40、北条
風魔を捕らえた後、宴は中止された。
翌日、長野殿からは謝られた。本来なら自分がやらねばならないことをやって貰ったこと、風魔をみすみす城内に入れてしまったことだ。俺は忍を増やすことを薦めたが難しいようだ。
その後、俺は河原達に海野家再興のことを聞きに行った。
どうやって説得したか分からないが河原は承諾し、幸隆の次男徳次郎に海野家の残された姫を嫁がせて海野家を再興することが決まった。
家老は常田と河原の二人だ。一応、裏切った時は容赦なく禰津と同じ目に遭わすと伝えておいた。
帰国の用意をしていると、長尾景虎達がやって来た。
「もう帰られるのか?村上殿とはもう少し話をしたかったのだがな」
「いえ、父が居ますが近くに飢えた虎が牙を研いでいるのでそれほど空ける訳には参りません。戦になるのは私の領地か本拠地葛尾城ですしね...。幸隆、片付けを続けてくれ」
俺は周りを見て幸隆に帰国の準備を任せて、孫六と岩根と佐治の忍三人を連れて景虎と話をすることにした。
「それで、話とは何ですか?」
「貴殿は上洛し帝と将軍様に会ったことがあると聞くがどのように思った?」
景虎の質問は正直意外だった。まだ、将軍家とも朝廷とも繋がりが無いはずなのに聞いてきたからだ。
「...前将軍しか知りませんが、正直に言うと将軍や幕府は最早不要。この日ノ本に戦乱を起こす火種にしかならないでしょう...」
俺が言うと景虎の顔つきが変わった。
「..それは将軍家が無くとも世が収まると言うことか?私はいつの日か上洛し帝と将軍家を助け、あるべき姿に戻すべきと思うておる。此度同盟を結んだのもその為だ」
「...ここで言うのもなんですが、管領様があの状態のままだと管領上杉家は後数年しか持たないかもしれないと思っております。此度風魔を招き入れたは管領様自身ですし。ご子息の龍若丸様がどのようなお方か存じませんが、このままでは危ういかと...」
俺が言うと景虎もその事に関しては同意していた。やはり、昨日の宴でそう思ったのだろう。
「それと、私個人の意見ですが将軍家は足利尊氏公のような人物が将軍になり、それを支える者がいない限り滅ぶと思います。まぁ~そんな人物ではないでしょうがね。それに....私は先の和睦の件で将軍家とは距離を取り、帝をお支えするつもりです。今の帝は本当に心から民草のことを思っておられる御方ですので」
俺が思ったことを言うと景虎は何か考え事を始めた。まぁ、俺には関係無いだろう。
その後は少し世間話をした。
ついでなので、港を貸して貰えるよう交渉した。目的は帝から命じられている神水酒を運ぶためだ。
今までは小笠原の領地を通過していたが最早通れないからだ。
港の使用料を払う代わりに認めて貰った。その際高梨政頼の土地を通して貰う必要があったので景虎の方からも薦めて貰うようお願いして会合は終わった。
その後、景虎は管領の元に話をしに行き、俺達は国に戻るのだった。
戻ってから大変な目に遭うとはこの時知る由もなかった。
天文十八年(1549年)九月
上田城
義照は城に戻ると望月出雲守に報酬を支払い、岩根と佐治にも僅かながら領地を与えた。ただ、領地は一族の者が管理をして二人はそのまま店主を続けて貰うことにした。
ついでの話だが、望月千代女が望月盛時に嫁ぐことが決まったらしい。
その後、昌祐に居なかった間の報告を聞いた。
「...昌祐、それはどう言うことか?」
「はい。筑摩、伊那、それに甲斐から流民が多く流れてきています。何人かに聞いたところ、凶作や税がきつく逃げ出して来たとのこと。また、まだ多くの者が豊かな我らの地に来たがっているとのことに御座います」
「現状どれくらいの流民がいる?」
「小県だけではなく、佐久の方も含めればおよそ、三千近くにはなるかと...。ただ、分かっている数だけですので実際はまだ多いかと....」
流民の扱いが本当に難しい。間者が紛れ込んでるかもしれないので重要なことはさせられないし、元々居た者達との争いの原因にもなる。それに、場合によっては戦の原因にもなるのだ。
「間者も紛れているだろうな...。各地の者に連絡して流民に道具と荒れ地を与え村を作らせるようにせよ。今までと同じ、開墾して一年は免税、二年目から四公五民一備蓄とせよと命じよ...」
