44、美濃にて..
天文十九年(1550年)四月
美濃の斎藤家に会談の申し入れをしたらすんなり通った。ただし、場所は美濃稲葉山城だ。
罠かもしれないと言われたが、行かなければ同盟など無理な話なので行くことにした。
勿論護衛は連れていく。
道三に、多くの護衛を連れて六月に伺うことを伝える使者を送り準備をすることになった。
数日後、護衛の件を道三が認めたので予定通り度肝を抜いてやることにするのだった。
天文十九年(1550年)六月
俺は護衛として三千の兵士を連れ美濃に来た。前回までとは違い、村上の力を見せる為でもある。
連れて来たのは保科正俊、鵜飼孫六の二人と、槍兵千人、騎馬隊五百人、そして鉄砲隊千五百人だ。
道三の目玉も飛び出るだろう。だが、前もって多くの護衛を連れて行くと伝えており、了承も得ている。
してやったりだ。
鉄砲は初めに来た鍛冶師から学んだ者達も作れるようになったので、今では月に最大五十丁前後作れるようになった。なので最大で年間六百丁前後だ。
全く莫大な先行投資の見返りがやっと出て来はじめた。後は取り返すだけだ。
勿論、これからも多く作れるように拡大していくつもりだ。
目標は村上家だけで一万丁にしたいと思っている。
現段階で買った分を含めて二千丁は確保しており、最前線になる信春のいる長窪城に鉄砲五百丁を送っているから今回は千五百人だ。
その頃道三達は慌てていた。多くの護衛を連れて来るとは言ったが三千もの軍を引き連れて来るとは聞いていなかったからだ。勿論、許可はしていたが、数を確認するのを忘れると言う大失態を犯してしまっていたのだった。
国境から知らせが来て急遽追加で軍を集めて対抗しようとした。
「義照め...。やってくれるではないか...」
道三は義照が護衛と称して、五百人程度は連れてくると思っていた。しかし実際は三千は超えており、鉄砲が千を越えていると言う知らせを聞いて、複雑な心境だった。
「殿、このまま城に招いてよろしいのですか?」
「鉄砲を多く持っているということは脅威ですぞ」
「分かっておるわ!!...このまま迎え入れよ。ただし!兵士は三ノ丸までじゃ」
「畏まりました...」
(全く...。彼奴が関わると驚かされることばかりじゃ....。あの時是が非でも確保しておくべきだったな...)
道三は内心、上擦っていた。
暫くすると義照達が城下まで来たと知らせが来たのだった。
(はぁ~。本当に改築するなんてな...)
義照は稲葉山城を城下から見たが、前回来た時見た城の面影はほとんど無かった。
恐らく、難攻不落の山城になっているのだろう。
(まぁ!上田城が完成したら劣るだろうけどな!!)
俺と幸隆とが持てる記憶と知略の全てを込めて作り上げた城なだけに絶対に落とされない自信があった。
それに、防衛用の兵器も開発させている。
「ここから先は義照様と護衛二名のみとさせていただきます」
城に入ろうとしたら三ノ丸に兵を置くように言われた。
俺は護衛として孫六と陽炎衆の者を連れていくことにした。保科には兵士達の指示を任せた為だ。
広間に行くと斎藤家の重臣家臣達が左右に座っており上座に道三が座っていた。
家臣達の中には光秀や道三の長男高政もいた。
「護衛とは言ったがまさか、此程多くの鉄砲隊を連れて来るとは思わなかったぞ....」
「道三様はこういうことをされるのが好きでしょう?驚かすにはこれくらいしなければならないと思いましたので...。上手くいって何よりです」
「フン!抜かしよるわ!確かにやるのは好きだがやられるのは好かん!」
道三はそっぽを向いてしまった。
やり過ぎただろうか?
