に来ていたのだった。この時木曽と連絡を取り合ったのも長井だった。
「木曽殿、御元気そうで何よりにござるな。兵の数に関しては申し訳ない。・・・我が主(龍興)が聞き入れず...。村上義照様に会って御詫びしたい」
そう言って長井は主である龍興を待っていた。
しばらくすると派手な格好をした二人がやって来た。
当主斎藤龍興と斎藤飛騨守だ。
義龍と直接会っている義康は目を疑った。本当に義龍の子供なのかと思ったのだ。
義康は一応確認をしてから代表者達を中に入れた。そして外にいた斎藤家の兵を即座に包囲し、鉄砲の筒先を向けた。鉄砲を向けられた斎藤勢は驚き騒ぎだした。
城の中に入った五人も外の様子を見て驚愕した。
「木曽殿!謀られたのか!!!」
長井の叫び声と共に三人は即座に太刀を抜き、義康親子を守ろうと護衛についていた木曽兵も槍を向けた。
「義照殿の命だ!兵は三千!と通達してきたが何故二千も多く連れて来た!最早、斎藤家は約定すら守れぬのか!」
義康の問いに長井は顔を歪めた。義康の言うことはもっともだからだ。
「だが、安心されよ。今のところ義照殿は約束通り面会はされるそうだ。生きて帰れるかはそちらの御仁(龍興)次第だがな」
義康はそう言うと兵達を退かせ城内の案内を続けた。
斎藤側ももう引き返すことは出来ないので黙って付いていく。
俺(義照)は目をつぶり上座で龍興一向を待っている。
今回の会見に列席するのは双方五人ずつとし俺の方は、真田幸隆、鵜飼孫六、斎藤道三、上泉秀綱とした。
一応、帯刀を許しているが俺はわざと脇差しのみにした。相手の出方を見てみたかったからだ。
待っていると舅殿(義康)が斎藤側を案内してやって来た。
見た事無い顔は二人だけだ。
入ってきた五人のうち三人は目が飛び出るくらい驚いていた。まぁ、俺の隣には蝮(道三)がいるしな。
「さ、斎藤龍興にございます」
「村上義照だ。まぁ言いたいことは色々あるから座れ。お主は俺の家臣を知らないだろうから先に紹介しよう」
怯える龍興に参加した家臣を紹介をした。
一応知っているが龍興も怯えながら紹介してきた。
今回斎藤方で来ているのは、斎藤龍興、稲葉良通、長井道利、日根野弘就、斎藤飛騨守だった。
龍興の両脇に斎藤飛騨守と長井が座っていた。後の二人は後ろだ。
「さて、龍興。俺は其方の亡き父、義龍と互いに認め合い、競い合い協力し同盟もした。互いに当主となり守るべき物もあったが唯一無二の盟友だった。しかし、其方とは何も無い。急とは言え家督を継いで、一年経ったが葬儀以降連絡を取り合う事も無く、美濃をまとめきれておらん。同盟の確認の為とこの場を用意してやったが同盟は無くなった。なんせ、三千を連れて来ると言いながら五千も連れて来た。今の斎藤家は約定を交わしても守るつもりが無いようだしな」
「「なっ!!」」
俺が言うと龍興と斎藤飛騨守は驚いた。今も同盟が続いていると思っていたからだろう。こいつ頭イカれてるのか?
