68、疫病神来たれり
弘治二年(1556年)四月
上田城
「急いで準備を終わらせろ!もうじきいらっしゃるぞ!!」
「申し上げます。大殿(義清)がご到着されました」
「父上の対応は昌祐に任せろ!」
俺はどんどん指示をしていき来客に備えて準備を進める。事の発端は十日前、甲賀の忍からの使者だった。
十日前(三月末)
「・・・は?今・・何と申した?」
「はっ。甲賀忍及びその一族約三千名と上様(将軍)御一行が十日後に到着予定です」
俺は開いた口が塞がらなかった。
甲賀忍とその一族は分かるし準備もしていた。その後、上様一行がと言ってきたので冗談だろって思った。
「こちらが六角義賢様からの書状に御座います」
俺は直ぐに書状を改めた。
書状には義輝が祖の尊氏公にならい他国を周り、直接味方を集めたいと言いだし、丁度甲賀忍を大量に引き抜いた糞野郎(義照)が居たので甲賀の者達に護衛をさせて向かわせたとあった。
ようは、将軍がうるさく邪魔になったので押し付け、ついでに、引き抜いたことに対する嫌がらせをしてきたと言うことだ。たぶん、細川晴元を朝敵にしたことも原因の一つだろう。確か、妹?が晴元の妻になっていた。
「おのれ!六角めぇぇぇぇぇぇぇぇ~!!!!」
俺の叫びは城中に響くのだった。
「申し上げます。先頭が見えて参りました」
ほぼ準備が終わりかけた時に先頭がやって来た。
居たのは望月殿達だった。
「義照様、御久しゅう御座います。望月出雲守、及び甲賀忍軍、義照様に忠誠をお誓い致します」
望月が代表して挨拶すると一緒に来ていた者達も頭を下げた。
「こちらこそ頼むぞ。領地は孫六に聞くが良い。悪いが今は二ヵ所に分かれてもらう。落ち着けば一つに戻ってもらうつもりだ。・・・・それで、疫病が…上様(義輝)はどちらに?」
俺が言うと、望月は苦笑いしてから答え、丁度中央にいると言い、先に代表の自分達がやって来たと言った。
俺は孫六に指示をし、望月達を陽炎衆に案内させるのだった。
望月達が来てからしばらくすると立派な輿に乗ってやって来た。
俺達は頭を下げて迎え入れた。
「義照、約束通り来てやったぞ!!」
義輝は意気揚々と輿から降りて言ってきた。義輝の後ろで三淵殿が手ですまぬとジェスチャーしていた。恐らく止められなかったからだろう。
「上様におかれましては御健勝の程お喜び申し上げます。急なこと故、仮では御座いますが屋敷を準備しております。どうぞこちらへ」
(ふざけるな!この疫病神!!マジで帰れ!これ以上面倒ごとを持ち込むな!!)
俺はそう言いたかったが、心の中で叫んで、義輝と幕臣達を案内した。
義輝は少し不服そうだったが付いてきた。
屋敷に案内すると、父上達が下座で待っていた。
義輝と幕臣が上座に座って父が口上を述べる。
「忠勤感謝する。当面ここにおるゆえ皆、宜しく頼むぞ!義照、分かっておろうな?」
「はい。お約束ですので御指南させていただきます...」
体術を教える約束をしていたのでするしかなかった。前金として大般若長光と不動国行の二振りも貰ってるし...。チクショウ...。
その後、宴が行われた。見たこともない料理ばかりだからか義輝を含めて幕臣達は驚きの連続のようだ。
それに神水酒も振る舞ったのだった。
俺は宴を抜け出して部屋に戻った。そして師とその主に当てて書状を書いた。それを足の早い陽炎衆に持って行かせるのだった。
(さっさとこの国を出て行って貰わねば!三好討伐を手伝えなんて言われたらたまったもんではない!)
