62、戦の終わり
戦が始まり一刻半後。
「進め!!何としても義照の首を取るのだ!! 」
「武田を生かして帰すな!!かかれ!!」
武田、北条精鋭軍と義照軍では怒号が飛びあいながら激戦が続いていた。
「油断するな!!確実に仕留めていけ!!」
俺はそう指示をしながら槍を振るった。
一応雑兵程度には遅れは取ってはいない。
「殿!後方から新手です!!」
側にいた幸隆が叫び俺はその方向を向いた。
「ちっ!奇襲部隊か!」
「全軍突撃~!!村上勢を討ち取れ~」
俺達の後方から信繁軍が突撃し挟撃となった。
「...幸隆、三千を率いて後方を頼む」
「殿、それではこちらが!!」
「分かっているが挟まれたらどのみち終わりだ。頼む」
「畏まりました!!!直ぐに撃退し戻って参ります!」
幸隆はそう言うと手勢を率いて後方に向かった。
幸隆が下がったのを見たのか昌祐がやって来た。
「殿、念のため避難を...」
「昌祐、敵はどうも俺を道連れにしたいみたいだ。逃げればどこまでも追いかけてくるだろう。ましてや敵は赤備えに地黄八幡だ。あえて前に出て時間を稼ぐ..。済まんが付き合ってくれ」
「はぁ~。畏まりました。どこまでもお供致します」
昌祐はそう言うと手勢を集めだした。俺は一緒について来ている景持と直親を呼び出した。
「直親、お前は井伊に戻りたいと言っていたな。今なら俺の首を手土産に戻れるぞ。どうする?」
俺が手で首を叩いて言うと呼ばれた直親は驚き、景持はもしもの時は直ぐに始末できるように構えた。
「・・・殿、確かに私は井伊に帰りたいですが、恩がある殿にそのようなこと死んでも御免です。この戦、最後までお供致します」
「そうか。戦が終わった後、生きていたら雪斎様に掛け合ってみよう。まぁ、帰れるかは今川次第だがな」
「殿、準備が出来ましたので、何時でもご指示を」
俺が直親達と話していた間に昌祐は兵を集めて整えてくれた。
「さて、これより前線にいる昌豊達と合流し敵を討つ。首は打ち捨てにせよ!」
俺達は残りの兵を率いて前線に向かい突撃をする。
奇しくも武田本陣も移動を始めるのだった。
「義照軍に突撃し板垣と信繁達と合流し撤退する!時間が無い!駆けよ!急げ!」
晴信は先頭を駆けていた。側には勘助や小山田、近習達が付いていた。
「殿!義照軍が!あの旗印は義照です!!」
晴信は 近習が指を指した方向を見た。晴信の目に義照が前線に出てきたのが見えた。
(今なら討ち取れるのでは?だが、これ以上この地に留まれば横田達が無駄死にとなってしまう...)
晴信に迷いが生じた。そして、気が付けば馬首を変えていた。
「御館様!!」
勘助の叫びは両軍の注目を浴びるには十分だった。
「晴信がそこにいるぞー!討ち取れ~ー!!」
「御館様をお守りしろー!!」
前線にいた昌豊は直ぐに方角を示して指示した。対する板垣達は晴信を守ろうと守勢に周り、攻守が逆転した。
「御館様!!」
「板垣、このまま義照の元に突撃し刺し違えても討ち取るぞ!小山田、飯冨!其方達は信繁と共に兵を率いて撤退しろ!!」
「若(晴信)!!何を申されますか!!」
板垣は晴信の下知に驚き大声を上げた。
勘助達も晴信に合流し、退くようお願いした。
「板垣、最早義照を討ち取ったとて武田は信濃を失う。しかし、甲斐は守れる。それにこの戦の責めはワシが取らねばならない!飯冨!其方は太郎の傅役だ!直ぐに退け!後の事を頼むぞ!」
晴信はやって来た飯冨と板垣に命じた。
「若....。畏まりました..。御免!」
ドゴッ!