後ろの二人(稲葉、日根野)はそんなこと分かりきっているのでずっと周りを警戒していた。
そして長井は龍興の前に出て伏して頭を下げた。
「此度の兵の一件誠に申し訳ありません!全ては某が至らなかった故に御座います!」
長井は必死に弁明してきたが、原因の二人(龍興、飛騨守)は黙ったままだった。斎藤飛騨守は知らん顔、龍興なんかおろおろしているだけだ。
兵が多い訳は斎藤飛騨守が龍興に噂では村上で龍興を始末しようとしている、予定より多くの兵を連れていかねば危ない、等と讒言し龍興は重臣達を無視して勝手に兵士を増やしたのだった。
呆れる。ホントに義龍の息子なのかと思う。
「龍興、此度の件の詫びとして俺に美濃を半分譲ると言うなら改めて同盟をしてやろう。どうする?」
「「なっ!」」
弁明を続ける長井を無視して言うと、龍興と隣の斎藤飛騨守はまた驚いていた。
長井と他の重臣二人は義照が龍興を試しているのではと思い口を閉じた。過去にほぼ同じ事をした人物が目の前に居たからだ。
そう、道三が正徳寺の会見の際に信長に対してやったことだった。
(まぁ、道三よりは優しいぞ。一国ではなく半国だしな!裏切ってるんだからホントなら美濃一国でも釣り合わん)
「同盟の対価に美濃を半分寄越せとは!村上様はふざけておいでですか!!」
龍興ではなく、斎藤飛騨守が口を出してきた。やはりこいつは糞だ。兵士の件も美濃が荒れているのもこいつのせいだからだ。
「おい、俺は斎藤家当主に聞いてるのだ・・・。侫臣の鑑は黙っておれ!!!」
「なっ!だ、誰が侫臣だ!!」
俺が言うと斎藤飛騨守は顔を真っ赤にして刀に手を掛け叫んだが、長井が怒鳴りあげた。
「当主同士の会談ぞ!!邪魔をするでないわ!!村上様、大変御無礼をいたしました..」
長井はそう言うとまた伏して頭を下げた。後ろの稲葉は震えながら必死に笑いを堪えていたが顔がニヤケていた。斎藤飛騨守のことを侫臣の鑑と言ったことが受けたのだろう。
「さて、邪魔が入ったが答えを聞こうか?」
俺が言うと黙っていた龍興が何か言いたそうにしながら口をパクパクしていた。
「殿、お考えをはっきり言われませ..」
長井は龍興の耳元で囁く。
「み、美濃は父上から受け継いだもの。渡すことは出来ませぬ...」
龍興は蚊が鳴くような声で答えた。と言っても更に小さくなっていき後半はよく聞こえなかった。
「ほぉ~。では、同盟は必要無く詫びる気も無いと?...あぁ~。もしこの話を受けなかったらこの場で殺されると思っておるなら心配はいらん。友(義龍)の子を騙し討ちすることはせん。お主達や連れてきた兵士達が我が領民達に手を出さねばな...。まぁ、其方が美濃に戻った後はどうなるか知らんがな」
「そ、それは...」
俺が脅迫するとまた黙ってしまった。まだ十四歳だがこの戦国の世で当主となった以上しっかりして貰わなければ困る。
せめて頭下げて詫びてから、「同盟しなくても美濃は自分達で守り抜きます!」くらいは言って欲しかった。それなら執行猶予として三年くらいは美濃に手を出さないでやるのに。
・・・人のことは言えないが....。
(はぁ~義龍、ホント何故こうも早く死んだんだ...)
「お、恐れながら、村上様は一度亡き殿(義龍)がお家の危機を救われたのをお忘れに御座いましょうか?」
後ろにいた日根野が聞いてきたが勿論忘れたことはなかった。
「忘れる訳がなかろう。特にこの地(木曽谷)に住む者達はな。日根野、同盟が切れたとしても一度だけは必ず援軍を出すので安心されよ。まぁ、その後は敵同士だがな」
俺が言うと長井と日根野は何故か安堵していた。
(おいおい、そこまで美濃は危ないのか)
「・・・そもそも、お主らだけで信長から守れると思っておるのか?あれはワシが認めた男ぞ」
ずっと黙っていた道三が口を開いた。
「勿論です、道三様。美濃には難攻不落の稲葉山城があります。稲葉山城がある限り斎藤家は滅ぶことはありません!!」
自信満々に斎藤飛騨守が言った。正直、こいつを今すぐぶち殺したくなっていた。
そして、こいつがいる限り斎藤家は間違いなく滅ぶと思った。
何故なら龍興はおどおどしながら何も言わず長井と斎藤飛騨守を交互に見ていたからだ。
(義龍、何故こんな奴を龍興に付けたんだ...)