「さて、今回参りましたのは同盟を結びたく参りました」
「実は既に武田から同盟の話が来ておるが?それにお主等と同盟してワシらに何か益となることでもあるか?」
俺が言うと道三はすかさず利益を求めてきた。まぁ、予想通りだ。
「同盟していただけたなら美濃の東側は安泰となります。また、我らはこれより飛騨を攻め落としますので北の不安も無くなります。その為道三殿には近江の六角や同盟された織田弾正忠家以外の尾張勢力に全力を向けられるようになります。また美濃との交易も今より良くなり多くの物や金が流れるようになります。そうなれば互いにより良い関係になりえると我らは考えております」
「それは飛騨と信濃を押さえたらの話であろう。信濃は半分を武田が抑えている。飛騨を攻めると言うが統治するまでにどれくらいかかると思うておる?それに、山に囲まれた陸の孤島なんぞ放置しておいても美濃には関係ない」
やはり武田とのことは言われてしまった。
(これが一番の問題なんだよな~)
将軍が仲裁していなければ破って攻めこんでも痛くも痒くもないが、将軍の威光がまだ残ってるだけに破り辛くなってる。俺が当主なら命令を聞くことはなかったな。
まぁ、方法が無い訳ではないが....。
「確かに懸念されておりますことについては理解はしておるつもりで御座います。武田から信濃を取り返す方法は御座います。そうですね、七年あれば出来るかと。また、飛騨に関しましては一万五千を派遣し二年で押さえる計画に御座います」
「しかしそれは予定であって実現しておらぬではないか?それでは話にならんな....」
この後も色々意見や提案を言うが悉く反論された。利益重視と思っていたのでまぁまぁやれると思っていたが大間違いだった。美濃の蝮の名は伊達ではなく、いつの間にかこちらが毒牙にかかる状態となってしまった。
「...これ以上こちらが出せる物は御座いません...」
完全敗北した。口でなら勝てると思っていた自分が恥ずかしくなってきた。
「ふん。では、どうする?」
「今回は..一旦下がらせて頂きます...」
もう、負けた。それ以外に思うことはなかった。
「フン!高政よりは楽しめたな~」
道三は高政の方を見てニヤリと笑っていた。言われた高政は震えて耐えていた。かなり怒っているだろうな...。
「義照。飛騨を押さえ、寿老屋の売り上げの六割を寄越すというなら考えてやろう」
「...私は寿老屋の者ではないので無理に御座います」
「何を言うか。其方の手の者ではないか。全く御用商人にした者がお主の配下だったとはしてやられたわ!木曾へあれ程の食糧を送らせておいて誤魔化せると思うておるのか?はぐらかすのであれば..消すしかないな...」
もう、道三には完全にバレていた。まぁ、今回は動き過ぎたと反省している。
(..尾張の布袋屋も危ないかもな...)
「..はぁ。...知られたのなら仕方ありません。寿老屋は私直属の店(間者)に御座います」
俺がそう言うと周りが一気に殺気だった。
まぁ、他国の間者が紛れ込んでいたならそうなるよな。
「殿!やはり切り捨てましょう!」
「同盟を持ちかけておきながら、間者を送るとは許せん!」
「ここは寿老屋の者を全員捕らえ差し押さえましょう!!莫大な財貨があるのは分かっております!」
やはり、取り潰して奪おうと言っていた。
「恐れながら、申し上げます。あくまで利用すべきと存じます」
光秀が意見を言ってきた。
周りからは怒鳴られるが道三は黙ったままだった。
「光秀、何故か申してみよ」
道三の代わりに高政が光秀に訪ねた。
「はっ、寿老屋は皆様ご存知の通り我らが要求した物は殆ど用意してきました。ひとえに村上家が後ろに付いていたと言うのもありますが、日ノ本の至る所にこのような店を持っているのではないかと思われます。それを利用しない手はないと思います。村上と盟約を結び、我らも利用すべきと存じます」
「寿老屋はどうするつもりだ!我らの情報を流すかもしれんぞ?」
「しかるべき者を数名監視とすれば良いかと。それに同盟してしまえば、関係ないでしょう」
光秀は他の家臣からの問いに答えていった。
道三は黙っていたがついに口を開いた。
「光秀、お主は同盟すべきと言うのか?」
「はい。さすれば美濃は戦無き地になります!また、情報がいち早く手に入らば先手を打つことも叶います!」
道三は黙って周りを見た。
道三としては村上との同盟には前向きだったが、ただで!同盟などする気は微塵も無かった。するからにはそれなりの対価が無ければ納得しなかった。
「光秀の言うことも確かだな。では、まず二つ。鉄砲を五百丁と織田の詳しい情報を貰おうか 」
(まずってまだ何か要求してくるのかよ...)