「ゴフッ!」
板垣は晴信の腹を思いっきり殴った。
鎧を付けているとはいえ、衝撃を吸収しきれなかった。
「い、板垣。何を、する?」
「若(晴信)の責めは傅役の某(信方)の責めにございます。勘助!生きて御館様を甲斐へお連れせよ!」
晴信は殴られた腹を押さえながら聞いた。板垣は言うことだけ言って前線に戻った。
「待て!板垣~!」
「御館様、殿が崩れました。全軍撤退!!甲斐まで退くぞ!!殿は板垣様が指揮される!!」
小山田は大声で全軍に指示を出した。村上本隊を抑えていた横田達が崩れたからだ。
晴信は勘助や近習達に無理やり連れていかれるのだった。
「逃がすな!晴信の首を取れ~!!追えー!!!」
村上本隊は横田達を全滅させ、武田本隊を追撃した。しかし・・・
「若の元へ一人たりとも向かわせん!」
板垣率いる殿が行く手を阻んだ。武田本隊は徐々に離れていき、それに会わせて地黄八幡率いる北条軍も撤退していった。
本隊が抑えられたのを見て俺は犠牲を払いながらも追撃しようとしたが信繁の軍勢に阻まれた。
「兄上の元には向かわせん!!皆奮起せよ!!」
信繁の檄で兵達は士気を上げ、守るどころか攻めてきた。両軍とも死兵と化していた。
どちらも激しい乱戦が繰り広げられ、互いに死者を増やしていった。
「義照覚悟~!!」
「うるさい!」
「がはっ!」
俺の周りにも多くの武田兵が詰め掛けた。しかも確実に殺しておかないと死ぬまで襲ってくるから気が抜けなかった。持っていた槍は折れ無手で殴り殺したり棒手裏剣等も駆使して戦った。
敵が詰めかけたのは周りにいる直親や景持も同じようだった。
その頃信繁の方も同じような状態だった。信繁は傷つきながらも耐えている。
「信繁様、ここはもう限界です。後は我等が食い止めます。撤退してください」
「何を言うか!今福、小山田!」
今福友清と小山田虎満が信繁の元にやって退くよう懇願してきた。
「信繁様。貴方様まで討ち取られたら間違いなく武田は滅びます。どうか、お退き下さい」
「信繁様、どうか、武田家を残すことを第一として下さい。今の御館様では甲斐で大規模な一揆が起こります。信虎様を追放せざるを得なかった時の様にです。何卒、甲斐の事お頼みします」
二人の懇願に信繁も頷くしかなかった。信繁は諸角と僅かな手勢を率いて撤退するのであった。
「さて、行かれたな」
「あぁ、信繁様なら家の存続を第一としてくれるだろう。信繁様には辛い決断をさせることになるだろうがな...」
二人はこの後甲斐で起こることを予感した。しかし、それよりもこの場で一刻でも稼ぐことが大事だった。
「では、最後の奉公と逝くか」
「あぁ、そうだな」
二人はそう言うと乱戦の中に戻っていき、壮絶な最期を遂げるのだった。
結局、殿の奮戦によって武田本隊を逃してしまった。
しかし、武田、北条とも多くの兵を失い、武田に至っては多くの武将も討ち取られた。
しかし、こちらも多くの兵を失い、武将達も負傷者だらけだった。
中には討ち取られた者もいるのだった。
翌日、今回の戦での味方の損害がわかった。
村上連合軍
二万八千
死者
凡そ九千
重軽傷者
一万以上
討ち死
西条義忠、塩崎、大室、井上、春日等(重傷、その後死亡した者も含める)
死者に関しては半数以上が俺の軍でやはり、奇襲と最後武田が突撃してきたことが原因だった。また、無事な者は一人もおらず全員が大なり小なり負傷したのだった。
また、後方にいた孫六達は多くの犠牲者が出た。信繁の奇襲部隊から襲撃を受けた為だ。甲賀忍軍が合流してくれたお陰で全滅は免れたが被害は甚大だった。
孫六自身も生きてはいるが深い傷を負っていた。
勘助や小山田の予想通り、義照の軍は直ぐには動ける状態ではなくなり、追撃は出来なかった。
天文二十三年(1554年)9月
上田城
今城下には多くの負傷者が療養しており、葛尾城が焼かれたので父達もここにいる。
孫六達が酷くやられたので情報集めに苦労したが、望月達や戻ってきた百地達のお陰で何とか集められた。
まず、北条は信濃から即撤退した。それと長窪城だが、信春達は生きており、何と北条勢を見事に撃退していた。
ただ、負傷者が多く動くことが出来る状態ではなかった。
次に木曾だが、義龍と義元は雪斎の仲立ちで和睦していた。ただ、今川は武田の援軍としてきていたので斎藤軍とわざと睨み合いを続けて時間を潰していたそうだ。
てっきり和睦と聞いて裏切られたのかと思ったが和睦の条件に村上家が信濃を治めることを認めるという一文を入れていたので裏切ってはいなかった。
どちらも武田の敗北を聞いて国に帰っている。
そんな中、俺は目の前の者達に対して怒髪天を突いていた。
