79、道三
永禄四年(1561年)六月
斎藤家から会見の申し出を受けると連絡が来た。
斎藤飛騨守は猛反発したそうだが、長井を始め斎藤六将全員が龍興に迫ったようだ。
「会見を受けなければ村上家は敵になり、瞬く間に美濃を奪われる」
と言ったら龍興は了承したそうだ。
それとは別件で光秀が来ていた。用件は道三に会いたいからというので認めた。
しかし、この時光秀が織田と繋がっていたとは思いもしなかった。
時を遡り
永禄四年(1561年)四月
明智城
「何?帰蝶様から?」
光秀の元に帰蝶から密使が来ていた。
密使は書状を渡し、帰蝶からの言付けを述べた。
書状には、帰蝶が道三と連絡を取りたいが村上家によって全て断られるので間に入ってほしいと言うものだった。それと、龍興の噂を聞いているので織田に寝返らないかと誘いもあるのだった。
「斎藤家を裏切ることは出来ないが、繋ぎならしようと伝えてくれ。ただし、道三様に渡す書状は全て確認させて貰うとも伝えてくれ」
「かしこまりました」
密使はそう言うと帰っていき、月日が変わってから二通の書状を持ってきた。
一つは道三に宛てたもの、もう一つは光秀に宛てたものだった。
まず、自分に来た書状を読んだ。そこには単純に繋ぎになってくれる御礼が書いてあるだけだった。
次に道三に宛てたものには、現状と直接会いたいと言うことが書かれた書状と扇子が一つだった。これくらいなら問題ないと光秀は判断し受け取った。
道三屋敷
「十兵衛か..。久しいな」
道三は年を取り老けていた。昔は槍や鉄砲を持っていたが、今では縁側で杖を付いて庭を眺めていた
「はっ、道三様もお変わりなく安堵いたしました」
「それで、稲葉に続きそちが来るとは何事か?」
光秀は道三から稲葉良通が来ていたと知らされ驚いた。そんな話は聞いていなかったからだ。
「え、あ、はっ!実は帰蝶様から村上家は織田からの使者は突っぱねるので代わりに書状と贈り物を届けて欲しいと頼まれましたので持ってきました。申し訳ありませんが中身は確認させて頂いております」
そう言ってから光秀は道三に書状と扇子を渡した。
道三は書状を読んだ後、扇子を開いて見て少し考えていた。しばらく考えた道三はニヤリと微笑むのだった。
「十兵衛、お主帰蝶に利用されたのぉ。やはり、ワシの娘は蝮の子じゃ」
「はぁ?どういうことにございますか?」
十兵衛には分からなかった。書状の内容は別におかしいところは無く、扇子の方も絵柄が麒麟と蛇と龍で裏表の絵が違うくらいで問題など無かったからだ。
「帰蝶に伝えよ。ワシは信長を認めておる。好きにせよとな。それと書状を書く。渡しておけ。」
そう言うと道三は書状を書き出した。光秀は内容を確認しようとしたが道三に阻まれ見れなかった。
「..光秀、美濃は婿殿(信長)か義照の手に落ちるだろう。お主も先のことを考えておけ。・・・そうじゃ、伝言を頼めるか?」
「はぁ、誰にございますか?」
光秀は帰蝶か信長にかと思ったが予想外の人物にだった。
「光安(光秀叔父)と重元(竹中)にだ。今まで世話になった。斎藤家は終わる故、好きに生きよとな」
「・・・畏まりました。叔父上達に伝えておきます」
光秀はそう言うと道三の屋敷を後にした。
一人残った道三は帰蝶から送られた扇子を開いて眺めた。
「全く、こんな絵を書いて送ってくるとは...。帰蝶ではないな..。婿殿の考えか?まぁ、いい。あの時の話を知っているのは三人しかおらぬしな」
道三は笑みを浮かべ、あの茶室での会話を思い出すのだった。
永禄四年(1561年)八月
上田城
「そうか。三河は割れ、斎藤家は尾張の拠点を失ったか...」
俺が聞くと陽炎衆の多羅尾光俊と望月出雲守の二人が続けて報告をした。
「はっ、三河は松平元康が今川から離反。西三河の国衆を取り纏め今川側に組する国衆に攻め込みました。それに対して今川は兵を集めているところにございます」
「尾張の織田は犬山城に奇襲し斎藤家の援軍が到着する前に落城させました。城主、日比野清実殿は討死いたしました」
松平はほぼ史実通り今川から独立したようだ。しかし、景虎の関東征伐が無い今川はこの反乱に対して軍を集めているそうだ。しかし、桶狭間の影響のためどれくらい集まるか不明である。
(しかし松平は何でこの状況で今川を裏切るかな?何を考えてるんだ?全く意味が分からん)