周りを見たが道三からの問いに答えるしかこの場から安全に帰る方法も無さそうだった。
「鉄砲五百丁...。一年頂けるなら新品を用意しましょう。織田の情報はどこまで知っておられますか?」
「それは私から説明しましょう。織田は今川と戦をしており、昨年安祥城が落城し織田信広が今川に捕まり人質交換で松平家の竹千代と交換したと言うところまでで御座る」
遠藤と言う道三の重臣が説明してくれたが去年までの情報のようだった。
こっちは先月までの情報を持っている。布袋屋の忍達のお陰だ。
「分かりました。孫六、織田に関して全て話してやれ...」
「殿、よろしいので?」
孫六が確認してきたので許した。てか、もうそれしかないと思った。
「では、織田信秀、余命幾ばくも無いと思われます」
「「なんだと!!」」
広間は一斉にどよめいた。道三も寝耳に水のようだった。目玉が飛び出るかと思うくらい目を剥いていた。
「孫六、続けてやれ」
俺がそう言うと孫六が続けた。
信秀は人質交換が終わった頃から体調を崩し、密かに医者を招いていること、今では床から動けないこと、信長が変わりに執達していることを話した。
他にも、水野家が風前の灯火で今川に降伏するのも時間の問題であること、織田大和守家が着々と反旗を翻す用意をしていること等色々教えてやった。
信秀の詳しい状態を説明していると「よ~しぃぃ!!」と何故か道三は喜んでいた。
これは、攻めこむつもりだろうか...。
一通り説明し終わると皆黙っていた。道三一人を除いて。
「信秀が死ねば、帰蝶の嫁いだ信長が継ぐだろう!あの大うつけ(信長)を利用すれば尾張はワシらの物になる!この時をどれ程待ったことか!!!」
道三は一人で大はしゃぎして周りの家臣達は困惑していた。
(あーそう言うことか~)
俺は何故織田と婚姻同盟したか分かった気がした。
道三のことだから信長の情報は手に入れているだろう。それで嫡男で大うつけと呼ばれているので利用しやすいと思ったのだろう。戦の名目にも使えるし乗っ取れると思ったに違いない。
(まぁ、聖徳寺の会見で考えを改めたのかもしれないな...)
「義照!」
「はい!!」
道三にいきなり呼ばれてつい返事をしてしまった。
「同盟の件、条件を飲めば受けてやろう!」
どう言った条件か聞いたら以下の通りだった。
1、飛騨を二年で抑えること
2、信濃、筑摩郡、北伊那郡を四年で抑えること(武田から奪い返せ)
3、寿老屋を道三直属の諜報にし、商品も二割引きで卸すこと
4、寿老屋の売り上げの四割を斎藤家に納めること
5、鉄砲五百丁を譲り渡すこと
6、斎藤家が援軍を求めた際には援軍を送ること(その代わり、村上が求めた場合は送る)
7、義照の嫡男武丸(五歳)に道三の末の娘桔梗(五歳)を婚姻させること
※ただし、まだ幼いため九年後に輿入れする。(予定)
といったことを要求してきた。
寿老屋を諜報にするのは認めたが、道三直属の代わりに高政にして貰うことにした。次期当主の高政の頃になっても末永く同盟を結びたいからだ。
まぁ、後は高政が寿老屋を動かした方が俺の方がやりやすかったからだ。
それと、信長に戦で勝ち続けた高政が諜報を手に入れたら何処までやれるか見てみたかったと言うのもある。
指名された高政は驚きながらも自分にやらせろと言っていた。
道三は認め、同盟締結は鉄砲が届き次第となった。
逆に言えば、鉄砲を渡して同盟を結んでも残りの条件が守られなければ御破算と言うことになる。
道三との交渉が終わった俺は帰ろうとした所を光秀に呼ばれ人気の無い古びた寺に連れてこられた。
「高政様が二人で話がしたいとのことです。中で御待ちです」
光秀が扉を開けると中には確かに一人だけ座っていた。
そして今回、秘密の会談が今後の関係に大きく影響することになるとはこの時知る者は居ないのであった。