夜も更け、俺は明日からの予定を考えながらも眠ることにした。
そして将軍が俺のいる上田城に来たことは直ぐに広まった。それは周辺諸国に大きく影響した。
駿河今川館
「それは間違いないのだな!」
「はっ!上様は上田城の城下の仮御所にいらっしゃいます!」
義元は近くに将軍が来たことが好機と思った。
上手く駿河に来て貰えれば上洛する為の旗頭として大義名分を得られるからだ。
しかも婚儀の為に娘と使者を送る予定だったので丁度良かった。
「庵原を呼べ!!何としても上様に駿河に来てもらうのだ!」
義元は直ぐに村上との交渉を任せた庵原を呼び出し指示をした。勿論、大量の手土産を持たせるのを忘れなかった。
越後 春日山城
「上様が信濃にいるのは間違いないか?」
「はっ!村上義照の居城上田城にいらっしゃるとのことに御座います」
景虎は一時出奔していたが家臣達が連署状を出して忠誠を誓ったので戻っていた。また、今回の土地争いを受けて越中に出陣する準備をしていた。
「出陣は一時取り止める。急ぎ信濃に向かうぞ!」
景虎はそう言うと直ぐに準備を始めた。
相模 小田原城
小田原城の広間では氏康と長綱、重臣達が将軍が来たことについて話をしていた。
「では、やはり将軍が居るのは間違いないと言うことか...」
「さて、如何するものか?ここは将軍家に使者を出し、関東の領有を認めさせるのも一つの手であるが・・・」
「殿、足利義氏を古河公方に認めさせることが出来れば、我らが関東管領を名乗ることができるのではありませんか?」
北条としては関東を治める大義名分が欲しかった。特に関東管領は憲政の子、上杉龍政が生きているので何とかして管領職を奪いたかった。
「まずは、敵対している村上と幕府に使者を出すしかないな。それからこちらの要望を出すとしよう。将軍に贈り物を送るといえば村上も無視することは出来まい」
氏康は使者と貢ぎ物を用意することにした。
それに合わせて、長野と戦をしている為、和睦交渉が出来ず敵対している村上家に通過の許可をもらう交渉を始めるのだった。
弘治二年(1556年)五月
疫病神(義輝)が来てから俺の一日は変わった。
午前中は死ぬ気で政務に取り掛かり、午後から二刻(約四時間)は怨みを込めて義輝の指導、半刻(約一時間)、義輝の剣術の練習相手と午後は全て義輝に奪われた。
全く、甲斐を立て直さないといけないのに無駄に時間を奪われる。その為、甲斐は計画だけは作り、後は家臣に任せている。
おまけに付いて来た幕臣達の一部は民に手を出したり、飯屋の料金を踏み倒そうとしたりと問題を起こしてくれる。
容赦なく始末しようとしたが三淵達や義輝に止められ、命だけは取らなかった。
なので、問題を起こした奴らには病になって貰った。陽炎衆達の実戦練習にはもってこいだ。
義輝自身の暴走もホント困る!なんせ、義元の娘、福と俺の婚儀の宴にも勝手に参加して来たからだ。もう疲れる。
福は病弱だったので無理させず、手短に終わらせて休ませている。
(あの時義元がいなくて良かった。居たら更に面倒になってただろう...)
