6、迷惑な客
天文九年(1540年)三月
去年とは違い大量の清酒が作れた。
これらはかなり高額で取引されているが意外と売れているらしい。特に守護小笠原家や関東管領上杉家が買っているそうだ。噂だといくらか武田に流れていると聞く。
攻めてこないといいけど...。
俺(義照)がそんなことを思っている頃、甲斐では佐久郡に向けて出陣の用意と共に、村上家と同盟を結ぶかどうかの話し合いがされていた。
「甘利、昨年戦った村上と手を結ぶ方が良いと申すのか?」
「はっ!村上はここ数年で一気に豊かになり強国となってきております。ここは村上と手を結び、佐久郡は我ら、小県郡は村上として同盟の結び、信濃に進攻されては如何かと存じます」
甘利が代表して信虎に進言していた。村上、諏訪と同調して攻めればそれほど多くの兵を用いなくても攻め取れると、重臣達が考えたからだ。それに、昨年佐久郡で村上に敗北しており、板垣や飯富達の活躍が無ければ甲斐にまで押し寄せられた可能性もあった。
「御館様、村上の急な成長には目を見張るものがあります。ここは婚姻同盟をし村上の知恵や技術を盗み我らも同じように豊かにするべきと存じます」
小山田信有は既に間者を送り込んで情報を集めていた。他にも、板垣も晴信に言われて間者を送り込んでいた。
その中で急な成長の元には村上の三男が絡んでいることが分かり、出来ることなら引き抜きたいと思っていたのだった。
「信有、そなたもか?村上と組めば佐久郡より北へは、進めなくなるぞ?如何する?」
「伊那郡の高遠、木曾を下していけば問題ないと存じます」
信虎は他の重臣にも聞いてようやく了承した。
交渉は飯富虎昌が行うことになった。
しかし、信虎は婚姻相手は嫡男義利とすると譲らなかった。嫡男さえ手懐ければそのまま配下になるとした。ついでに諏訪頼重にも婚姻同盟をさせるよう指示した。
村上義利に、次女の亀(史実の亀御料人)を、諏訪頼重に三女、禰々(ねね)を嫁がせるようにしたのだった。
「さて、これより我らは諏訪と共に佐久郡に向かう。禰々の婚姻については、頼重と合流したその時話せば良かろう。板垣、此度初陣としたがあやつはきちんと出陣してきたのか?」
「ははぁ。晴信様は既に用意が整っております。呼ばれれば直ぐ参られます」
「ここに呼ばなくても構わん。それでは出陣しよう」
信虎はそう言うと、出陣し諏訪勢と合流して佐久郡へ向かうのであった。その中には初陣の晴信も居たのだった。
天文九年(1540年)四月
兄が京から帰って来た。無事に官位として従五位下 信濃守を貰ってきた・・・。とんでもないおまけ付きで...。
二人ほど公家が付いて来たのだが、来た公家が問題だった。
左近衛大将、三条公頼と関白、近衛稙家の二人だ。
まず、三条公頼は敵対している武田家嫡男、武田晴信の正室三条夫人の父親だ。
次に近衛稙家、この人は現関白であり、後の世で有名な近衛前久の父親だ。
父は直ぐに重臣や俺達を集めて二人を上座に座らせ頭を下げた。
まず、関白近衛稙家が来た訳だが、俺のせいのようだ。
献上した清酒だが、従来の物とは全く違い帝(後奈良天皇)がかなり気に入られ、神水酒と言う有難い名を付けられたそうだ。それと、一緒にこの酒を朝廷御用達の酒にしたいらしく毎年決められた量を献上せよとの勅命を持ってきたのだった。
兄が言うには作り方を知りたかったそうだがなんとか守りきったと言っていた。本当、兄には頭が上がりそうにない。
その量だが、年十石(約1800リットル)だそうだ。
正直、今作れている清酒の五分の一ほどだ。まぁ、勅命だから かしこまりました としか言えない。
これでも、兄がかなり粘り減らしてくれたらしい。
