61、激戦、否、虐殺
天文二十三年(1554年)8月末
上田原
村上連合本陣
「申し上げます!!武田軍と北条軍が合流しました!!」
「申し上げます!!上野の長野様が援軍を率いて参られました!」
「援軍遅くなり申し訳ない」
そう言うと長野業正が入ってきた。
本陣には主な者は全員集まっている。
「長野殿、援軍ありがとうございます。それに志賀城を救って頂きまして忝なく..」
俺は業正に頭を下げた。
業正は上野の北条軍を撃退した後、直ぐにこちらに来てくれ、道中志賀城の北条軍を撃ち破ってくれたのだった。
しかし、志賀城は負傷者が多数なのでこちらには合流できなかった。
「さて、敵はおよそ四万、こちらは二万八千、決戦を望んだがこの兵力差を如何するか...」
業正の援軍は凡そ八千、その内三千を志賀城に残しているので五千が合流している。
「義照、伊賀甲賀の者共は戻らぬのか?」
「望月殿達甲賀忍軍は戻ってきますが百地が率いる伊賀忍軍は甲斐に残ってます。もしもの時は甲斐で暴れてもらえますので」
父が聞いてきたので答える。全員を戻した方がいいが、もしもがあるので残したのだ。
「しかし、敵を誘きだすとは言え、乱取りを続けさせる方が良いのでは?」
「一応、武田が応じたので約束は守ります。ただし、乱取り以外の嫌がらせは続けております」
乱取りや虐殺は止めると約束したが嫌がらせはしないとは一言も言っていないので続けさせている。
「それに、これくらいの兵力差は別に問題ないです」
俺の発言に全員が驚いた。俺の家臣達は平然として頷いている。俺達がどれだけ武田に対して備えてきたか知っているからだ。
「では、聞かせてもらおう」
父の言葉で俺は全員に説明するのだった。
同じ頃、武田本陣でも軍議を開いていた。
「氏康殿、無理に来ていただき忝ない」
「晴信殿、村上の兵はそこまで強いのか?わざわざ、我が家臣の綱成を指名してきたが?」
氏康は内心、苛立っていた。援軍を求めてきたことは同盟しているので理解できたが、わざわざ、綱成を名指しして来たことが無礼だと思ったのだ。
「氏康様。正面から戦ったことがある某が御館様に無理を言ってお願いした故に御座います。援軍に来ていただいた者を、こちらから指名した非礼深くお詫び申し上げます」
「村上..と言うより義照の軍が異常なのです。以前小田井原の戦のおり正面からぶつかったのですが、我等と今川軍は数に劣る村上義照の軍勢に押されたのです。最終的には管領の援軍に敗北しましたが、最後まで破ることが出来ませんでした」
氏康の問いに板垣と飯冨が伏して頭を下げ説明した。
「そうか。それで、どうするつもりか?」
「某が説明します。まず、武田、北条の精鋭を集め義照に当てます。勝てればいいですが、最低押し込めればいいです。また、五千程の奇襲部隊を作り義照の後方を奇襲させます。残りの全軍で連合軍を破ります」
勘助が説明していき陣立ても話した。氏康としても納得出来るものだったので承諾する。
翌日
上田原には両連合軍が布陣した。
村上連合軍
右翼、高梨、長野、長尾軍一万
中央、村上義清、八千
左翼、村上義照軍一万
武田連合軍