「・・・義照。もし稲葉山城が包囲されるようならお主に美濃半国くれてやる。その代わり稲葉山城から西半分は信長にくれてやってくれ」
道三の発言に広間は静まり返った。
「・・・よろしいので?俺としては信長が美濃を制圧した直後を攻めるつもりでしたが?」
「構わん。稲葉山が包囲される頃には此奴(龍興)に味方する者などおらんだろう。それなら御主(義照)と信長に美濃をやり、利治が斎藤家を継げばよい」
俺が確認すると、道三が自身の考えを告げた。
「道三様!それは我らに織田へ降れと申されるのですか!!」
「道三様は龍興様を見捨てられるのですか!」
稲葉と長井は大声を上げた。
それはそうだ。当主がいるのに美濃を織田と村上に渡すと言ったからだ。
そして、稲葉からしたら西美濃勢は信長に従えと言われたのと同じだから大声を上げた。
「黙れ!!!操り人形(龍興)にワシ等がまとめた美濃を任せることなどできるか!!何故このような下郎(斎藤飛騨守)に好き勝手させている!!貴様らは揃いも揃って何をしている!道利!お主が居りながら何故こいつ(斎藤飛騨守)を始末せぬのか!!」
道三の怒声が城中に響く。道三の気持ちも分からなくはない。稲葉や長井等重臣は揃っているのに、斎藤飛騨守1人に好き勝手にされているのは我慢できないだろう。てか、何故こいつがこうも好き勝手出来るかが分からん。
(しかし、ワシ等か...。あいつ(義龍)のことを認めてたんだな)
「さて、道三殿には許可を頂けたが龍興は如何か?何も無いならこれで終わるが?」
「え、あ、そ...」
もごもごと言っているが何と言っているかやはり全く聞き取れなかった。
「長井、龍興は何も言われないので我らは稲葉山城が信長に包囲されたら美濃を奪いに参ります。また、援軍が必要なら一度は必ず出陣しますので御安心を。寿郎屋の配下は伝兵衛を除いて撤収させます。伝兵衛は繋ぎとして残し普段はいつも通り店主として働いて貰いますので何かあれば伝兵衛にお伝え下さい。それでよろしいか?」
俺が言うと長井は龍興の方を見た。龍興は何か言いたそうにしているが言えないのを見て長井は一旦目を閉じた。そして、次に斎藤飛騨守を見る。飛騨守は顔を真っ赤にし刀に手を掛けているが、目の前に剣聖として他国にまで名を轟かせている秀綱が居たため抜くことが出来なかった。その様子を見て全てこいつのせいでと思い口を開いた。
「・・・分かりました。また改めて同盟するために交渉は続けたいと思いますが御許しを頂けるでしょうか?」
長井が聞いてきたのでそれくらいは認めることにした。まぁ、もう結ぶことは無いだろう。
その後、美濃勢は大人しく帰っていった。
斎藤勢を包囲していた景持と孫六の配下が戻ってきて孫六に何か報告していた。なので景持に聞いたら織田の忍びが斎藤軍に紛れ込んでいたそうだ。排除するか聞いてきたので、領地に残っていたら処理するよう指示を出した。一応斎藤軍の兵士として来ていたからだ。素直に出ていけば手を出さなかった。
「殿、援軍の件とあの者達(斎藤家)をこの場で始末しなくてよかったのですか?」
孫六が聞いてきた。他の者達も同じように思っていたのか俺の返答を待っていた。
「援軍の件は大きな借りがあるからな。武田との決戦の時、義龍が来てくれなかったらここは滅び、俺達も生きていられたか分からなかった。それと今回生かして帰したのはあいつ(義龍)の息子だったからだ。・・まぁ、甘いだろうけどな」
「全くだ。ワシなら孫とはいえあのような愚か者は直ぐに始末しておるわ。お主は甘過ぎるぞ」
俺が言うと隣にいた道三が言ってきた。自分でも甘いのは分かっている。
「ハハハ..。自分でも分かってます。それに龍興を見逃すのも今回限りです。義龍には悪いですが援軍を送った後は容赦なく美濃に攻め込みます。それに信長が俺の領地に手を出すなら、滅ぼして道三殿や義元殿、それに義龍が欲しがった尾張を手に入れます」
此度の美濃との会見はすぐに広まった。
斎藤軍に紛れていた織田の忍が広めたからだ。内容は村上家と同盟が切れたことだけだが美濃の国衆には大きな衝撃だったようだ。
また、斎藤飛騨守のせいで同盟が決裂したとか、道三は美濃を織田と村上に譲ると明言したとか噂が流れ出したのだった。
これにより、斎藤飛騨守を重用している龍興は周りから更に冷ややかな目で見られだし、家臣達の心も更に離れていくことになった。戻った時点で斎藤飛騨守に責任を取らせ処理していれば情勢は変わっていたかもしれない。だがそうはしなかった。
そして嫌気がさした龍興は次第に酒と女に溺れて行くことになるのだった。
名指しで侫臣の鑑とまで言われた斎藤飛騨守は侮辱されたことに怒りが収まらず、義照を暗殺する計画まで考え出したが、長井によって先に釘を刺され動くことが出来ず、情報を手に入れた伝兵衛達が独断で脅迫し完全に諦めるのだった。