次に三条公頼が来たのは関白のおまけだそうだ。この後甲斐に行く為に付いてきたと言っていた。
目的は言わずと知れず、晴信の正室の三条夫人の様子を見に来たのだろう。
いい迷惑だ。
この後、宴が開かれ様々な物を用意した。勿論神水酒(清酒)も惜しみ無く出された。
俺は近衛稙家に捕まり逃げることができなかった。酒の作り方を聞かれたり、酔っているためか愚痴を言うので答えられることは答えていった。
中には朝廷の金不足を何としかなければと言ったので、官位を売るのを一回きりにするのではなく継続させることを勧めた。すると酔いが覚めたのか真面目に聞いてきた。
なので、方法として正五位下から官位は一定額で売るのではなく、期間を決めて売ることにしたらどうかと伝えた。そうすれば継続させる為に金を払い続けれなければならなくなり、もし黙って使用し続ければ朝敵やその者の関係者が持つ全ての官位を没収すればいいと伝えたら目を輝かせていた。
恐らく良い金蔓がいたのだろう。
すると、ふと思ったのか聞いてきた。
「何故、正五位下なのじゃ?従五位下からにすればより多く稼げるではないか?」
「従五位下上国守や従五位上の大国守をそのようなことにすれば誰も官位を貰おうとはせず、勝手に名乗り出すからです。なので、わざと正五位下からするのです。確か正五位下から近衛少将や衛門督があったからです」
近衛稙家は言われてから納得した。確かに守を勝手に名乗る者も多いが近衛少将等を勝手に名乗る者は殆ど居なかったなと思った。
「なるほどの..。しかし、そなた間違っておるぞ。衛門督は従四位下じゃ」
「これは大変失礼しました」
俺は直ぐに伏して頭を下げた。
「気にするでない。そなたはいくつなのじゃ?」
「十三にございます」
「なんと!十三じゃと!」
俺が歳を言うと稙家は驚いていた。稙家は義照を見て背も高く体つきも良かったので正直、十六~七くらいと思っていた。
稙家は正直、悩み出した。嫡男なれば実の娘を嫁がせて関係を持ちたいと思ったが三男ではいささか不満だった。
黙って悩んでいる稙家を見た父が声をかけてきた。
「関白様、何かご不満なことでもありましたか?」
父が稙家に声をかけると三条公頼を除いて一斉に静かになった。
重臣達は何か問題を起こしてしまったのかと不安になったのだった。そんな思いを知らない稙家が口を開いた。
「なに、この者が嫡男であれば我が娘を嫁がせても良いと思ったが、三男ではのう...。のう、聞くがわしが養女を取れば婚姻してくれるかの?」
「「・・・・・・・・・・・・・」」
近衛稙家の爆弾発言に三条公頼でさえ黙り手に持っていた盃から酒が溢れていた。
「なんとも、勿体ない話にございます!!我らに不満などありません!」
父は伏して頭を下げていた。
俺はというと、頭の中が真っ白になっていた。
初めの嫡男なら娘をと言っていたのが頭の中で残ってしまい、それが誰のことか考え出して義輝の正室であったことを思い出して固まってしまったのだった。その後の養女をと言うの後から思い出し我に返るのだった。
「そなたは不満か?」
今度は俺に聞いてきて、頭を下げるところを必死に首を横に振ってしまった。
「滅相もございません!不満などありませぬ!」
少しして失敗したことに気付き伏して頭を下げたのだった。
「ハハハハ、お主は大人びて見えるがまだ子供な所があるな!!何、酒の席での冗談じゃ。気にするでない!!」
稙家は大笑いして酒を呑みだした。
皆、稙家が婚姻を冗談だと笑い飛ばしたことは不満に思いつつも、義照の無作法を咎め立てられ無かったことに安心して宴を再開するのであった。
翌日、呑んでなかった俺を除く全員が見事に二日酔いになって後始末が大変だったのは言うまでもない....。