右翼、飯冨虎昌、板垣信方、北条綱成、北条綱高、一万五千
中央、武田軍(晴信)一万
左翼、北条軍(氏康)一万
奇襲部隊、武田信繁、諸角虎貞五千
義照軍
「はぁ~。俺ってかなり恨まれてるのかねぇ~?飯冨の赤備えに地黄八幡とか、武田と北条の最強部隊じゃないか?」
俺は軍の先頭に来ている。側には工藤兄弟、幸隆、秀綱がいる。孫六は後方で色々準備を進めていた。正直この準備は孫六達陽炎衆にしか出来なかった。
「殿は色々有名人ですからねー。それにしても、竹束とはやはり鉄砲対策してますね...。鉄砲隊を大殿(義清)の所に回しておいて良かったです」
「まぁ、大殿は鉄砲を嫌ってますが如何に強力であるか分かってるので大丈夫でしょう」
「しかし、我等は横陣、敵は北条は横陣、中央と我等の目の前は鋒矢陣とは...滅茶苦茶ですが、武田は自ら殿達を討ち取りたいのでしょう」
工藤兄弟と幸隆は思うことを言っていた。まぁ、武田を討ち取りたいのはこっちも同じだ。
「殿、頭領より準備完了、いつでも行けますとのことです」
孫六の使いがやってきて準備が出来たと知らせが来た。空は快晴、雨の心配は一切ないのでこの戦は勝ったも同然だ。
「分かった。合図と共に全弾撃ち込め」
「殿、兵士達に何か一言掛けて下さい。皆、待ちに待った決戦ですので、殿が鼓舞すれば士気も上がるでしょう」
幸隆に言われて少し考えた後、全軍の前に出た。
「我々は長らく武田に苦しめられて来た。だが今日までだ!!敵は四万、我等は三万、しかし恐れることはない!!我等は既に勝利しているからだ!」
俺は兵士達の前を進み勝利していると宣言した。
流石に兵士達は驚いていたが顔つきは変わっていた。
「信州の武士達よ、兵達よ!!戦いは敵の血で、この地を赤く染めようぞ~!!!」
「「「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」
兵士達は地響きのような雄叫びを上げた。鼓舞した甲斐があったようだ。
それは味方に伝播し、父の本隊や奥の長尾、長野、高梨勢まで雄叫びをあげていた。
「義照は兵の士気を上げるのが上手いな」
「まぁ、殿(義清)の子ですし。それに、領民から慕われてますからね」
「それに、今まで単独で武田に勝利してます。信頼も厚いです」
本隊の義清は側にいる楽厳寺や室賀等と話をした。
「まぁ、武田との戦が終われば後を譲ることも考えるかの...」
義清はそう言うと槍を持って本陣を出た。
武田本陣
「我々は最早勝つしか生きることは出来ぬ・・・。勘助、小山田、準備は良いな?」
「はっ!」
「いつでも..」
「では、始めよ!!」
晴信の下知で法螺貝が鳴り響いた。それを合図に、武田、北条軍は突撃してきた。
「来たな...。孫六に合図を送れ!!」
俺は直ぐに指示をし銅鑼を鳴らさせた。
「殿、地黄八幡の相手はどうか我等にお任せ下さい」
秀綱がやって来たので認めた。
北条に奪われた怨みは深いのだろう。
(・・・地黄八幡と秀綱の一騎討ち見てみたいな....)
「なんだ?」
武田北条軍は異様な音が聞こえ空を見上げた。それが兵士達が見た最後の光景だった。
ドドドドドドドーン!!
ドドドドドドドーン!!
