47、伊賀を越えて~...また戦....
天文二十年(1551年)六月末
「ようこそお越しになられました」
そう言って目の前で十二人が頭を下げていた。
「この度は通行を認めていただき忝ない。それに護衛までつけていただけるとはこちらの方が頭が下がります」
俺は頭を下げて御礼を言ったら皆驚いていた。
孫六から、普通忍に頭を下げる者などいない。俺くらいだ、と言われた。
目の前にいる者達は伊賀十二衆と呼ばれ伊賀を実質まとめている者達だ。
その中でも代表なのが百地三太夫だ。
百地、藤林、服部は伊賀三上忍で他の者よりも発言力が強かった。藤林や服部がいない今、伊賀の頭領は百地三太夫と言ってもよかった。
「それでは山城との国境までよろしく頼む」
俺はそう言って伊賀を進んでいく。
周りには孫六や幸隆の他に、百地三太夫、音羽半六が付き、軍の周りに伊賀の忍達が護衛に付いていた。
伊賀を抜けるのは3日程かかる予定だ。
その間、宿泊する所は百地達が用意してくれた。
3日目
「百地殿、見た感じ民が疲弊しているがやはり米が取れぬのか?」
「ご覧の通り山が多く余り取れませぬ。皆、ギリギリの生活をしております」
「なら、今度うちに何人か連れてこい。少しでも収量を上げる方法を教えてやる。その代わり、必ず民に広めるのだぞ」
「...は?あ、ありがとう御座います...」
そうこう話している内に国境に着いた。なので、百地達とはここで別れる。
「孫六、一箱渡してくれ」
俺が言うと孫六が三太夫に箱を渡すために取りに行った。
俺は礼を言うと馬を進めた。
三太夫達は孫六から箱を渡されたがどう言うことか分からなかった。直ぐに孫六に訪ねた。
「これは?」
「殿からの御礼だ。護衛と宿泊をさせて貰った分と言うことだ」
三太夫達が箱を開けると大量の銭が入っていた。これには見ていた者は驚き孫六の方を見た。
中には千五百貫文入っていることを伝え、護衛と宿泊させて貰った者達で分けるよう伝え義照の後を追った。
三太夫達は呆気に取られ何も言えなかった。
しばらく、目の前の銭の山を眺めた後それぞれに配ることにするのだった。
天文二十年(1551年)七月
三好家からの見張りは百人足らずだった。なんでも戦の準備をしているからだそうだ。
俺達が京に入ると前回より酷く荒れていた。
俺は孫六に福禄屋の忍、佐治を呼び出させ事情を聞いた。すると三月に義輝派の三好政勝、香西元成達によって放火が行われ酷く荒れたそうだ。
俺が事情を聞いていると義父の近衛稙家がやって来て、明日の午前に帝がお会いになると知らせてくれた。
余程切羽詰まっているようだ。
俺は軍を三つに分け、近衛邸、俺達の宿泊地、朝廷御所を守るように配置した。
一応、見張りの三好家臣から抗議が来たが反論して黙らせた。
翌日
俺が朝廷に向かうと五摂家と名だたる公家達が集まっていた。
その中には山口にいたはずの三条公頼も召還されていた。
後奈良天皇がいらっしゃると関白二条晴良が陛下の御言葉を代弁した。
毎年の貢ぎ物(神水酒など)の礼、帝に忠節を尽くすことへのお褒めの言葉にもあずかった。
俺は許しがなければ口を出すことが出来なかったので伏して頭を下げるだけだった。
俺が来た目的は義父の二人には伝えているので、二人が代わりに帝に説明してくれた。特に元関白九条稙通は上田城に居ただけに事情に詳しく、誇張して民に対する武田の暴虐を説明した。
その一方で青くなっているのが呼び出された三条公頼だ。なんせ、娘が武田晴信に嫁いでいるのだから仕方あるまい。
帝から確認されたので発言の許しを得てから話した。