ただ、疫病神(義輝)が来たことでいいことも一つ…一つ!だけあった。
師匠(塚原卜伝)が付いてきていたのだ。しかも、俺が将軍を相手している間家臣を鍛えてくれると言ってくれた。お陰で家臣達の剣術が格段に上がる。なんたって剣聖二人から剣術を学べるからだ。
ちなみに、剣聖(卜伝)対剣聖(秀綱)が御前試合をしたが、次元が違った。
無駄に動く事無く正に達人同士の戦いで勝敗も紙一重だった。
結果で言えば、卜伝が一之太刀で勝利した。
それと、馬鹿兄が槍で師匠(卜伝)に挑んだが及ばず負けていた。何故兄は勝てると思ったのだろう…。だが、師匠(卜伝)が馬鹿兄の腕前を高く評価していた。師匠が戦ってきた中で五本の指に入るくらいの強さだと言ったのだ。
脳筋も極めれば恐るべし・・・。
義輝の相手だが四日に一日程休日を作った。
じゃないと保たない。というか政務がおろそかになっていた。
今日はその休日だ。
で、今何をしていると言うと...大黒屋で大黒屋勘兵衛として男が持ってきた書状を読んでいた。
「そうか…。織田様に仕えるようになったか..」
「はい!推挙までして下さったのに申し訳ありません!」
藤吉郎はそう言うと頭を下げた。
てか、信長も秀吉も俺(勘兵衛)と義照が同一人物と言うことをまだ知らないようだ。何故なら、わざわざ勘兵衛宛と義照宛に書状を二通も持ってきているからだ。
「まぁ、縁が無かったと言うことか…。さて、書状の件だけど無理だな。理由は分かっておろう?」
俺が言うと顔を渋めた。やはり、分かっていたようだ。
「斎藤家と織田家が手切れになり、斎藤家の仲立ちで今川と同盟を結んだと...」
藤吉郎が聞くと俺は頷いた。
すると藤吉郎は青ざめていた。まぁ、敵対しておる国と同盟を結んでいる者の領地にいればそうなるだろう。
「義照様と義龍様の仲は良く、互いに切磋琢磨し友と呼び合い認めあっておられる。実際良く書状でやり取りされておられる。それに今川家から側室が入った以上今川を攻めるなど無理であろう」
これは本当のことだ。義龍とは良く、相談し合い協力できることはやっている。美濃にいる間は共に酒を酌み交わして父に対する不満や愚痴をこぼす間柄でもある。
「では、織田家との同盟等は...」
「まず無理というか不可能だな…。織田様の書状には協力してくれるよう頼まれておるが、織田との利益も無く、義照様と義龍様の結束が固いし、今川もおるしの。藤吉郎も織田の家臣になるなら早くこの国を出た方がいい。孫六様の忍は敵には容赦ないからな。一応、村上様(義照)への手紙は預かろう。後で渡しておく」
「そうですか…。分かりました。それでは急ぎ殿の元に戻ります。またご協力をお願いすると思いますが宜しくお願い致します」
藤吉郎は頭を下げて出ていこうとしたので、呼び止めた。
「日吉、ちょいと待ちなさい」
ついつい日吉と言ってしまったが藤吉郎は止まって何事か聞いてきた。
俺は部屋に置いておいた小さい箱を開いて確認してから藤吉郎に渡した。
「以前渡そうと思っておったが急に帰ったから渡せなかったからな。これはお前さんがここで働いた分の給金や。大事に使いな」
「え?あ、ありがとうございます。それでは失礼します」
藤吉郎は驚きつつも受け取って帰っていった。
「・・・殿、良かったのですか?今からでも始末できますが?」
「今はいい。吉兵衛、お主も彼奴の凄さを分かっておろう。出来ればあれは家臣に欲しい。だが、忍は付けておけ。もしも邪魔になれば直ぐに消す」
「畏まりました。頭(孫六)に伝えておきます」
側にいた吉兵衛は聞いてきたが良いと伝えた。正直、家臣にするのは無理だと思いつつも本当に欲しいと思った。
なので今回働いた分と出世した分を上乗せして銭を渡した。多分見たときに驚くだろう。
案の定、藤吉郎は帰りに宿泊した旅籠屋で箱を開いて仰天するのであった。
中身は金二両(八貫文、約120万円)が入っていたからだ。
また、中には「女遊びは程々に」と書かれた紙を見て見張られてるのではと周囲を慌てて見渡した。
実は帰りに少し遊ぶつもりだったが、怖くなってまっすぐ尾張に戻るのだった。