武田北条連合軍で爆発が起こった。
「なんだ!!何が起きた!!」
辺りは爆発の影響で煙に覆われていたが、煙が晴れると、悲鳴が轟いた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!」
「み、みんな死んでる!!」
「な、なんなんだ!!」
兵士とはいえ、掻き集められた民である。目の前にいた兵士が大量に死んでいる。その現実離れした光景で恐慌状態に陥るのに時間はかからなかった。
「殿!上手く行きましたな!」
「炮烙火矢は扱いは困難ですがこれ程威力を発揮するとは!!」
俺の隣にいた幸隆は驚愕し、昌祐は唖然としていた。
炮烙火矢とは言ったが実際は棒火矢で、史実の物よりも数倍大きく、扱いが難しかった。
しかも、同時発射出来るよう作られており、見た目は対潜兵器のヘッジホッグのような感じになっている。
20発同時発射は出来るが難点は大量の火薬が必要な為、物凄く金がかかり、危険なこと、重くて人力では運べないこと(元々城に設置していた)等がある。
今回は牛を使って無理やり持ってきたのだ。
放たれた炮烙火矢は敵の頭上で爆発するよう導火線で調整されており爆発すると中に入っている殺傷能力を高めた鉄屑が飛んでくる。ただ、調整が難しいのでこれを扱えるのは孫六の率いる陽炎衆だけだった。
「全軍突撃ーー!!」
「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」
父率いる本隊が全軍で突撃を始めた。
その奥では長野や長尾も突撃を始めたようだ。
「時は今ぞ!!全軍突撃~!!」
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」
俺は号令と共に突撃を始めた。
武田、北条軍の行動は対照的だった。
北条軍本隊は判断が早く先陣を殿とし撤退を始めていた。しかし、長野殿と長尾政景が先陣を切って猛追していた。
武田軍本隊は丁度前線と本陣の間に着弾した為、突撃していた先陣はそのまま義清達と乱戦に、後方は一部兵達が逃げ出していた。
そして、武田、北条連合精鋭部隊は...。
「最早我等に退路は無い!!突撃~!!!」
「我等赤備え、全員討ち取られてでも義照を道連れにするぞ!!かかれ~!!」
「こいつ(義照)を生かして撤退すれば必ず我等北条の災いとなる!!我に続け!」
「「「勝った!勝った!」」」
信方、虎昌、綱成は一斉に突撃を始めた。綱高は武田北条関わらず負傷者を確保、保護し撤退を始めた。
「我等の敵は地黄八幡だ!!上野での屈辱を晴らすぞ!!」
「「おおおおぉぉぉぉぉ!!!」」
「武田に我等の力を見せてやれ~!!」
「「おおおおおぉぉぉぉぉ!!!」」
上泉秀綱と門下生を中心とした軍は地黄八幡綱成軍へ、昌豊の率いた先陣は武田軍と激突した。
その頃武田本陣では、勘助と小山田が伏して頭を下げていた。
「御館様、申し訳ありません!!」
「あのような武器を使うとは考えもつかず申し訳ありません」
「済んだことはもうよい。それよりも、これからどうするかだ。二人の考えを聞きたい」
晴信は最早勝ち目が無いのが分かっていた。北条氏康の本隊は撤退を始め、武田本隊は前線は乱戦しているとは言え、崩壊、後方は目の前の惨劇を見て逃げ出す者が後を絶たなかった。
せめてもの救いは、武田、北条の精鋭軍が義照軍に突撃したことだった。
「この戦、負けは確実です。撤退するなら今しかありません。しかし、その場合、信濃は失い甲斐まで押し寄せてくるでしょう」
「奇襲部隊の信繁様が義照軍に突撃なされて、我等本隊が加勢すれば五分と五分で義照を討ち取れるでしょう。しかし、討ち取ったとしても我等も生きてはおりません。村上によって武田家は滅びます」
「では、二人の結論は如何なものか?」
「殿を村上義清に当て、我等本隊は義照軍に突撃、信繁様の軍と合流後撤退すべきかと」
「奇しくも勘助と同じ考えです。この戦は負けですが、北条軍がいる内に義照の軍を削るべきです。義照の軍は何時でも戦を出来る軍ですが、直ぐに替えがきく物ではありません。ここで出来るだけ被害を与えて撤退し、新府城に籠もる準備をします。冬になれば互いに動くことは出来なくなりますので。・・・信濃は放棄するしかありません」
晴信は二人の考えを聞いて目をつぶった。認めたくないがそれしかなかった。
「分かった。これより我等は義照軍に突撃し、そのまま撤退する」
「御館様、殿は我等が勤めます。そんなに持ちませんのでお早く...」
そう言うのは本陣にやって来た、多田満頼と横田高松の二人だった。二人は話を聞いていたので直ぐに自ら引き受けた。
「二人とも済まぬ...」
晴信はそう言うと二人は礼をして本陣を後にした。
「では、我等も行くか..」
晴信はそう言うと勘助と小山田を引き連れて本陣を後にするのだった。