「今さら、命を助けて欲しいだの、所領を安堵して欲しいだの、あまつさえ本人が来ずに使者を送るだけとはふざけるのも大概にせい!!!使者は全員、首を跳ねよ!!連れてけ!!」
俺の目の前に居るのは武田側に付いていた信濃の国衆達だった。
中には寝返りを約束しておきながら武田、北条、今川が七万の軍勢で攻めてきたので裏切らず、そのままこちらを攻めて来たのだ。
しかし、武田が敗北するとこぞって、「約束通り寝返りました」とやって来た。しかも代理人が。
「お、お待ち下され~」
「どうか、お助けを~」
代理人達は悲鳴を上げながら兵士達に連れていかれた。
残されたのは寝返る約束をした当主自らやって来た者達と、こちらの調略に乗らず降伏してきた者達だった。
「さて、其方達は寝返ると約束しながら、我らを攻めてきたが、言い訳があれば聞こう」
俺が言うとガタガタ震えながら大井貞清を中心に裏切った者達は必死に弁明していた。だがこちら側からしたらただの我が身可愛さの言い分にしか聞こえなかった。
ただし、当主自らやって来たので、今は!殺さず、人質を差し出し領地没収の上、隠居することで認めてやることにした。
ただ隠居後、もしかしたら不運な事故に巻き込まれたり病死するかも知れないが知ったこっちゃない。
最後に、こちらの調略に乗らず武田に従い戦って敗れ、降伏してきた国衆達だ。
と言っても、相木市兵衛、依田信守の佐久郡の者や、片切久信や下条信氏等、伊那郡の僅かしかいない。何故なら殆どが調略に乗っていたからだ。
しかし、彼らの反応は面白かった。集まっていたほぼ全員が武田を裏切る約束をしていたとは思っていなかったからだ。
「さて、我等の調略に乗らず、今まで武田に尽くして今さら降伏など、虫が良すぎないか?なぁ、相木殿?」
俺は伏して頭を下げている相木市兵衛に尋ねた。相木は佐久や小県において武田に寝返るよう勘助と共に調略していたからだ。要は史実の幸隆のようなことをしていたのだ。
「仰ることは良く分かります。ですが、全て当主である某が独断で決めた事! 何卒、我が首と領地を差し出しますので、一族の助命をお願い致します!」
相木市兵衛が言うと、他の者達も同じように懇願して頭を下げてきた。
理由は簡単、禰津元直のことがあったからだ。
俺は禰津一族に関しては族滅させると明言しており、相木達も同じ目に遭うと思っているからだと幸隆が先に説明してくれていた。全く誤解も良いところだ。
俺としては禰津と武田は族滅させるつもりだが、彼らにそのようなことをするつもりは一切なかった。逆に好感すら思えた。
周りが裏切ってる中、最後まで武田に尽くしたからだ。ただ、だからと言って許すことはしない。
この者達の処遇は話し合って既に決めている。
「正直に言おう。お前らを族滅させるつもりはない。そこにいる奴らとは違い、我等を裏切ることもしていないし、降伏してきたしな」
俺が言うと全員心底ホッとしていた。一族が助かる見込みがあるからだ。
「まず全員領地は没収、人質を差し出せ」
「ははぁ...。では、人質を差し出し、その時我等の首も差し出します」
相木が代表して言ってきた。誰も首を出せとは言っていない。
「相木、誰が首を出せと言ったか?それにまだ沙汰を言い終わってはおらぬが?」
「も、申し訳ございません!!!」
俺が言うと相木達はまた震えだした。
「人質を差し出した後、武田攻めの先陣を全員に命じる。また、功績によっては所領を安堵する」
俺が言うと相木達は全員口を開けて呆気に取られていた。
何故なら武田を裏切る約束していた国衆達は打ち首か隠居と所領没収と厳しい沙汰だったのに自分達は所領没収だが、功績次第では所領安堵と言われたからだ。
(何故だ?何故我等の沙汰に恩情があるんだ?どう考えても打ち首ではないのか?)
「相木殿、相木殿!」
はっ!
「あ、御恩情ありがたき幸せ!粉骨砕身尽くします!!」
幸隆に言われて我に返り直ぐに頭を下げた。それは他の者達も同じだった。
「相木、何故打ち首じゃないのかと思ってるだろう?幸隆に礼ぐらい言っとけ」
俺はそう言って広間から出ていった。昌祐等、重臣達もだ。
相木達は残っていた幸隆に詰め寄り詳しいことを聞いた。
幸隆が自身の功績の代わりに相木達の助命を嘆願したこと、条件として相木達が功績を上げることで認められたこと等を話した。また、義照が敵ながら裏切らず忠義を尽くしていたことを褒めていたことも話した。
相木達は幸隆に深く感謝し、直ぐに領地に戻り、数日後には人質を差し出すのだった。
相木達が降伏し、他の国衆達も村上に付いたことで武田は信濃の支配を殆ど失った。武田は諏訪以外を放棄して諏訪と甲斐新府城に兵を集めて守りを固めるのだった。
活動報告で連絡しましたが、暫く更新の頻度を下げさせて頂きます。
申し訳ありません