「ははぁ...。それと、もう一つ。こちらの方が問題で...」
昌祐が、頭を悩ませていることはもう一つあった。
武田家臣が数名来ており、どうすべきかと言うものだった。
間者の可能性もあるので全員牢屋にぶちこんでいるが、話によれば俺達がやった謀略の巻き添えで追放されたそうだ。
謀略と言えば聞こえがいいが簡単に言えば仲間割れをさせた。それで、追放された理由は刀傷沙汰になり、それに荷担したからだそうだ。ちなみに、当事者は打ち首になったと言っている。
「しばらく、そのまま牢屋に入れておき、話が本当なら会おう」
「畏まりました」
俺が昌祐に命じていると、須田満親がやって来た。満親には腕が無くなってから内政を任せているが四苦八苦しながらも頑張っていた。
「殿、大殿(義清)から直ぐに葛尾城に来るようにと、使者が参りました」
「分かった、行こう。昌祐、後の事は任す。満親も昌祐の補佐をしてくれ」
「畏まりました」
俺は保科を連れて葛尾城に行くことにしたが、この後義照は仰天し萎れて上田城に戻ることになるとは思っても見なかった。
一方その頃、北条家では風魔小太郎と当主氏康、北条長綱(幻庵)の三人が集まっていた。
「..という訳で、同胞は村上の忍にやられた。自分で動ける者は救出したが、動けない者は始末した。こちらの情報が流れることはないだろう...」
小太郎は平然と言うが内心怒りが大きかった。長く潜入させていた者が一日で潰されたからだ。十人中生き残りは二人。捕まった四人の内、二人は動くことが出来なかったので始末するしかなかった。生きている二人も忍働きは最早不可能だろう...。
「小太郎、済まん。俺が命じなければそこまで失うことはなかっただろう..」
「村上の忍...確か陽炎衆だったか?あれだけの被害を出して以降来ることがなかったが...調べる必要があるな...。さて如何するか...」
氏康は小太郎に謝り、長綱はこれからどうするか悩んだ。
「奴らは上杉の元にはもう居ない。村上の護衛で付いてきていただけのようだ」
小太郎は今分かる範囲で情報を伝えていく。箕輪城で殺られた者達以外は問題なく潜入し続けていた。
それと独断で佐久郡の村上の領地に数人送ってみたが帰ってくる者は居なかった。
その為、小太郎自ら精鋭を率いて村上の領地に潜入することを認めて貰うつもりでいた。
「小太郎の言う通り、上杉を叩くのに村上の情報は欲しいが...お前を失いたくはない」
「小太郎、お主の目線で良い。村上義照と忍はどれ程と見るか?」
長綱の質問に悩んだ。義照の方は自分では見たことが無いからだ。なので聞いた話と言う前置きを付けて答えた。
「陽炎衆は忍に対してかなり鼻が効くようで今回も風魔の者のみ捕らえていったそうだ。それと、義照は体術に関しては恐らく並みの者では敵わないだろう。捕まった者が一矢報いようと襲いかかったが、一撃で仕留められたようなのでな...。襲いかかった一人は女忍の中でもそれなりの腕前を持つ奴だった」
「お主等にとって天敵に近いか...」
小太郎の答えに長綱は悩んでいた。村上程度、三国同盟後の武田は関東管領の邪魔が無くなれば全力で攻められるので容易に討ち取れると思っていた。
実際に初めは優位に進んでいたが、結果は将軍家を使って和議に持ち込むしかなかったようだった。
和議に持ち込んだ訳は風魔によって甲斐の状況の詳細を知らされてるので仕方がないと思ったが余りにも武田が負けすぎた。
その為、甲相駿で同盟を結んだがもしかしたら失敗してしまったのではないかと一抹の不安がよぎっていた。
「村上に使者を送ってみるか...」
「長綱様、何故に御座いますか?」
長綱の呟きに氏康は聞いた。村上とは直接争っている訳ではないが、管領上杉と同盟したので敵であったからだ。
「ワシ等は村上を甘く見ていた。上杉が動かねば、甲斐の武田なら容易に打ち破るとな。しかし、結果は将軍家の仲裁による和議だ。村上を直に見て見極めねばなるまい..」
長綱は自ら見定めるべきと言ったので二人は驚いた。しかし、敵国にわざわざ送る訳にはいかないと説得したが長綱は譲らなかった。
その為、氏康は小太郎に精鋭を集めさせ護衛させることにした。すると今度は小太郎自身が行くと言い出したのでもう説得に疲れた氏康は渋々認めるのだった。