織田はやっと犬山城を取り返したようだ。重臣日比野が討たれたとなると美濃は更に混乱するかもしれないと思った。
「予定では龍興は来月には来るはずだ。下手をすれば龍興は全てを失うかもしれぬな...。二人ともそのまま監視を強めてくれ」
「ははぁ..」
二人を下がらせて俺は政務へと戻った。
その頃尾張では..。
「ようやくか!!竹千代(松平元康)め!待たせよって!松平と同盟する。すぐに使者を出せ」
信長は東側を抑えるために元康と同盟する使者を送った
「殿、美濃の調略ですが、やはり織田に付くと言う者は殆どおりません。しかし、龍興と国衆の亀裂は大きくなっております。このまま続ければ寝返る者も出てくるかと..」
「それに関しては既に手を打っておる。もうじき美濃は更に混乱するであろう」
信長はニヤリと微笑んだ。信長の机の上には道三からの書状が置かれていたのだった。
それから数日後。
美濃は大混乱になっていた。
稲葉山城
「すぐにその噂の出所を調べろ!!それと、箝口令を出せ!」
長井は犬山城が落ちてから美濃に広まり出したある噂を消すのに必死だった。
噂とは、
義龍亡き美濃は信長に譲る。美濃の国衆は信長に従えと道三が信長に書状を渡した
と言うものだった。
世に言う美濃国譲り状である。
「ふざけるな!美濃の主は龍興様ぞ!」
斎藤飛騨守は辺り構わず暴れた。
と言うのも、傀儡である龍興が当主である間は自分が好き勝手できるからだ。
「村上が裏切ったに違いない...。そうじゃ!村上が織田と通じたのじゃ!」
斎藤飛騨守はそう叫ぶと龍興の元に向かうのだった。
この噂はすぐに美濃中に広がった。美濃の国衆の中にはこの噂を信じる者も少なくなかった。と言うのも、これまでの龍興の様子を見て斎藤飛騨守の傀儡になっているので見捨てられたのだと思われていたのだ。
永禄四年(1561年)九月
木曽谷城
「そうか。長野殿は決断してくれたか」
「はっ。幾つか条件が付きましたが臣従することに御納得して頂けました」
俺は龍興を待つ間に幸隆から上野の長野殿の調略結果を報告してくれた。
長野殿からの条件は以下の通りだった
1、業盛に正室として義照の長女を嫁がせること
2、婚姻には歳が離れているため、長女は婚姻まで箕輪城で預かること
3、業盛を重臣とし、西上野を任せること
4、北条に西上野を決して渡さないこと
5、上野を取り返すこと
だった。
長野殿は既に高齢で床に伏せっており、それ程長くは保たないそうだ。前回も無理をして戦に出たようだ。
条件は親としては辛い内容だがこの時代そんな事なんて言ってられないので承諾したのだった。
「殿、某に東上野と沼田城の調略の御許しを頂きたく御願い申し上げます」
珍しく幸隆が願い出てきた。
俺は許したが何故、長尾方の沼田城が入っているか聞いたら裏で既に北条側に寝返り長尾家の情報を流していると言うことだった。
俺は陽炎衆を使っていいから証拠を抑えてから攻略するよう命じた。
承諾した幸隆は会見が終わったらすぐに長野殿の元へ行くことにしたのだった。
幸隆と話している内に斎藤家が五千の兵を率いてやって来たと報告が来た。
俺はそれを聞いて呆気に取られた。何故なら斎藤家から三千と言っていたのに二千も多く連れてきて約定を破っているからだ。
まぁ、陽炎衆の諜報に引っ掛かっていたからこちらも近く軍を連れてきて潜ませている。
「景持、兵の召集をかけろ。それと潜ませておる兵達に斎藤勢を取り囲ませ、鉄砲の火縄をつけて待機させろ。反抗するなら撃ってよい...」
「承知...。木曾殿にも伝えます」
景持は返事をするとすぐさま出ていった。兵の召集は一刻あれば二千~三千は集まれるよう訓練しており、潜ませている兵と合わせれば斎藤勢の殲滅は容易かった。
「殿、城に入った所を始末しますか?」
「いや、言い訳くらいは聞いてやろう。同盟しているとは言え、自国から離れている所に来たからな。もし、それまで兵が一人でも何か起こせば皆殺しだ」
幸隆の質問に答えた。
(報告を聞いた時は冗談かと思ったらホントに破るなんてな...。もし、龍興が連れてきた兵士が民への暴行でも起こせば即座に同盟は白紙。一兵たりとも信濃から生きて帰さん...。義龍、その時は息子(龍興)を怨めよ..)
義照は目をつぶり龍興一行を待つのだった。