「武田は我ら信濃の民に対して重税や奴隷化などを行い苦しめております。信濃の者達は武田の圧政から解放されたく日々を過ごしております。我らはその悪逆から民を救いたいのですが、将軍家より和議の御命令が御座いましたので救うことが出来ませぬ。何卒信濃の民を救うことを天子様に御許しを頂きたく伏してお願い申し上げます」
俺はお願いして沙汰を待っていると、後日返答すると言われたので御所から帰ることにした。
戻ると孫六や幸隆、それに佐治三郎も居た。
幸隆には三郎の正体を話しているので問題ないだろうが、来ていると言うことは何かあったのだろう。
「殿、丹波の国境に三千もの兵が集まっております。敵将は三好政勝、香西元成に御座います。恐らく明後日には京に入るものと思われます」
佐治の報告に少し悩んだが、俺は朝廷護衛の為に対陣することを決めた。
もしもの場合は一戦やむなしと考えていた。
「孫六、三好家に向かい、この事を話してくれ。出来れば一人も逃がしたくないので後方を押さえて貰えるよう頼んでくれ」
「直ぐに向かいます」
「幸隆は義父の近衛様の所に向かいこの事を伝え、朝廷の許しを得るよう頼んでくれ」
「畏まりました」
二人は直ぐに動き出した。残された佐治はどうしたらいいか困っていたが勿論役目は与える。
「佐治、久しぶりに忍働きをして貰うが体は鈍ってないか?」
「ははぁ!!いつでもお役に立てるよう鍛練は欠かさず行っておりますので心配ご無用に御座います!」
久しぶりの忍働きの為かなり嬉しいのだろう。今まで店の切り盛り(諜報)ばかりで他のことは孫六とその配下が主にやっていたので悔しく思っていたのかもしれない。
「まだ、確定ではないがもし戦が起これば兵糧を焼き、敵を撹乱してくれ。それと、非常用のあれを使うことも構わん。敵の度肝を抜いてやれ」
「炮烙玉と焼夷玉をですか!よろしいので!」
各店には襲われたときの為に炮烙玉等の武器も隠していた。滅多に使うことがないのでこの際使って見ようと思った。
焼夷玉とは炮烙玉位の大きさの壺に油と火薬を入れた放火用の武器だ。
投げると火薬に火が付いて爆発し中の油に引火するようになっている。
壺の中を二層にして作るのに苦労はしたが出来てしまえばこれ程周囲に火を着けられるものはなかった。
「分かりました。直ぐに用意します」
そう言って佐治も出ていった。
俺は全軍に明日の朝、集まるよう伝令を出した。
翌日
予定通り三千の軍が集まった。
三好家には伝えたので後は朝廷の許しを得るだけだった。
昼間になると関白二条晴良がやって来て帝からの勅を読んだ。
「村上弾正義照。その方に朝廷の護衛を命じ、また都に火を放った賊を必ず誅罰せよ」
「謹んでお受け致します。さすれば直ぐに手勢を進め、賊を一人残らず討伐致します」
俺がそう言うと二条は頷き「期待している」と言って帰っていった。
俺は家臣を集め軍議を始めた。
「敵は既に京近くに来ております。今夜にでも船岡山近くに現れると思われます」
「今、船岡山に向かえば迎撃する用意が出来ます」
俺は家臣達の意見を聞いて船岡山に陣を敷くことにした。
予定通り、船岡山に陣を敷いて準備していると三好家から使者がやって来た。
話によれば、朝廷からも連絡があったので軍の動きは認め、増援を明日の昼には送ると言うものだった。
使者には相手が京に近付かない限りはこちらから仕掛けることはしないと伝えた。
それからしばらくすると敵がやって来たと知らせが入った。
敵は俺達が居たことに驚いたようで対陣するようだった。
その日の夜は不気味な静けさとなった。




