55、信長
俺は道三や高政達と信長が来るのを待っていた。
道三は本当に軽装で会う気だった。家臣が正装を持ってきていたが拒否していた。
少しすると信長がやって来たことを家臣が伝えたがその声は驚いて震えていた。
扉が開けられた先には褐色の長袴をはき、小刀を差し、見事な正装姿の男が居たのだった。
これには皆驚いており、道三は平静を装うのに必死のようだった。
家臣の一人が信長か確認までしていた。
信長はそうだと答えると気にせず席に着いた。
「よく来られた。くつろがれよ」
「道三殿、濃姫は良き妻で御座る。今日の我が身を酷く案じてくれました」
道三と信長の会見が始まった。
俺達は黙ってその様子を見ていた。
道三の方から仕掛けた。
「婿殿、ワシは御主ではなく御主の父信秀と同盟を結んだのじゃ。今の織田と美濃に同盟は無い。新たに同盟を結ぶなら尾張をワシに寄越すなら結び直そう...」
道三は尾張を寄越すなら手を貸すと言った。尾張を手中に納めるつもりなのだろう。
「分かりました。尾張一国、道三殿にお譲りいたす」
「はぁ!?」
「なんだと!」
「正気か!」
信長のこの発言に俺も含め全員が驚いた。自分の国を渡すと言ったからだ。
「どうぞ、存分に盛り立てて下され。道三殿亡き後は某と濃と二人で尾張、美濃を盛り立てて行きますのでご安心なされよ」
俺は何て奴だと思った。道三が生きている間は任せるが死んだら美濃を寄越せと言っているようなものだった。
隣を見たが流石に高政は怒り心頭だった。おそらく俺が止めていなければ斬りかかっていただろう。道三はと言うと何も言わずに信長を見ていた。
「..其方、何を目指している?」
黙っていた道三が口を開いた。
「天下静謐。戦無き世に御座います」
「その為にワシが死んだら美濃を奪うと?」
「奪うのではなく受け継ぎます。ですのでご心配には及びません」
道三はそれを聞いてまた黙った。高政は怒りから脇差を抜こうとしていたが後ろに居た家臣が必死に止めていた。
流石に高政が不憫だから俺は口を開いた。
「恐れながら、斎藤家には高政様と言う後継者が居られます。後継者の居ない家なら兎も角、居られるのに受け継ぐと言われるのは如何なものでしょう?」
俺が言うと皆俺を見てきた。
信長は値踏みをするように見ていた。
「其方は何者か?道三殿の家臣ではないな?」
「信州大黒屋勘兵衛に御座います。道三様にはよく、ご利用していただいております御用商人に御座います」
「ハハハ何を言う?腹黒屋の間違いであろう」
信長に聞かれ俺が挨拶すると道三から腹黒屋と言われてしまった。
全く酷いな。
「..で、あるか...。ところで道三殿、あれだけの鉄砲をよく集められましたな」
信長は鉄砲について聞いてきた。
やはり、あれだけの数に驚いたのだろう
「なに、安く手に入れられる当てがあるからじゃ。なぁ~?」
道三は俺の方を見てそう言った。信長も俺を見てきた。
「道三様が同盟されている、さるお方のお陰です。普段なら私のような者に売っては頂けないでしょう。噂で聞きましたが上総介様(信長)は鉄砲にお詳しいとか?」
恐らく斎藤家家臣達は何を言ってんだと思っているだろう。
売ってるのは俺だしな。
と言っても売り先は斎藤家など同盟国だけにしている。
「確かにそうだが...。道三殿が同盟をしている相手...」
信長は悩んでいた。村上との同盟は公にされていない。武田を欺くためわざと公にしなかったのだ。
「では、鉄砲を御見聞されては如何ですか?どこの物か当ててみては?」
俺が言うと恥をかかせようと思ったのか高政が鉄砲を持ってくるように指示をした。道三も面白そうと思ったのかにやけながらも黙っていた。
少しして鉄砲が持ってこられ信長に渡された。
信長はじっくり調べていた。最終的に南蛮、堺、国友では無いことは言っていたがやはり、答えは出なかった。
「それは信州で作られたものに御座います」
信長は驚いていた。まさか村上と同盟しているとは思っても見なかったからだ。
「西の根来、雑賀、東の村上と言われていることは耳にしたことがありましたがまさか村上と同盟をしているとは...」
西の根来、雑賀、東の村上とは多くの鉄砲を扱う集団のことを指していたそうだ。今までは西しか無かったが、以前京で戦をした時に俺が鉄砲を容赦なく使ったせいのようだ。しくじったな・・・。
道三は機嫌を良くして俺達のことを言っていた。本人が後ろに居るのによく言うと思ったが黙っていた。
その後、盃の儀を執り行った。
勿論酒は神水酒だ。
盃の儀が済むと信長と道三は話を続け、湯漬けを食べた後会見は終わった。
最後に道三が同盟は継続すると言ったので高政達は苦い顔をしていた。
ただ、美濃の当主については最後まで何も言わなかった。
会見が終わり解散かと思ったら道三に茶を点てるよう言われた。道三一人かと思ったら信長もと言ったので家臣全員が驚いていた。道三は信長と二人で話したい為俺が利用されたのだった。
俺は仕方なく茶室を借りて二人に茶を点てることにした。
勿論全員武器は何一つ持たなかった。
一室で茶を点てていると、道三が先に口を開いたのだった。
「婿殿、其方が天下に静謐をもたらす為に何が必要か?」
「まずは確固たる基盤と良き同盟相手と考えております。そうすれば将軍家を立てて乱世を終わらせられると思っております」
「その基盤が美濃だと?」
「美濃を制するものが天下を制する、と思っております。美濃は京へ上るためには必ず通らねばなりませんので」
二人の会話を聞いていて道三が信長のことを認めたことが分かった。
俺はまず、道三に茶を渡した。
「ふっ...中々の腕前。いつの間に得たのか?」
道三は結構気に入ってくれたのだろう。満足そうだった。
「京であるお方に習いましたので。そのお方は教え方が上手ですぐに基礎を覚えることができました」
流石に久秀の名前を上げる訳にはいかなかったので誤魔化した。
「ところで舅殿、この者は何者で御座いますか?」
やはり、俺のことを聞いてきた。まぁ、そりゃそうだよな。わざわざ俺を指名して二人で話そうとしたからな。
「...なに。ただの腹黒い商人だ」
「いやはや、道三様には劣ります..」
「何を言うか~」
「「フフフフフフ....」」
俺がそう言うと二人で不気味に笑ってしまった。道三としてもタダで教える気はないようだ。
信長は俺を見定めようとしていた。
信長に茶を出すと付け焼き刃か少し固くなった動作で飲んでいた。
「しかし、大うつけと思って利用しようとしたがまさか麒麟だったとはの...。我が息子達が門前に馬を繋ぐであろうな...」
ついに言ってしまった。道三は高政達が信長の家臣になると言ったのだ。道三は信長を認めたのだ。
もし、高政達が聞いていたらすぐに反乱を起こしただろう。
「...私は美濃には蛟龍が居ると思っておるのですがね...」
俺が茶を片付けながら言うと二人が見てきた。
「蛟龍とはなんじゃ?」
「龍の幼生と言われている物に御座います。後に龍となり天に昇ると言われる....。水の蝮で御座います」
道三が聞いてきたので答えたが、道三には誰のことか分かったようで「そりゃない」と言っていた。
そう、俺は高政のことを蛟龍と言ったのだ。
道三はあり得んと言っていたが、違ったら見る目が無かったことになるとだけ言った。
茶も飲み終わり、話も済んだので二人ともそれぞれ別れて帰るのだった。
信長は帰りの道中、大黒屋勘兵衛を探れと指示をするのだった。
また、義照は高政に茶室での出来事を聞かれたので、一部誤魔化しながら教えてやった。勿論、道三が門前に馬を繋ぐと言ったことは黙っていた。
それと高政には一つ頼みごとをされ伝兵衛を使って調べることにした。代わりに、援軍の約束を取り付けた。
これで、正徳寺の会見は本当に終わるのだった。




